第9話 周辺国の奇妙な動き
リア殿がこの時代にいる、かもしれない。
その事実に何とも言えない心地を覚える。
嘗ての仲間が同じ時代の空気を吸っているのかも知れないなどと、カナギシュの首都ナバルで司書をしている時は考えもしなかった。
エルーハやメルディスは長命な種であるからであったとしても懐かしさ以外感じないが、リア殿はただの人間。
四百年も生きていられるはずがない。
なのに彼女によく似た人物があの当時には無かった新聞と言う媒体を支える新聞記者をしていると言う。
他人の空似と言う可能性はある、もしかしたら子孫と言う可能性も。
ただ、そうであったとしても私にはその新聞記者に会いに行くような時間的な余裕はない。
防衛戦が主となるであろうカナギシュ軍の戦い方であっても、いや、それだからこそ兵站の重要性は増す。
個人的な私情で動く訳には行かない。
今日もルクルクス教授に幾つかの戦い方の確認を取ってから参謀たちと話し合いを行ってた。
だから、休憩中に情報部のリル准尉が持ってきた情報を聞いた時は飲んでいたコーヒーを吹きだすかと思った。
「なっ、なんだって?」
「いや、ですからねぇ……ホロン共和国よりベルシス・ロガにドラグーンの貸与を行いたいと」
灰色の瞳を細めながらリル准尉は少しばかり困ったように告げた。
「ホロン共和国って、あの、ゾス帝国時代はバルアド総督が治めた一帯だろう? 第二ホロン共和国だっけ?」
「バルアド大陸東の沿岸部を支配する強国ですねぇ」
今となっては地図上でしか知らない国だ。
「ドラグーンって、アレだろう? 騎兵が銃を装備しているって言う」
「馬で移動して素早く展開ってだけじゃなくて、馬上でも撃つって話ですねぇ」
今の時代でも騎兵は金が掛かる、ましてや馬上でもそれなりに当てられる精度を誇る銃を装備し、当てられる腕を持つ兵士で構成されたドラグーンってどう考えてもエリートじゃねぇの?
「なんでっ?!」
「それが分からないから困っているんじゃないですか。何か画策しました?」
しねぇよ!
ってか、一介の補給担当者に一部隊も貸与するはずがない。
「そもそも私が何かをしてたら驚いてない」
「ですよねぇ……。言ってしまうとなんですけど、結構薄情でしたからねホロン」
「ああ、そうらしいね」
名前から察せられる通り第二ホロン共和国はゾス帝国の流れをくむ。
ゾス帝国の帝都の名前を国名にしている時点で予備知識のなかった私ですら気づくくらいだ。
元々は帝都ホロン周辺を収めた共和国の名前がそうだったが、政変だか何だかで政府がバルアド総督領に亡命して新たに作り上げたのだそうだ。
ガト大陸のホロン周辺はその後にも色々と重なり、ロガ国とコルサーバル公国とガザルドレス王国に分割統治されているそうで栄枯盛衰をまざまざと感じる。
ともあれ、ガトを追い出された彼らは第二ホロン共和国を建国した。
バルアド総督領は元よりホロン共和国の領土であったから殆ど血も流れなかったようだ。
それはさて置き、何故、そんなホロン共和国が私にドラグーン等と言うエリート部隊を貸与したいと言い出したのか。
「ちなみに、誰情報?」
「ホロンの外交官情報ですねぇ」
何が起きているんだろう。
タナザの宣言直後は何処の国も冷淡な対応を取って居た筈だ。
少なくともラジオはそう報じていたように記憶している。
「風向きが変わる様な何かがあったのか?」
「分りません。情けない話しなんですけどねぇ」
そう言えばポルウィジアの情報部員のルーベンも良く分からない動きがあると言ってた。
これ程の方向転換が起きているのに何が起きているのか分からないのでは情報部の面目丸つぶれだ。
「朗報って言えば朗報なんですがねぇ。何でそうなったのか分からないのが怖いんですよ」
「理とか利とか義とかわかりやすい何かがあれば良いんだけれどね」
リル准尉とそんな会話をしているとやはり情報部員の年配の男が足早にやってくる。
「ああ、こちらでしたか。少佐やセオドル閣下にも報告しましたが、急ぎベルシス殿にも伝えよと命令を受けましてね」
「ホロンの話?」
「いえ、ローサーンの一部軍部がタナザに対抗するべくベルシス殿の元にはせ参じたいと代表者を送りつけて来たのです」
良し、今はコーヒーを口に含んでなかったぞ。
「タナザに対する反感が広がったのかな?」
「そればかりではなくカサゴの民が協力するにやぶさかではないと」
「……ローサーンが今更そんな動きに転じたきっかけは何だろう? カサゴの民に対しては接触を持っていたからわからなくはないんだけれども」
何だ、この不明瞭な事態は。
事態が好転しているように感じるが、何でそんな事が起きているのかもわからないのであれば喜ぶわけにはいかないし、その申し出に裏があると見なくてはいけない。
「タナザの工作……にしては、無駄に手が込んでいる気もする」
「踏みつぶすと宣言して置いての小細工は対外的に印象が悪いですからな」
「トラブルメーカーですねぇ、ベルシス殿は」
私達がそんな会話をしているとリル准尉が最後にそう締めくくった。
これは私の所為になるのか? 何だか納得いかないんだけれども?
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