第6話 王国元帥

 元帥という呼称は確かに昔からある。


 軍の規模が大きくなるに従い称号を創設する必要性が生まれた結果、生み出された称号たち。


 その創設された称号の中に元帥という号はあった。


 多くの場合、名誉称号に過ぎなかったのだが、時代が下った今は全く意味合いが変わってきているようだった。


 例えばカナギシュ王国における王国元帥の称号は基本的には国王に属する。


 或いは、戦時下に多大な功績を挙げた者に授与される称号であり、陸軍総参謀長に与えられる称号でもある。


 だから、一介の市民、それも過去の覇王を名乗るようなペテン師もどきに与えるべき称号ではない。


 たとえ私がベルシス・ロガであったとしても。


 それに、軍部内においてもいきなり見知らぬ者が自分たちの上位者として現れれば何が起きるか明白だ。


 軍隊における派閥争いと言う奴は侮れないどころの話ではない。


 今は未曽有の危機だから最初は言う事を聞くかもしれないが、もし事態が好転する兆しが見えれば即座に私は排斥されるだろう。


 カナギシュ王国の為にも、私の為にもその元帥号を受ける訳にはいかない。


「その称号は流石に不味いかと思われます、陛下。この国難の時に無用な軋轢を生むのは得策ではありません。今はむしろ、私と言う存在は表に出さず裏方とするべきではないかと思われます」


 そこまで告げてから、私はある考えに思い至りテサ四世を見据えてさらに口を開いた。


「或いは、ある種のプロパガンダのため……神君ベルシスがタナザと戦うために時を超えて甦ったなどと吹聴するにしても功績がなくばただのたわ言。手土産もない私に元帥号をお与えになっては、陛下の名にも傷がつきましょう」


 私としては当然の懸念であり、当然の帰結だった。


 どれほどの人物が鳴り物入りで現れようとも実績が伴っていなければ人は早々言う事を聞かない。


 或いは実績が伴っていた所で、どれ程の危機が目の前にあった所で一たび嫌われてしまえば、それだけでまともに動こうとはしない。


 それは人が愚かと言うよりは、持って生まれた習性のようなモノ。


 理性がそんな事は駄目だと思った所で感情が言う事を聞かなければどうしようもない。


 私はそれらの考えを幾分マイルドにテサ四世に伝えた。


 いささか厭世観の強い言葉たちだったかもしれないが、人間は四百年の時を超えてもその本質はあまり変わりが無いように思える。


「なれば、どのような階級をお望みで?」

「まずは補給と外交折衝の一部を担当させていただきたいので、それに見合った階級を」


 私の言葉にルクルクス教授が口を挟んだ。


「ベルシス君、それではいささか遅すぎやしないだろうか?」

「遅すぎる、ですか?」

「こちらは遠征計画を立てる余裕はなく、敵の攻勢を待つばかり。兵站の運用は無論大事だが……」


 教授の言わんとすることは理解できた。


 カナギシュ王国のどこかが戦場になるのであれば我が方の補給経路の確立は容易い。


 それに交渉、折衝をするにしても私がタナザ相手に何かできることは無く、精々が味方を集めるために奔走するだけ。


 その味方集めだって戦功の一つもなければ難しいと言う話だろう。


 私は人差し指をこめかみにあてがって、視線を彷徨わせながら告げる。


「教授の言は最もではありますが、私は今の時代の戦を知らないのです。銃と弓を同じく運用できないでしょう? ましてや魔術兵と砲兵は同じ運用など出来ない筈だ。その辺も知らずに軍の指揮権はもらえませんよ」


 私は更に言葉を連ねた。


「兵站とてそうです、銃弾や砲弾が大量に必要であり、それに加えて糧食やら飲料水のみならず多くの物資が必要になります。国土防衛であるならば現地調達など出来やしない、なおさら兵站を重視せねばなりません」


 国土の防衛であるならば、兵站経路の形成こそが何よりも重要。


 私の知る戦とは使う武器が変わっている以上、それ用の補給路の形成を目指さなくてはいけない。


 想定通りに補給が上手く行く事などない。


 想定に想定を加えて、なおかつ最悪の事態を想定して行動してもそれを上回る最悪な事態が起きる事だってザラだ。


 それを思えば、カナギシュ軍の現場の声を、そして補給の担当者たちの声を聞かねばならない。


 その辺りを掌握できてこそ、私ははじめて軍の士気を考えることができる。


 私と言う人間の根幹がそこなのだ。


 兵を飢えさせない軍略、武器がなくて攻勢をかけられないなんて事態は招きたくない。


 私がそう訴えるとテサ四世は一度頷いてから口を開く。


「その気質、まさに伝承通り、ですな。分かりました、参謀本部の兵站を担当する部署をまず担って頂きます。その一方で、今の戦い方を頭に叩き込んで頂きたい」

「分かりました。それでは教授や前線指揮官に教えを請わねばなりませんね」


 そう告げると、テサ四世は大きく頷いた。


「陛下」


 そこの横合いからセオドルが声を掛けた。


「ベルシス・ロガを名乗る青年が補給を担当すると言う事実は内外に発信した方が宜しいかと」

「今の段階でか?」

「見事に補給計画を立案し、実行できる行動力があればその時は陛下のお望みになるポストに就かせるが宜しいでしょう」


 ベルシス・ロガと名乗る青年にすらすがる状況であると内外に発信し、私が成功すれば神君ベルシスとして大々的なプロパガンダに移行すると言う事だろうか?


 ただ、現状をつまびらかにするリスクが高すぎやしないだろうか?


「一種の賭けでは?」


 私が懸念を口にするとセオドルは微かに笑いながら言った。


「賭けであろうとも手を打たずにいるよりはマシでしょう。それに、我らの窮状は他国は既に知っておりますよ」


 だから、ペテンにでも引っ掛かったのだろうと最初は思うでしょうなと言葉を続けた。


 それがペテンでなくなった時の衝撃はいかほどか……か。


 何だか、またぞろ重たい責任が付随してきたな。


 正直、責任を背負い込むことは予測できていたけれどさ。

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