第55話 帝国の布陣
私の元にその一報が届いたのは進軍を開始して半月ほど経った日の事だ。
帝国が私に対抗するためにカルーザスに兵の編成を命じたと言う物である。
遂にあの男との戦いに臨む訳だ。
この一戦で、この一戦で私の今後が全て決まると言っても過言じゃない。
死ぬのか生きるのか、家族を守れるのか否か。
今までも全てその様な感じだったが、今回は最大の壁が立ちふさがった。
その壁を乗り越えるには何事も先んじねばならない。
決定権を相手に渡さない様に、常に私が主導的に動く。
そう決意して、早め早めの行動を試みていたし行動しているつもりだった。
だが敵はカルーザス、そう易々と事は運ばない。
「帝国軍、軍を三日進ませた距離で既に陣を整えております!」
「馬鹿なっ! 早い……いや、早すぎる! あの時期に軍編成をして何故間に合う!」
報告を聞いて一週間後に偵察をしてきた兵士から報告がもたらされる。
カルーザス率いる帝国軍が既に陣を整えて展開していると。
それはつまり、敵は有利な地形での会戦を試みている訳だ。
避けようにも、カナトス及び魔王の援軍は別ルートを通り、合流地点に向かっている。
今さら違うルートを選択する余地はない。
ましてや、ここで引き返すようでは帝都を奪うなど永遠に不可能だ。
それに、引き返せば敵に背を向けることになり、背後から襲われてはひとたまりもない。
こうなるとカルーザスは情報を巧妙に伏せ、私達より早く軍の編成を始めていた可能性もある。
そして、進軍ルートなど割り出して、有利な地形で待ち構える事に決めたのだろう。
カルーザスならばその程度の事はやってのける。
カルーザスの兵法は人心を縛り操る所にある。
相手の指揮官が最善手と思って行った決定が、破滅への第一歩となる様子を何度も見て来た。
奴は勝てる相手ではなかったのかも知れないと胸中に暗雲が立ち込めるが、私とて帝国で八大将軍を務めてきた男であり、ロガの王である。
いざとなれば、そんな不安を覆い隠して、自信たっぷりに振舞う術は知っている。
将は笑っておらねばならない、どれだけ苦しかろうが、悲しかろうが。
士気と言う目に見えない力の強大さを知るが故に。
だから、私はカルーザスと言う男の巨大さを感じながらも、路傍の石を一蹴する様な鷹揚さで戦いに挑まねばならない。
負ける訳には行かないのだ。
「なれば、一戦しそれを打ち砕くまで! 全軍に通達、陣を整えつつこのまま前進せよ!」
私のその号令で帝国との長いようで短い戦いは最終局面に入った。
つまり、帝都ホロンをめぐる戦いが始まったのだ。
※
カルーザスが陣を構えていたのは、ゾス帝国の帝都とロガ領を結ぶ主要街道の中間ほどにあるトプカであった。
トプカの地は幾つか高地はあるがなだらかな平原が続き、傍らには水運の要所であるサネイ川が流れている。
川にさえ気を配ればカナギシュ騎兵やカナトス騎兵の本領を発揮できる場所だ。
こちらの騎兵事情は大体把握している筈のカルーザスが、態々ここに布陣している理由はなんだ?
私がそう怪訝に思うのも当然のことだ。
わが軍の騎兵勢力は規模に比べて充実しているのだから。
だが、答えは程なくして知れる。
カルーザスは恐るべきことにこちら以上の騎兵を揃えたのだ。
その数は……カルーザスが指揮する十万の内の二割に当たる約二万騎。
寒波で大打撃を受けていた筈の帝国軍が、二万の騎兵を揃えて来たのだ。
信じられない凄まじい運用をしてのける帝国の強大さをまざまざと見せつけられた。
こちらの騎兵戦力はおおよそ六千騎。
それにさらにナイトランドよりの援軍である千のナイトランド騎兵団が同道していた。
ナイトランドの騎兵は強い。
彼の国でのみ生まれる黒い馬は精強でカナトス騎兵以上の突破力を誇るのだが、少々餌が特殊でナイトランドよりの補給を頼らざる得ない。
だから千騎が精々だったし、元より持っている六千騎の騎兵と合わせれば七千騎だ。
十分すぎる騎兵戦力……の筈だった。
だと言うのに、カルーザスは七千騎の三倍弱の騎兵をかき集めてきた。
馬鹿じゃねぇの? 何処から引っ張り出してきたんだよ? バルアド大陸からも騎兵をかき集めたのか?
あまりに騎兵に比重を置いたこの陣容、トプカと言う平原を戦場に選んだ理由から察するに、機動力を生かした戦運びでこちらを圧倒する心算なのは伺えた。
いや、それ所か、サネイ川を用いて……いや、まだこれは考えすぎか。
私は陣を整えながら兵を進めたが、思考の時間を欲してゆっくりとカルーザスが待ち構える場所まで兵を進めた。
片方が戦場で陣を構えている以上は、今更右往左往しても仕方がない。
受けるか否かしかないのだから。
そして、受けると決めた以上はじっくりと思考して、いかに攻めるかを考え抜くより他は無い。
サンドラや将兵の意見を聞く前にある程度自身の中で戦い方を組み立てておく必要がある。
私自身が戦いを生業にしてきたと言う自負からではなく、自身の責任の所在を常に明らかにするために。
私の組み立てた戦い方がまずいと指摘されれば方針の転換は幾らでも行うが、転換自体を決めるのは私である。
誰かの所為に出来ない状況づくりは私には必要な行為だ。
私は何があっても私でありいかなる場合でも他人のせいにしない、そう言いきれるほどに自分を信用していない。
言い逃れできない状況が必要だ。
「面倒な話ではあるがな」
まったく、権力など握る物ではないな、自身に対しての信用がどんどん揺らぐ。
そんな事を息抜きに考えてから、再びいかに戦うのかを模索し始める。
戦場の大部分は霧の中とはよく言われるが、まさに霧の中を手探りで歩くような心地だ。
それでも目指すところにたどり着かねば。
私の双肩には将兵の命が乗っかっているのだから。
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