第59話 撤退の決意

 ナイトランド騎兵の到着で私は危機を脱することが出来た。


 フィスルが馬に乗ったまま私の傍に寄って来る。


 黒い馬に乗りその腕には血にまみれた大鎌を持っていて、伝説に聞く死神をほうふつさせた。


「た、助かった」

「軍師が敵騎兵の動きに気付いてね。間に合って良かった」


 混戦の中で敵の意図を見抜いてこちらに援軍を差し向けたと言う訳か、サンドラの奴、本当に凄いな。


「で、軍師からの言伝」

「なんだ?」

「ここで勝負を決するつもりなら、カルーザス将軍は必ずロガ王を狙った手を打って来る」

「ああ」

「もし、ここで勝負を決するつもりがないのならば……手足を奪いに来るって」

「手足?」


 一瞬何のことかと思ったが、程なくして気付く。


 ロガと言う国の手足とは人材、ひいては兵士一人一人と言う事。


 そいつを減らしに来るとサンドラは言っているのだ。


「……そこまでするか」


 正直、敵兵を殺して戦力を減らすと言う考えは一般的ではない。


 そりゃ、戦争が長引けば兵士も減っていくものだが、それ自体を目的とした攻撃は普通はしない。


 あくまで戦争は国土の所有権をめぐって起こるのが通例だが……人的被害を出す事で戦争できないようにする、その様な考えがある事を私は知っている。


 どこで知った?


 コンラッド卿に教えられた戦術論にはその様な物はなかったし、多くの兵法書にもそんな考えは無かったように思えるが……。


 幼いころに夢に見ていた妄想の世界の事か?


 妙に効率化ばかりが持て囃されていたからあり得ないとは言えないが……それでもそこまでの考えに至ることは稀なように思えた。


 それをカルーザスが実行しようとしている?


 二万の騎兵も揃えて置きながら決戦ではなく、私の力を削ぐためだけの戦いをする?


 何故、そんな事をするのだ?


 今ここで私を倒せば全てが決すると思う方が普通だ。


 疑問が顔に出たのか、考え込む私にフィスルが言った。


「侍女が言うには……」


 侍女、まあ、ここで言う侍女とは一人だけ、メルディスなんだろうけれど。


「侍女が言うには方々で反帝国の軍が立ち上がったみたいだね」

「方々?」

「ロガ王がルダイを発ってからここトプカにつくまでの間に。ローデンを含む北西部の諸領、クラー領、ヴィラ領、トゥルド領、コルサーバル領が決起。ガザルドレスもパーレイジの諸領も未だに抵抗は止めない。更にはカナトス、そして我がナイトランドが侵攻中」


 帝国にとっては酷い有様だ。


 さらに追い打ちを掛ける報告がフィスルからもたらされる。


「北西部の諸領の軍を指揮するのはゴルゼイ元将軍だって。それにファマル・カナギシュが騎兵の指揮。補給は西方諸国が引き受けているってさ」


 私ならばとっとと講和の条件を見つけ出して和平を結ぼうと足掻いてる事態だな。


 いや、もう遅いか。


 どちらにせよ、短期決戦を望むはずの所だがカルーザスが人的被害を出すことにのみ終始しようと考えるだろうか?


 むしろ、私を殺してしまえば……。


 ん? するともう一矢私に向かって放たれるのが正解じゃないのか?


 私は疑問に思いフィスルに問うた。


「それならば私を殺す方が手っ取り早いんじゃ?」

「いくら短期決戦を狙っても最初の策を凌がれたら、一日じゃ終わらないでしょうね」

「まあ、そうだろうが……だが三日も続けば……」

「続けられたらね」


 フィスルの物言いに何か含む所があった。


 ……いや、だって誰がカルーザスの代わりに指揮をするのだ?


 訝しむ私にフィスルは微かに笑って告げた。


卑小ひしょうな者はね、国家の存亡や他者の苦労はどうでも良くて自身の栄達だけが必要なんだよ。最初はカルーザス将軍にやらせて優勢ならば指揮権を引き継ぐみたいな……」


 まるで見た来たような事を言うと思った。


 そして、それが事実ならばカルーザスの境遇に憐れみを一瞬だけ覚えたが……。


 彼がそんな状況で勝ちを得ようとするならば、敵兵力を殺しておくと言う選択肢に意味が出てくる。


 コンハーラかザイツがしゃしゃり出てきて手柄を横取りしようとするが、連中にむざむざとやられたりする物か。


 そうなると再びカルーザスに指揮権が巡ってくる可能性がある。


 その時に、兵力や人材が減っていれば対処できるかどうか。


「奴の境遇に憐れみを覚えないでもない。だが、私の大事な仲間をやらせたりする物か」

「右翼、中央ともに押され気味。ただ、左翼は騎兵の攻撃を凌ぎ切ったと思う。後は一部の騎兵たちの動向を気を付けないと、また背後から攻められるよ」

「……では、カルーザスの指揮権を手放さざる得ない状況を作ろう。右翼、左翼と連携して撤退戦に移る」

「敢えて追撃させるの?」

「ああ」


 私が頷きを返すとフィスルも頷きを返して。


「分かった。右翼のリウシスにも伝えてくる」

「任せた。……しかし、メルディスはどこまで敵情を把握しているんだ?」

「メルディスだけじゃないよ、リア殿からも情報が来ていたからね」

「ああ……」


 先だってのカナトス防衛戦のように帝国側に誰かが潜り込んでいる訳か。


 彼女に残っていた手持ちの札を手渡したのはきまぐれであったが、随分と有効に使っている。


 それにしても、何故に私ではなくフィスルに話が行っているのだろう? 


 別に否は無いが、何だか引っ掛かるなぁ。

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