第53話 軍師の忠告

 死者を送る事にまで策を絡めるのは好きじゃない。


 好きじゃないが、レトゥルス殿下の死を公表し、私が葬儀を執り行う事で得る物が大きいのは事実だ。


 だから、粛々と事を進める。


 私個人の好悪では判断できない事柄はある。


 王となった以上は、それは当然と言わざる得ない。


 それにしても、なぜ反旗を翻した私が殿下の葬儀を執り行うのだろう。


 やむ無しと笑われたと言うが、その内心を思えば私などが葬儀を行うのはやはり不敬ではなかろうか。


 そんな事を考えながらも、準備は着々と進める。


 抜かりなく、粛々と。


 そして、私は元帝国将軍としてレトゥルス殿下の死を諸国に公表し、殿下に哀悼の意を示した。


 それから殿下の功績を称え、ロガの国葬とする旨を諸国に触れ回った。


 ゾス帝国の臣民には寝耳に水と言う奴であろうか。


 私はさらに彼らに対して揺さぶりをかける風説を流布させた。


「殿下の死を隠し、葬儀も執り行わない現皇帝及びその周囲の者達は恥を知るべきである。レトゥルス殿下は先帝バルハドリア陛下を良く助け、多くの帝国の危機を救いになられたお方である。その偉大なる功績を無に帰すが如きロスカーン、およびゾス帝国の上層部の所業は断じて許し難し。レトゥルス殿下に後を託された私が彼らを討たねばならぬ」


 そう怒りをあらわにしている、と言う物である。


 本当に後を託されたのかどうかは誰もが知る由もない。


 私からしてギェレの言葉にそう聞いただけである、何一つ確証はない。


 それでも、少し調べてレトゥルス殿下がお亡くなりになった事を知れば、或いは死んだ事にされていた殿下が実はつい最近まで生きていたことを知れば少なからぬ動揺に繋がる筈だ。


 親皇帝派の中には帝室の血筋であるからとロスカーンを支持している者もいる。


 それが実の兄を蔑ろにしていたかのように思える行動をとっていたとなれば、大地が突然揺らいだような錯覚を覚えるだろう。


 私がただの反逆者から、もしかしたら殿下の忠義故に反逆したのではないかと思わせる可能性すらある。


 まあ、そう上手く転がりはしないだろうけれど。


 それに、私が反旗を翻したのはあくまで私の都合によるものだ。


 勝手に勘違いされるのは結構だが、そいつを強要されると色々と厄介だな。


 とは言え、先帝の頃のような治世を取り戻すと言う意味では私は大きく外れるつもりは無い。


 ふむ……明確にその辺も掲げた方が良いかもしれないな。


 どこがどう違うのか、明確にする必要性はあるか。


 そんな事を考えていると執務室の扉がノックされた。


 入ってきたのはテス商業連合との交渉で叔父上のサポートをさせていたサンドラだった。


「陛下、レトゥルス殿下の葬儀に関してですが」

「うん」

「……国葬は早まったかもしれませんね」

「ほう? 何故に?」


 サンドラは私を見据えながらはっきりと口にした。


「陛下はゾス帝国の後継となるべく版図を広げたいのですか?」

「それは願い下げだな、国土が広すぎて私では手が回らん」

「しかし、ゾス帝国の皇太子……皇帝の兄の葬儀を行うと言う事はゾス帝国の後継者は己であると声高に主張するようなもの。周辺国家は巨大な版図の帝国が再び生まれるのかと警戒を強めましょう」

「なるほど、そう言う弊害もあるか……。されども、殿下の葬儀一つゾス帝国が行わないと言うのであれば、私の方で行いたいのだが」


 これが単なる策であれば軌道修正を計ったが、それだけではない。


 だからこそ、問題は根深いのかも知れない。


「……懸念通り、策ばかりではありませんでしたか」


 サンドラはそう告げると、羽扇子で顔を隠して嘆息を零した。


「葬儀を押し進める事でそれ以上の問題が生じると?」

「ナイトランドとの同盟に加えてですからね。ゾス帝国の代わりにロガ王国がガト大陸の盟主となる、そこまで許容する国々は少ないのではないかと」


 そうなると、親書やら送ってきた国も水面下では敵に回る事も考えられる。


 ゾス帝国に今までよりは有利な条件で交渉し、ロガとは露骨に敵対してくるかもしれない。


 少なくとも、そう言う動きをする国はあるでしょうとサンドラは語った。


 なるほど、王になったら自身の好悪では判断できなくなる、これもその一つと言う事か。


 だが……ここでレトゥルス殿下の葬儀の一つも行わぬのは私が……ベルシスがベルシスではなくなると言う事だ。


 生き残りたいのは事実だが、私が私でありたいのも嘘偽りのない欲求だ。


 ならば、どうする?


 他国の懸念を取り除いてやれば良いのか?


 だが、私が違うと言った所で信じるはずもない。


「そこを押して葬儀を行いたいが他国を刺激したい訳ではない。葬儀にかこつけて帝国を非難したい訳でもない。今回はただ、殿下をお送りしたいのだ」

「そこまで仰せならば知恵をお貸しましょう。陛下は葬儀の席で殿下に誓われるのが宜しいでしょう、ゾス帝国の後継者となりたい訳ではない、ただロガの自治を保たれれば良いのだと」


 版図を広げる意志が無い事を告げる必要がある訳か。


 それも故人への宣誓と言う意味があるならば、他国も多少は信用するか。


 例えポーズに過ぎないと判断したとしても、葬儀を執り行い送った相手への宣誓をいきなり破る事が外交的に危険であると私が心得ている筈、そう思って貰えているならば。


「それだけで大丈夫だろうか?」

「流布されている風説は……まあ、そのままでもよろしいでしょう。ロガの国で葬儀を行う正当性の流布ですから」


 それだけ告げるとサンドラは一度だけ目を閉じて。


「それにゾス帝国の貴族に働きかけるには葬儀を執り行う立場に居るのは強みですから。その様な運びとなれば、より人材も集まり寒波にて打撃を受けている帝国軍に対する侵攻作戦も可能でしょう」


 次に目を開ければ微かに笑いながらそう言った。


「ゴルゼイ将軍は動いてくれないだろうか?」

「先生は……どうでしょうか。葬儀の行い方一つでは陛下に仕えると言う可能性もあります」


 周辺諸国に視線を転じれば悪手と映った国葬も、ゾスの人間を味方にすると言う視点で見れば有効か。


 私は主に後者の利点のみを見ていたが、不利な点も認識するようにせねばならないな。


「サンドラ、良く言ってくれた。利点ばかりに視線が行っていた。……行いたいからこそ利点を見つけ出そうとしていただけ過去も知れない。君の意見は参考になった、ありがとう」

「陛下が配下の言葉に聞く耳を持ち続けるのならば、幾らでも」


 それだけ告げて、ではと頭を下げてサンドラは退室する。


 その背を見送ってから、私は葬儀の席でどのような政治的発言をして周辺諸国の不安を取り除くのかに頭を巡らせていた。

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