第24話 勇者

 集められた戦死者の死体が起き上がり、襲ってくる光景はぞっとさせられる。


「俺だ! 分からないのか!」

「畜生! こんな事があってたまるか!」


 銃声に紛れて兵士たちの悲嘆に満ちた声が木霊する。


 かつての戦友は腕を撃ち抜かれても、足を撃ち抜かれても蠢き、迫って来るのである。


 それも銃を持つ者はでたらめではあったが発砲を繰り返しながら。


 私はその光景を見て、懐かしさを覚えた。


 そしてその懐かしさが教えてくれたのは、タナザは真にオルキスグルブの後継であると言う事実だ。


「ギザイアのやり口をまざまざと思い出させる……」


 一つ呟くと、顔をしかめて戦局を見ているリル准尉に声を掛けた。


「ナイトランドの援軍たちは今どこだ?」

「ご老体の体調に合わせて進んでおりますのであと二日は掛かるでしょう」


 死霊術に対抗するには同じ死霊術師のジャックの力が必要だ。


 だが、ジャックはリッチと言えどもすでに活動限界が近いのだと言う。


 ナイトランドを出ることはもうないと思われていた老いたリッチがわざわざ海を越えてカナギシュにまでやって来たこと自体が異例。


 それが前線まで出張ろうと言うのだ、その速度が遅いからと文句を言うのは筋が違う。


「元帥、ここはお任せを」

「出来るのか?」


 声を掛けてきたシグリッド殿に視線を向けると、彼女は静かに頷いた。


「あの時、私たちの未熟をギザイアに突かれましたが、今回はそうはなりません」

「魔術は既に廃れたと言う者もありますがな、まだまだ現役だと教えてやらねばなりますまいて」


 シグリッド殿の傍らにいたジェスト殿がカラカラと笑い、シズ殿もアレンもそれに続いて頷いた。


「すまん、任せる」

「汚名をそそぐ機会がこんなに早く来たことを、神に感謝せねばならないでしょう」


 そう告げてシグリッド殿は死人たちに向かって進んでいく。


 そして、振り返ることなく告げた。


「それはきっと、コーデリアも同じように感じている筈です。あちらの方がいっそう死人には強いでしょうねぇ」


 何と言っても優れた神官が二人もついている。


 そう笑みを含ませ告げやれば、シグリッド殿は一つ口笛を拭いた。


 途端に彼女の愛馬が走り寄り、その背に飛び移ればでたらめに弾を撃つ死人の群れにシグリッド殿は飛び込んだ。


 シズ殿はその背に続いたが、ジェスト殿は私の傍に残り何やら印を組むと呪文を唱える。


「風よ、風よ、先陣切る乙女を護り給え」


 その言葉を紡ぎ終われば、シグリッド殿とシズ殿が淡い光に包まれた。


「弾避けさ。まあ、気休め以上には弾を避ける」


 アレンがそう説明してくれたが、なるほど、シグリッド殿に向かって飛んでいた筈の弾が不意に地面に突っ込んだように感じられた。


 弾なんて見える訳じゃないけれど、銃口の位置とシグリッド殿やシズ殿の乗る馬の側で土煙をあげている着弾点が一致しない。


 だから、きっと弾が彼女たちを避けているんだろう。


 狙いがでたらめではあっても銃弾は恐ろしい。


 だが、その弾が当たらないとなれば死人などただの鈍重な相手に過ぎない。


 シグリッド殿が死人の群れに飛び込んで、魔力を帯びた剣を振るえばバタバタと死人の一団は倒れていく。


 兵士たちがそれを見て歓声を上げたが、向こうの方でも何やら歓声が上がった。


「三柱神の勇者、コーデリア推参!」


 そんな名乗りが聞こえてきたので、概ね何が起きているのか把握できた。


 銃弾では止める事が出来なかった相手が剣と言う古い武器で打ち倒されていく光景はどう受け止められるのか。


 そして戦友だった者達を打ち倒していく勇者たちに何を感じるのか。


 そのケアこそが私の仕事だ。


「リル准尉、友軍の死を弄び私たちの手を二重に汚させるタナザ許すまじと言う風潮を作れるか?」

「タナザの兵士を殺すばかりか、戦友の死体をも殺させると言う意味ですね? それならば容易に」

「怒りの矛先を敵にだけ向けるようにするための案は無いか? 例えば勇者たちに飛び火しないように……」


 私の言葉を聞きリル准尉は一瞬だけポカンとしたように口を開けたが、即座ににっと笑った。


「案外疎いですね、私の仕事もなくならないようで安心しましたよ」

 

 そう軽口を叩いてから、案を口にした。


 それは酷く簡単な事だった。


「先の軍務大臣の件も風聞として流しましょう。まあ大臣の名誉もありますからご子息を殺して利用しようとしたと言う体で。また、初戦の一般市民を巻き込んだ無差別な都市攻撃の詳細な方法も。連中は死を弄び過ぎですからね、事実を伝えるだけで良いでしょう」


 私はそれを聞き、頷かざる得なかった。


 こんな事をやられて怒らない方が珍しいだろう。


 死人を用いた攻撃と言うのは、逆に士気を高めてしまう結果にもなる。


 そんな状況だ、兵士たちの怒りの殆どはタナザに向かい、コーデリアやシグリッド殿にはどちらかと言えば負い目を感じるだろう。


 アンジェリカ殿やドラン殿が重々しく弔いの儀式でもしてやれば、一層に。


 私はそうリル准尉に告げて、不意に思った事を口にしてしまう。


「私も連中と大差ないな。人の死を利用する」

「先に手を出したのはあっちですよ? 元帥のはやられたから仕方なく、です。お心違いはしない様に」


 そうぴしゃりと言われてしまった。


 まあ、そりゃそうなんだがねぇ……。


 割り切れんよ。

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