第4話 ベルシスの根幹

 ゾス帝国の帝都ホロンの南西にあり、南の沿岸に幾つかの港町を要する地がロガ家の領地。


 ロガ家の領地にある港町から帝都へ続く街道が一本に合流する場所に私が生まれ育った町ルダイがある。


 港町に近く、それぞれの港が迎える交易船が運ぶ荷が集まる街でもあったので商業は盛んであった。


 食も海の幸や異国の珍しい品物が手に入りやすい立地だったが、嵐の影響を受けやすいのが難点だ。


 また、帝都には普通の馬で七日ほどの距離と言う比較的近場であったため、沿岸部から帝都に攻め入ろうとする外敵を抑える盾の役割も与えられている。


 交易と防衛の拠点であったので、ゾス家に古くから仕えていたロガ家がこの地に封ぜられたのは、至極当然であったようだ。


※  ※


 交易都市ルダイに居を構えるロガ家の当主は、帝国の重責を担う八大将軍として帝国に奉公する義務がある。


 当主の子として生まれた私も、ゆくゆくは八大将軍の末席に名を連ねることになる。


 その為の教育はもちろん受けたし、教育係のリチャードは優れた教師であった。


 が、どうにも指揮は苦手だった。


 私の采配で人が死ぬのだと思うと、思い切った指揮なんて考えもつかなかったし、そもそもそんな状況が嫌だった。


 だが、嫌だ嫌だと言って責務を果たさないわけにはいかない。


 責務を負うからこそ、私は守られているのだ。


 民と税に。


 そうやって幼いながらも煩悶としている私に、ある日父が静かに語ったことがある。


「ベルシス。我が息子よ。お前の考え、心の在り方は人間として正しい。だが、兵を侮ってもいるのだぞ」


 そう静かに語った父は、私も受け継いでいる薄青の瞳を軽く細めさせ、母から受け継いだ私のくすんだ灰色の髪をくしゃりと、掻き回す。


 私の言葉を否定することなく、しかし、別の見方があることを父は教えてくれた。


 この様に我が家では父も母もリチャードも私のこの心を否定したことはない、話を聞き、違った考え方や受け止め方について口にはするが、それを強要されたことは一度とてなかった。


「兵を率いるのに必要な心構えはな、ベルシス。兵の命、その全てを背負い込むのではない。己の命を兵に預ける、その気構えこそが必要なのだ」


 続いた言葉には、短い人生の中で今まで感じた事のない衝撃を受けた。


 指揮官とは、兵の命を背負うのではなく、兵に命を預ける?


 驚く私をしり目に父はさらに続けた。


「指揮官一人が敵の命も味方の命も背負えば、いかな偉人でも必ず潰れてしまう。命とはそれほどに重いものだ。だが、その死に責任を持たぬ者は指揮官の資格などない。……因果な家業だな」


 父は苦笑を浮かべて、今度はロガ家の男としては珍しくない自身の色素の薄い金髪を指先に絡めていじり始める。


 バツが悪いと良くやる癖だ、母と喧嘩した時も大抵やっている。


「因果な家業だが、勤め上げねば家族も領民も食えなくなる。となればだ、敵味方の死を少なくし、戦を終わらせる算段が必要になる」


 その算段を学ぶのが指揮の勉強だと父は締めくくった。


 だから学べとは父は言わなかった。


 自ら考えて行動せよと言うのが父の教育方針だったようなので、私は父の言葉を吟味した。


 やりたくはないが必要な仕事、長引かせたくないのであれば手早く終わらせるのが良い。


 その為には効率的な手段が必要である。


 そして、効率一辺倒ではなく他の手段も必要になって来ることに私は思い至った。


 妄想だか夢の世界でそんな話があった、有能だが誤解されやすい男が結局誤解が元で敵に敗れるのを。


 つまり、他の手段とは利と情に訴えるコミュニケーション能力。


 利益があれば人は従うし、情をもって接すれば態度を軟化させる。


 人を指揮しようとするならば、駒として見ず、人間として扱うべきだと言う考えに至った私は、後日父にそう答えた記憶がある。


 父は大きく頷き、その考えに賛成の意を示してくれた。


 それに気を良くした私は、後日リチャードにもそれらを告げると、彼は目を細めて褒めてくれた。


 だが……。


「若、貴方の考えは基本的な方針として良いかと思われます。ですが、利と情のみでは縛れぬ輩もおりましょうや」


 とも釘を刺した。


「縛れない?」

「縛ると言うと少々言い方が悪いのですが、信仰や因習に従う者の中には、不合理で利も情も無視する伝統にしたがう者もおります」

「……そんな者が相手ではどうすれば良いのだ?」

「相手を知る事から始めなくてはいけませんな」

 

 リチャードはそう締めくくる。


 そして、以上の事柄がこの先、二十数年と続く私の人生の基本的な行動指針となった。

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