第29話 クラー領の内紛の終わり

 エタン陣営の兵士達を伴い、リア殿の案内で進んだ先に混乱を極めたようなテランスの兵たちが居た。


 正直、その装備のバラバラさには違和感を禁じ得ない。


 帝国軍が装備を揃えているのは当然であるが、領兵も個々で装備が違うと言う事は少ない。


 ゾス帝国軍ならば正規軍も領兵も主に厚手の服の上にリング状の鎖を編み込んで作った鎖帷子くさりかたびらを纏う。


 袖や裾などの鎖帷子で防げない所は籠手や具足を付け、ヘルムは主にオープンヘルムで守っている。


 百人隊長や千人隊長になどの指揮クラスは、ヘルムの頭頂部を赤く染めた馬の毛などで飾り立てたりしている。


 では、テランスの揃えた兵士が使うその武装はどうか。


 まず妙に重武装な騎兵が目を引く。


 下肢と目、そして鼻のみが露になっているほかは全て動物の皮と鎖帷子で作られたであろう馬甲に覆われている。


 その馬甲は動きやすいように前面部で二つに割れている。


 その馬の重装備に比例して乗り手もまた重装備なのだが……これは……。


「……あれは……」

「何ですか、ありゃ?」

「ゾス帝国の開祖が考案した重装騎兵によく似ている。見ての通り金がかかる兵装だ、元より正規軍の中央部隊くらいにしか配属されていなかった様だ。それでも三代皇帝カナン帝の頃には費用がかかりすぎると廃止された」


 アレン殿が驚いたような声を上げたので、私が答える。


 戦果も金に見合った程ではなかった様だし。


「今は現存しない装備?」

「軍事書でしか私は見た事が無いな。テランスはどこぞの墓でも暴いたのか?」


 私が呟くとエタン殿が軽く頭を振りながら告げる。


「騎兵のみではないのです。あの歩兵の一団を見てください」

「……板金鎧? あの数に?」


 板金鎧、プレートメイルとか呼ばれる金属板を加工して作られた鎧はゾスにもあるにはある。


 あるが、一部の階級の者が身に纏うにとどめているのが現状だ。


 板金鎧の性能が悪い訳じゃない。


 歩兵が集団戦闘を行うには鎖帷子よりは機動性が損なわれるし、夏の戦いなどでは熱がこもりやすく倒れる者も多い。


 とは言え訓練を受ければ重さが体に均一にかかるから板金鎧を着ても泳げたり、馬に飛び乗れる運動性能はあるのだ、訓練次第だが。


 では、何が問題か? 正解は金がかかりすぎるの一言に尽きる。


 例えばアルスター平原の戦いで動員された帝国騎兵と歩兵の全てが板金鎧を纏っていたら私はきっと勝てなかっただろうが、その場合の戦費はいかほどにまで膨れ上がったか?


 考えたくない。


 きっとパーレイジの侵攻に備える等と言っていられない程に金を使っている事だろう。


 つまり、そんなに金のかかる装備をテランスが用意している異様さが見て取れるのだ。


 テランス一人の力ではあるまい、そうなると……誰が力添えをしているのだ?


 そもそも奴に間者を使う等という発想が浮かぶであろうか?


 妻と息子を追い出して刺客を差し向ける程に短慮な男が?


 何があるんだ、このクラー領の内紛の裏側に。


※  ※


 さて、私が敵を前にして悠長にこんな事を考えられるのには訳がある。


 敵は既に混乱しており、未だに立ち直っていない……というより大勢は既に決してしまっていた。


 戦闘が開始されて半日で数の上では互角かそれ以下の物資護衛のヴィラの兵士が強かったというよりは、勝てると慢心したテランスがヴィラの兵士に狼狽したのが部下にも移ったのだろう。


