第4話 ルクルクス教授
カゴサの民はどんな連中なのか情報部の士官たちに聞くと、ヴィルトワースとは別の小柄な女性士官が答えてくれた。
「半分は妖精族、半分は人間の混血が大半ですねぇ。それゆえに定住しづらいと言う事情もあります。国土の割譲と言う餌だけでも動くかもしれませんが?」
「そして生き永らえたカナギシュは百年に及ぶ種族及び国土の問題を抱え込むのかい?」
「そいつを言われると返す言葉もないですねぇ」
迎え入れると言っておきながら反故にしたのではその反発は激しい物になるだろう。
そんな嘘をつくよりは山間部近くを彼らに住まわせカナギシュの民とする方が得の筈だ。
「私としてはその手の約束を反故にするデメリットの方が大きいと思うがね」
そんな言葉をどう聞いているのか分からないが灰色の瞳の女士官はふむふむと聞いている。
或いは聞き流しているのか。
掴みどころの無い奴だが、密偵をやるような連中も総じてそんな感じだった。
自分の考えなどあまり表に出さない。
情報部の連中も同じような、いや、それ以上に自分の考えや感情など見せやしないだろうと言う確信だけはある。
彼らがそんな物を見せる時は死に際くらいであろうか。
「言うは易しですねぇ」
「それはそうだ、私自身は何も失わないのだからね」
士官と軽口を叩き合う。
生憎とその程度で取り乱すほど私も初心ではないし、彼女の言葉は真実である。
その様子が物珍しいのかエルーハが口を挟んだ。
「何だ、お前ら知り合いか何かか?」
「いや、全然。これでも自前で情報網を構築した自負があるからね、その頃を思い出している所だよ」
私の言葉を聞いて件の女性士官は告げる。
「いやはや、よくもゾス帝国の皇帝はロガ将軍に情報網の構築を許したと思ておりましたがねぇ……。信条はクリーンでありながら手を汚すのは厭わないと言う性格だったとは。歴史書は当てになりませんねぇ」
「美化され過ぎだからな、流石にそんな綺麗なベルシスはいないって何度突っ込んだことか……」
私がそう零すと周囲から微かに笑い声が響いた。
そんな所に全く別の……城の衛士と思われる兵士が駆け込んできた。
「失礼します!」
「何事だ? 今は重要な話し合いの最中だぞ?」
セオドルがその様に問うと駆け込んできた兵士は背筋を伸ばして告げる。
「それは承知しておりますが、ナルバ大学の戦史学科教授、カール・ルクルクス氏がベルシス・ロガ氏の身元引受人として名乗り出ております! なんでも大学の学生、教授たちの署名も携えており……」
「待て! 丁重な客人として迎え入れたと伝わっていないのか?」
その言葉のやり取りに私は無言で天を仰いだ。
ルクルクス教授はきっと私が連行されたと思って、大学の者達から助命だか減刑の嘆願書を募りやってきたに違いない。
驚くべき迅速さだと思う。
件の兵士はセオドルの言葉に返答を返す。
「ベルシス・ロガ氏が入城したのは氏の真贋を見極める為と言う触れ込みであったかと」
「それなら、概ね偽物と判断を下され投獄されたと考えたのでしょう。常識的な判断ですね。私が赴き現状を説明いたしましょう」
ヴィルトワースと名乗る金髪の女士官がそう言う。
私は片手をあげてそれを制し。
「ルクルクス教授にもこの話し合いに参加してもらいたいのですが、可能でしょうか?」
「教授にも?」
「ええ、戦史学に詳しい教授に私の補佐をしてもらいたいのです。彼ならば戦の移り変わりを順を追って説明してくれますし、私も安心できる」
戦史学科の教授であるルクルクス教授が傍にいれば私は兵法の変遷を理解しやすいと告げたが、やはり一番の理由は安心できるからだ。
彼は安定した人格の持ち主でその知見も高い。
事に当たるにはそんな人物が傍にいてくれると非常に心強いのだ。
「では、その様に話をしてまいりましょう」
私の要望を聞くとヴィルトワースは教授を迎えに行く。
安堵したように息を吐き出す私を見て、灰色の瞳の女士官が告げる。
「随分と頼っている様ですねぇ」
「この時代の飯や風習、それに言葉を教えてくれた恩人だからね。ルクルクス夫妻に出会わなければ数年前に私は野垂れ死にさ」
彼と出会ったから美味いコーヒーも飲めるのだからと告げると、そりゃ重要だと女士官は笑った。
年嵩の情報部の下士官が口を開く、いかにも叩き上げと言った風情のベテランに見える。
「古いカナギシュ語しか喋れない隻眼の青年、確かにそんな報告がありましたな」
「そんな事まで抑えているとは恐れ入るね。最も、そこからベルシス・ロガなんて名前が導き出されるはずも本来は無いんだが」
何事も無ければ、私は大学の司書として一生を終えるつもりだったしと告げると、未だに魔術的な繋がりを断っていなかったのか水晶玉の向こうのメルディスが皮肉気に告げた。
「一大学に埋もれられても困るのじゃが?」
「私のような存在が埋もれていられたならばそいつは平和だったと言う事だろう。……私はね、戦争なんて真っ平なんだよ。そんな思いを殺してでも戦わなきゃいけない程にタナザは酷いからね。エルーハと連絡を取り合ったりしていたが……」
全く、世の中ままならないと愚痴を零してメルディスを怯ませているとヴィルトワースが来客を伴って戻ってきた。
白い髪に片眼鏡をかけた老紳士は私の顔を見ると、安堵したように息を吐き出した。
そう、この老紳士こそ私の命の恩人であるルクルクス教授である。
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