第56話 洞察
遂にカルーザスの陣が見える場所まで来た。
戦うには必要な距離と言うのがある為、見える位置にいる程度では即座に戦とはならない、いや、互いに戦いの距離に至って布陣しても戦機を掴むまでにらみ合う等ざらだ。
だから、私は天幕に一人こもってカルーザスと如何に戦うか悩んでいた。
カルーザスは、機動力を生かし包囲殲滅戦を試みる心算なのが、見えてきた帝国軍の陣を観察して気付いた。
サネイ川に沿って、右翼、左翼、中央と軍を三つに分けて陣を張っている。
左翼側には川が流れており、右翼側には歩兵や弓兵、魔道兵と言った通常の兵科の他に騎兵の大軍を待機させていた。
その意図は明らかだ。
川と言う天然の障害となだらかな平原と言う立地、数にせよ、配置にせよあまりに偏った騎兵の運用。
これだけ材料が揃えば、包囲殲滅を狙っていることは明らかだ。
「……妙、だな」
私は少しばかり違和感を感じて独り言ちる。
陣を一目見てその思惑を明示するのは、この期に及んでは何のマイナスにもならない。
戦においては、意図を味方に伝える事は単純化した方が効率が良いのは事実だし、敵にした所でその意図を理解しても止められる様な代物ではない。
もし、これを私が常道に従い騎兵を左翼右翼の両脇に置いて戦えばどうなるのか?
ただでさえ相手より少ない騎兵を分けるのだから、騎兵同士が戦えば一蹴されるだろう。
残った騎兵で敵左翼を突破し、背後に回り込む以外に手立てがないが、敵左翼に何の備えも無いだろうか?
私はそれは無いと踏んだ。
必ずや備えがあり、騎兵の突撃が殺されるだろう。
こちらがまごまごとしている間に、敵の騎兵の大軍が背後から我々に襲い掛かると言う訳だ。
だが、カルーザスと同じように騎兵を集中させた場合はどうなるか?
敵右翼に対峙する形で騎兵を置けば、騎兵同士ならば二万対七千、結果はまず負ける。
三倍の数の帝国騎兵を相手にするのであれば、いくら特殊な騎兵であるカナギシュ騎兵も精強とされるカナトスの白銀重騎兵も、ナイトランド騎兵団もその力を振るう前に蹂躙される。
一方で、相手の左翼に対峙するように騎兵を置くとどうなるか?
要は相手の陣と左右対称にするわけだが……それは川と言う障害が騎兵の動きを疎外する。
七千騎と言う騎兵が威力を発揮するには、それなりの平原が……何と言うか、空間が必要なのだ。
だが、トプカでは片側に川があり友軍がいる事でそこまで自由に動けない。
騎兵の威力は集団で機動力を生かした場合に凄まじい威力が出るのだから、障害があれば当然騎兵と言う兵科の力は半減する。
逆に七千騎と言う数が足かせになっている状況に陥る。
戦場を選べないと言うのはこういう制約が付きまとう事になる。
相手は有利な地形を手にし、有利な布陣を展開する。
だが、遅れた此方に与えられた選択肢は少ない。
不利を承知で攻めるか、退くか、迂回するか。
退く訳には行かない、複数陣営からなる合同の軍では。
私が引けば背後から襲ってくるかもしれず、また、カルーザスがカナトスやナイトランドの軍に矛先を向けるかもしれない。
そうなれば、せっかく結んだ同盟にひびが入る。
迂回するには時間が足らない。
決戦に持ち込むよりは時間がかかっても目的地に向かう事を優先できれば良いが、カルーザスならば迂回先に兵を伏せているだろうし、足止めを食らえばやはり各個撃破の憂き目を見る。
敗北続きの中の華麗な逆転劇、そんな演出をされたらやはり敵わないと諸領は確実に帝国につく。
では、どうする?
不利を承知で戦いを挑むしかないにしても、どうする?
敵はカルーザス、帝国随一の兵法家。
何をやっても上手く行くとは思えない。
思えないが……先程感じたちょっとした違和感が、もしかしたら大きな転機になるのではないか?
確かにこの布陣は理にかなっている。
包囲殲滅と言う派手な戦果を得るには、教科書の様な布陣だ。
教科書……か。なるほど……だからこその違和感か。
教科書通りなのは全く問題ない、先人が数多の血を流して築いた結果の上に成り立っている。
それを知識として活用しながら、自身の経験で戦えるカルーザスならば机上の空論では終わらないのは知っている。
だが、私はカルーザスと言う男の性根を知っている。
包囲殲滅と言う派手な戦果を奴が好むかどうかと言えば、実はあまり好まない。
あいつの戦いは、そんな分かりやすい物じゃない。
敵将にしてみれば、最善手を打っていたのに気付けば負けていると言った感じの人の心を縛り誘導するような戦いを好む。
単純なようで複雑な心境を映しているかのように。
しかし、頑固な部分、一本通した芯があるため単なる奇策に終わらないのがカルーザスの持ち味だ。
それが、こんな分かりやすい戦いをする事に引っ掛かりを覚えたのだ。
だが、その理由は想像すればわかる。
帝国は私との戦いでは敗戦続きだ。
そいつを払しょくするに分かりやすい戦果が求められたのだろう。
そう考えたのだが……そもそも、カルーザスが勝てば十分払しょくできる筈だな。
では、何故?
まさか、帝国史に残る華麗な戦をしたい訳でもあるまいに……。
カルーザスが? する訳がないと切って捨てた途端に、天啓が走った。
「それか!」
帝国史、これがカギだ。
ロスカーンは先のことなど考えていない、だから今回は除外する。
そうなると誰が帝国史へ名を残したいのか。
答えは簡単なように思える、虚栄心に満ちた男ならロスカーンの周りにいるから。
コンハーラとザイツと言う痴れ者二人が。
ギザイアが現状を考え見て帝国の軌道修正を計ったのならば、この二人の虚栄心を刺激して働きかけるだろう。
カルーザスが大戦果をあげる事にはなるが、それを後押ししたとなれば自分たちもまた帝国史に名を残す。
……騎兵二万を用いた包囲殲滅戦ならば軍事史に残る金字塔となってもおかしくはない。
その虚栄心から八大将軍のお荷物と化していたあの連中がカルーザスに全面協力をしたから、こんな馬鹿げた騎兵戦力を集められたのだろう。
掌返しも甚だしいが、そうなると……カルーザスは何の足枷もない状態で戦えると言う事だ。
天才が本当の意味で我々に牙を剥く時が来た。
ああ、これは厄介なことになった。
精々の望みは集められた騎兵連中が何処までロスカーンの為に戦うのかだ。
……サボタージュが起きたり……はしないな。望み薄だ。
一人天幕に籠って思考を巡らせていたが、結局対策が頭に浮かばない。
極端な騎兵を用いた戦法に対して正攻法では太刀打ちできないが、極端な打開策も思い浮かばない。
当然だ、私は戦巧者じゃなく勝つべくして勝つ戦いを志してきたのだから。
「皆の知恵を借りるしかないな」
私は一人で方策を立てる事を放棄して、私らしく皆の意見を募るべく軍議を招集した。
下手な考え休むに似たりだ。
皆の力を借りてここまで来た、カルーザスと戦うにも皆の力を借りよう。
自身の責任から逃げ出さずにいるために骨子を考えようとしたが、敗北こそが私に期待をかけてくれている者達を裏切る行為。
ならば、皆の意見を募り決定は私が下す、それで責任の所在を明らかにする方策を取ろう。
何とも情けないが、それが私の戦い方だからなぁ。
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