第5話 肩書
ルクルクス教授は私が本物のベルシス・ロガであると言う事を知っていた訳ではない。
最初の頃にルクルクス夫妻にそう名乗ったことはあるが、それを信じ込むほど教授夫妻だって天然ではない。
事情が呑み込めるにつれて私も自身の姓を名乗る事はしなくなった。
頭がおかしいと思われるのは面白くないし、そう思われても仕方ないと状況だったからだ。
だから、普段の私は教授の所の居候ベルシスで通していた。
姓は敢えて告げることは無かった。
周囲は私が置かれた状況を理解はしていなかったが、ある種の憐憫を感じていたのは分かる。
きっと、故あって姓を名乗れぬ青年と言うのが私に対する評価であったように思える。
さて、そんな訳で私の身元引け請け人であるルクルクス教授は困ったような笑みを浮かべて告げた。
「まさか。まさか、本物だったとは驚いたよ」
「普通は信じませんよ、教授。それよりも連絡が上手く行っていなかったようですいません」
カフェで演説ぶちかまして王宮に連れていかれたとなれば大抵は逮捕されたのかと危惧するだろう。
実際に教授もそうだったのだし。
「驚いたと言う割には落ち着いておるね?」
「もしかしたらという思いはありましたからね。失礼、私はカール・ルクルクスと申しますが、貴方は?」
「エルーハ、竜の魔女」
ああ、貴方がと教授は一つ頷きを返した。
「カルーザス将軍の育ての母」
「戦史学科と言う事はあの子の戦法も研究されている?」
「無論です。カルーザス将軍の戦術は今でも恐るべき鋭さを兼ね備えておりますから」
「そうか、そうか」
エルーハは嬉しそうに頷きを返してから、私を見やって。
「ベルシス・ロガはどうだ?」
等と問うた。
そいつについては止めましょうと言う前にルクルクス教授は少し早い口調で語り出した。
「ロガ王の真価は兵站と良く言われますが、人を使うのも大層上手かったように思いますね。彼が後方を、カルーザス将軍が前線を担当していたゾス帝国軍の精強さは正に大帝国の」
「教授、教授」
流石に今の状況にそぐわないので諫めるように声を掛けると、ルクルクス教授ははっとしたように周囲を見渡して咳ばらいを一つした。
「失礼しました」
「いや、結構。ルクルクス教授、こちらのロガ殿が貴方にもぜひ協力願いたいと申しておるのですが」
少し唖然としていたセオドルが教授の謝罪を受けて首を左右に振ってから、問いかける。
「私が、ですか? タナザに関連した事でしょうか?」
「ええ。ルクルクス教授、私はこの国を守りたいのですよ。従兄弟甥が建国したからだけではなく、街で世話になったからだけではなく。あのオルキスグルブを滅ぼした開祖に敬意を表してこの国を守りたいのです」
国にだって寿命はある。
カナギシュ王国も相応に古い国だ、いつ滅んでもおかしくはない。
だが、それにオルキスグルブが一枚噛んでいるのは面白くない。
ゾス帝国をぐちゃぐちゃにしてくれやがったあの王国の残党たるタナザがそれをするなど在ってはならない。
それが運命だと言うのならば徹底的に抗ってやる。
私は感情のままに言葉を紡いだ。
感情のままにと言っても怒鳴ったり、喚いたりはしない。
ただ、自身の在り方を口にしただけだった。
だが、国を守ると言うには一人の力だけではどうしようもない。
だから力を貸してほしいと私は教授に頭を下げた。
「ベルシス君。君の同居人としてこう呼ぶことは許してほしいが、そこは問題じゃない。確かに君の気持は良く分かる。だが、どのように国を守るのかを決めるのは君ではない筈だ。現王の意向はどうなのだろうか?」
「さて、その辺は私も分かりません。言われてみればテサ四世陛下はどうお考えなのでしょうか?」
私の言葉に頷きを返してくれたものの教授はそう忠告をくれた。
確かに私はこの国の王ではないし、軍人でもない。
それが前にしゃしゃり出てとやかく言うのは流石に問題があるか。
そんな事を思いながらセオドルにお伺いを立てる。
「ご当人に直接お伺いするのが良いのではないかな?」
セオドルは少しばかり笑みを浮かべてそう告げると、壁の一部に向かって声を掛けた。
「いかがですかな、王よ」
「人が居ようと居まいとその言動にブレはなく、恩人を前に告げた素直な感情は老いたわしの胸すら打つ。この情勢下でもその言葉が聞きたくてカフェに集まった者がいるのも当然だ」
壁の向こうから声が聞こえた。
エルーハが偽装かと小さく呻くと共に、壁が消え去り椅子に腰かけた老王と偽装を施していたであろう老婆がそこに立っていた。
豊かな白い髭を蓄えた老王テサ四世は私を見据えながら告げた。
「我が国防衛の為、神君ベルシスにはいかなる肩書が必要でしょうかな」
「名ばかりの肩書など貰っても致し方ない。一応作戦に意見が言える程度の実務的な」
「生憎と今のカナギシュ軍には貴方ほど戦慣れした人材はおりませんでな。そうだ、カナギシュ王国元帥は今は空席、貴方が指揮した頃とは勝手も違いましょうが……」
元帥? 元帥ってなんだっけ?
一瞬呆けてしまって頭が回らなかった。
「王よ、いきなり元帥では軍部の調整が……」
「いやいや、気にするな。この男の本領は兵站ばかりではない、調整も得意だ」
セオドルが最もな意見を口にするが、すぐさまエルーハが可笑しげに口を挟んだ。
未だに魔術投影が繋がっている様子のメルディスも大きく頷き告げる。
「その男が働くのは完全な裏方か、或いは最も光の当たる場所でなくばならん」
「なれば、カナギシュ王国元帥に神君と名高いベルシス・ロガが着任した、そう触れを出さねばならんな」
重々しく頷き告げてからテサ四世は私に頭を下げ。
「神君ベルシスにおかれては突然の事であり、常識的な仕官とは異なりましょうが、どうか、どうかお受けいただきたい」
我が国の民を死霊使いの道具にする訳にはいかんのです、そう力強く告げたのだ。
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