第10話 死人運用に対する疑問

 ローサーンの代表者とやらと直接会話をして帰属を許可する権限は私には無い。


 当たり前だ、私は言わば雇われ参謀にすぎない。


 それも兵站部門専門の。


 元帥なんて声もあったが、この時代になんの実績もない私がいきなり軍の最高権力者に就任すれば舐められるだけだ。


 私にはこの時代の戦術の常道も良く分かっていないのだ。


 漸くこの時代に則した補給作戦が立案できるようになっただけ、そんな男の元に馳せ参じるなんて言うのはあからさまに怪しい。


 例えローサーンにタナザに対する反感が育っていたとしてもだ。


 故に情報部のヴィルトワース少佐が今対応している。


「兵站にしか能がない男の元に馳せ参じるとはねぇ、嘘でも今少しマシな嘘をつくべきだろう」


 そうぼやいて補給経路の見直しを再度始めた。


 私にとって兵站だけが他者とまともに戦える武器である、そう自負くらいしても良いとは思っている。


 これなくして私はガト大陸で覇王の地位に至ることはなかっただろうし、今の時代にこうしてカナギシュ軍に迎え入れられることもなかっただろう。


 そんな私だから思うのか、実は皆気づいてるのか。


 強国と呼ばれるタナザの軍の運用に対する疑問が沸々と湧いてくる。


 私がこの時代に則した補給戦術に詳しくなったためかもしれないが、タナザの死人戦術に大きな穴があるように感じ始めていた。


 死人戦術、死霊術を用いて死者を操り戦列を組み恐れもなく迫る軍団、どう考えても脅威ではあろう。


 補給物資に関しても術者やそのサポート人員以外の食料を運ばなくて済むのは大きいのも分かる。


 極めつけは士気の低下もなく、反乱騒ぎすら起こさない、そして戦場であれば代替えが効く死人と言う名の戦力たち。


 一見すればイイコト尽くめのタナザの死人の軍団だが、私には引っ掛かることがある。


 いわゆるフレッシュな死体たちはどの程度の時間フレッシュなままなのか? そんな疑問がまず浮かぶ。


 数多の戦場で野ざらしの死体を見てきた私だ。


 死体の末路と言うものはよく知っている。


 腐り溶けて骨だけの骸となる。


 タナザの死人の軍団は、そして工業を支える死人の労働者たちはその辺どうなっているのだろうか?


 骨を、つまりはスケルトンを使役する死霊術は見たことがあるし、死体を戦わせる死霊術も見たことがある。


 だから、単純に死霊術を用いて行軍するのだろうとばかり思っていた。


 術を行使している間は腐敗を止められるのかもしれないし、簡易作業ならばいっそ腐敗しきったスケルトンを使役する方が良いのだろうとは思うのだが……。


 その場合の術者に対する負担はどの程度の物であろうか?


 今のご時世、死人の軍団と言えば千や二千では物足りまい。


 数万から十数万の死人の軍団を率いて行軍するなどと言うのは術者に対する負担が著しいのではないだろうか?


 であれば、わざわざ死体を本国から歩かせるのではなく、相手国近くの都市でも襲って兵力を調達すると言う考えもなくはないか。


 それにしたって、短期決戦に持ち込まねばその死人の維持もままならないのではないだろうか?


 術と言う奴は何ヵ月も行使し続けることは難しい。


 それが生身の術者であればなおさらだ。


 例えばこれが死霊術を極めたリッチともなれば死人を永続的に使役できるかもしれない。


 だが、その人数はどの程度だ? 千や二千は可能かもしれないが一万以上の死人を使役できるものなのだろうか?


 分からない。


 ただ言えることはタナザの死霊術師たちはリッチではないし、その数は数百名がやっとだろう。


 数百人全てを戦線に投入すれば十万規模の大軍団を運用可能かもしれない。


 だが……。


 私は結局死霊術にそこまで詳しくもないため、想像を巡らせるしかない。


 だが、それは誤りも多いだろうし、あまり意味がないことに気づいた。


「我ながら無駄なことを考える。ただ……ギザイアがコーディたちの縁者を使役した際は保存用と思われる薬剤に浸していた……。それを考えるにタナザの死人たちも使役を続ければ腐り果てる可能性は……」


 私はペンをクルクル回しながら思案していると、声をかけられた。


「腐ったところで骨を使役するんじゃねぇの?」


 聞いたことのある男の声がそう問うので私は肩をすくめながら答える。


「スケルトンと死体では与える印象が違う。兵の士気を低下させるのは動く死体の方だろうな。それにスケルトンに銃火器が使えるほど重さがあるとは思えんし」


 衝撃でひっくり返るんじゃないのと告げながら振り替えると、ひどく懐かしい顔がそこにあった。


 金色の髪の詩人は少しばかり年をくったように見えた。


「相変わらずだな、ベルシス」

「君は変わったのかね、マークイ?」


 久々に見た詩人の顔に懐かしさを覚えると共に何か今以上に大きなことが起きるのではないだろうかと言う不安を覚えた。

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