第15話 連合軍元帥

 私の戸惑いを他所にヴィルトワース少佐は陛下に一礼したあとに言葉を紡ぎだした。


「それでは情報部の知見としてベルシス・ロガと言う人物について語らせていただきたいと思います」


 そう告げて少佐は語り始める。


「今の時代、私たちの目の前にいる歴史上の人物と同じ名を名乗るこの人物を我々情報部は絶えず観察を続けておりました。当初は詐欺師の可能性を考慮して。徐々にある種の才能を持つ存在として」


 情報部は私がカフェの前で民衆を相手に過去の話をしていた時から私を観察していたとリル准尉から聞いている。


 即座に逮捕までしなかったのはヴィルトワース少佐がある種の予感を感じた為とも。


「参謀本部に招かれてからもその観察は続きました。護衛を兼ねて監視員を派遣しておりました。ロガ殿当人は既に気付いてるでしょうがリル准尉とベア伍長が主にロガ殿の周辺についておりました。その二人から見てベルシス・ロガは非常に面白い人物である聞いています。そして、幾つか起きている事象もまた、ベルシス・ロガと言う存在は非常に興味深いと伝えています」


 少佐は淀みなく言葉を紡ぐ。


 人のことを役者ならば等と言うが彼女こそ舞台で声を張り上げる主演女優のように堂々としている。


 カナギシュ軍内に置いてはそこまで重要視されていない様子の部署である情報部の少佐に過ぎない彼女だったが、そんな事を気にした様子も見せずに発言するだけで、その胆力は大したものだ。


「第二ホロン共和国のドラグーン部隊貸与の件、ローサーン国軍第二軍団の当方への合力、カゴサの民の協力、そしてナイトランドよりの援軍派遣の話とローデン市よりの義勇兵派遣の許可を求める声……。これらの諸外国の協力要請は彼の存在が公になる前には一切なかった」


 少佐の言葉は熱を帯びることなく淡々と紡がれていく。


「この事実を鑑みれば諸国はカナギシュの命運よりもロガ殿一人の命運の方が気に掛けていると言う事になります。一方でベルシス・ロガと言う人物は驚くほどの熱意でカナギシュの命運を案じている、或いはそう見えるように動いている」


 これは驚くべき事ですと少佐は続けた。


「彼はカナギシュでなくとも何とかやっていけるであろう事実がそこに横たわっております。ですが、ロガ殿はカナギシュを出ようともせず、幾つかの妨害に会いながらも自身の出来る事をやり抜こうとしている。そう見えるように演じているだけであったとしても、それは並大抵の事ではできないのです」


 いや、その声に微かばかりに熱が帯びているようにも思えた。


「彼を観察していると見えてくるものは穏当さと頑固さです。周囲との軋轢を避けるように普段は振る舞っていますが、やり抜く事を定めれば周囲とぶつかろうともやり遂げようとする意志を見せています」


 事なかれ主義とでも評価されるとばかり思っていた私には驚くべき高評価だ。


 しかし、そんなやり遂げようと意思などどこで見せただろうか? 私がそう考えていると彼女は実例を挙げて説明を始めた。


「ベルシス・ロガ、その名前だけで参謀職を与えられるのかと憤った若い参謀がおりました」


 ああ、彼か。


 確かにいきなり同じ参謀職に訳も分からない奴がなったと聞けば怒るのも道理と思った記憶はある。


「彼がロガ殿の補給案について討論に参ったときの事です。ロガ殿はまず相手の案を聞き、その優れた点を認めた後にその欠点も臆することなく口にしたと言います」


 確かに彼の案は鉄道を用いた画期的な補給運用案であったが、私はそこまで鉄道に信頼を置いていなかった。


 線路を敷き補給駅を定め、その場所にまで補給部隊が取りに来るようにすると言うのは今後は必要なことだとは思うが、それに過度な期待をかけるつもりはない。


 だが、彼の案は鉄道万能主義に陥りかけているように感じた。


 新しい技術に対する期待は必要だが過度に期待をかけてはいけない。


 私は自身の懸念を伝え、彼はそれに反論し、互いの持てる限りの知識を持って討論を重ねた。


 その結果、彼の案に幾つか修正を掛ける事で鉄道を用いた補給路形成案を作成できたのだ。


「彼とロガ殿が討論を重ねた結果、とても評価の高い兵站案が立案されたと聞いております。が、その案に対する功績はその若い参謀にのみ与えられました。これはロガ殿が私は口を挟んだだけだと言い切った為です。おかげで憤っていた若い参謀はロガ殿に対して今では敬服していると聞きおよんでおります」


 隣のコーデリアから視線を感じてチラ見すると、口元を緩ませて私を見ている。


 どことなく誇らしげに見えたのは私の気のせいか。


「敵対者すら取り込む人間的な魅力。彼を中心に動き出した一部外国の様子。落ち着いた性格の人間性、以上を鑑みてもカナギシュ軍という枠組みを離れた連合軍を指揮するには打って付けの人物ではないかと。無論、カナギシュからも補佐を派遣する必要性はありますが」


 ……ん?


「待て、少佐! 安定した人格であろうとその様な越権行為的な軍権を……」

「宜しい。ベルシス・ロガ殿には連合軍元帥の職についていただこう!」


 カナギシュの重鎮が慌てて口を開いたが、そこに割って入るようにテサ四世陛下がとんでもない事を言った。


 れ、連合軍元帥?


「だって、カナギシュ軍だけじゃないんでしょう、指揮するの」


 カナギシュのお偉いさんでも他の国の軍を勝手に指揮できないよねとコーデリアが笑うと、そうですよねぇとアンジェリカ殿もコロコロと笑った。


 いや、マジか、君たち……。


 幾人かからの視線が痛い理由がはっきりして、私は盛大にため息をついた。

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