 勝利の美酒が汚泥に変わる事など戦を生業にしていれば幾らでもあるが、テランスはそれを知らなかったと見える。


 そんな男相手であれば、ゴルゼイ元将軍が仕込んだサンドラには容易い相手であっただろう。


 いかに装備が異質であろうとも、所詮は動揺してしまった兵士達だ。


 きっと、散々痛めつけたに違いない。


 あの女は多分にそう言うサディスティックな部分が垣間見えていたからなぁ。


 そして駄目押しでサンドラは勇者殿と言う手駒を用いたのだ。


 魔術師であるフレア殿の放つ攻勢魔術がテランス陣営の幾人かを吹き飛ばし、妖精族のティニア殿が矢を放てばテランス陣営の兵士は一人、一人と倒れていく。


 死中に活を見出そうとフレア殿やティニア殿に向かうテランス側の兵士たちを阻む様にリウシス殿が立ち、見かけ以上の俊敏さで敵を斬る。


 その間に一休みできたのか、ヴィラの兵士がガラルに指揮されて前に出て来た。


 そうなれば戦線の維持は出来ない。


 が、退却するべく振り返ったら我々がいたという状況に彼らは出くわした。


「恐ろしいまでにタイミングが良かったな。残敵を掃討せよ!」


 私が指示を飛ばすとクラー領の兵士達も攻撃に加わり、サンドラが構築した戦闘芸術の一端を担った。


 前後をヴィラの兵士とクラーの兵士に挟まれたテランス陣営は私から見て右手側に逃げ始める。


 左手側も一応開いているがリウシス殿たちが居た為だろう。


「仕上げか。包囲は一を欠くと言うが……ただじゃ逃がさないだろうなぁ」


 私が呟くと、案の定というか右手側に伏せていた様子の小部隊が高台から一斉に矢を射かけた。


 弧を描いて降り注ぐ矢の雨は、テランスにとってはさながら地獄の雨であったのだろう。


 先ほど述べた重装騎兵とて、全てを金属鎧で覆っているわけではないから無数の矢が降れば射抜かれ落馬する者もいた。


 陣形はガタガタに崩れて逃げ出している最中の為、騎兵の突破力など生かせる状況になく、お高い武装の動く的と言うのが精々の評価。


 ほぼほぼ勝利を手中に収めた訳だが、テランス自身を逃がしては意味がない。


 捕らえるか、殺さなくてはこの内紛は終わらない。


 そう思いながらテランスが見つかるかと戦場を凝視していて気付いた。


「……あの板金鎧の騎兵、動きが妙だな」

「右往左往ってところですね……いや、あえて戻っている?」


 私の呟きにアレン殿が答える。


 ひときわ目立つ板金鎧を纏った騎兵が一騎、矢の雨を避けるためか戦場を右往左往していたが、その動きがおかしいのだ。


 矢が一段落付いたと見れば、その騎手は何やら片手に水晶玉のような物を掴み天に掲げる。


 と、その水晶玉は怪しく輝き……。


 ――倒れた筈の射抜かれた重装騎兵が身を起こした。


 そして、やはり起き上がった重装甲の馬にひらりと飛び乗った所で飛来した矢が妙な騎兵の持っていた水晶玉を射抜く。


 雷鳴のような大きな轟きが鳴り響いたかと思えば、起きたと見えた重装騎兵たちは皆、地面に崩れ落ちた。


 一瞬だけ戦場を包み込んだ不穏な空気はそれで立ち消えていた。


 水晶玉が破壊された余波で吹き飛んだあの目立つ動きをしていた騎兵は未だに動く様子もなく、サンドラが派遣したと思しき部隊に回収された。


 その時こそ、クラー家に大きな混乱をもたらしていた元凶であるテランスが漸く静かになった瞬間でもあった。


 水晶玉を操っていた騎兵こそ、誰あろうテランス・クラーその人であり、回収された時点でその命は潰えていたという。


 テランスは何を行おうとしていたのか、誰に知恵を授けられていたのか。


 そしてあの謎めいた力が何であるのか分からないままにクラー領の内紛はこうして幕を下ろした。

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