第27話 内紛への介入

 以前、ローデンの兵士たちを迎えに行った時と同じように、私は替え玉を置き政治は伯母上に任せ、軍事は兵力の増強に努めるよう指示をしてクラー領に向かった。


 馬に跨り数名の供を連れての旅。


 今回の旅の連れは、何と言うか、何と言うか……かしましい。


 軍師として実績を得たいサンドラ、リウシス殿とその仲間たち。


 それだけだと私の胃が心配と言う事でまたぞろコーデリア殿の所からマークイ殿が、シグリッド殿の所からアレン殿がそれぞれついてくることになった。


 そして、今一人……。


「ベルシス兄貴、異母兄弟たちはどんな人たちかしら?」

「前領主よりは常識的さ」


 野太い声で私を呼ばわり、問いかける大柄な男……つまりはガラルが今回は一緒だ。


 クラー領内に介入する大義名分がここにある。


 排斥されたテランスの第一子であるガラルは私の従兄弟、そうであればこそこの内紛に手を出しても大きな非難は起きにくい。


「ガラルさんは、アレだろう? 母上に掴まってこの道行きを戻ってきたんだろ? 大変だったなぁ」

「……母上が一番大変だったでしょうね。それにしても、また戻る事になるとは思いもしなかったわ」


 アレン殿の言葉にガラルが答えるとどこかしんみりした空気が流れた。


 ちなみに、皆ガラルの喋り方には慣れている。


 先日士官したばかりのサンドラですら既に気にしなくなっていた。


「しかし、何故に帝国は動かない?」

「動けないのか、動かないのかによってその理由は変わってきます。動けない理由があるとすれば、外敵……つまりロガ王を恐れてと言うのも一因でしょう。今となってはパーレイジ王国、ガルザドレス王国も再び牙を剥いておりますから、一層に」

「動かない理由は何が考えられる?」

「帝国の中枢さえ無事ならば宮中で享楽に耽っていようという考えでは?」


 私の呟くような声にそのサンドラが反応を示して答えを返す。


 動けない理由は想像がついたが、動かない理由についての推論を聞けば私はげんなりとした。


 そんな事は無いと言えない帝国のあり様に。


「もうすぐクラー領内だけど……」


 先頭を走るリア殿が、遠眼鏡でクラー領の方を見て憮然とした様子で遠眼鏡を降ろした。


 そして、いつものような快活さが欠片もない声で告げる。


 斥候や情報収集はお手の物だった彼女はクラー領内で情報を得る際にも領民と接触していた。


 その彼女の言葉が曇りがちなのは良い状況とは言えないのだろう。


「暗いな」

「暗くもなるわ。領の境ギリギリに農場があるんだけど、略奪の跡が見える」

「こんな端の方にも略奪に?」

「或いは、野盗が騒乱に乗じたのかしらね」


 リウシス殿とリア殿の言葉を聞いていると、あの日、ローデンの兵士やアネスタらカナギシュたちと合流した時に一撃与えて置けばよかったかと後悔に似た思いを抱く。


「ガラルさんがいなければ大義名分はなく、敵を増やしただけですよ、ロガ王」


 アレン殿が何かを察してそう声をかけて来た。


「名分もなく動いては問題だからな」

「貴族社会ってのは大変よねぇ」

「その為に俺みたいなのがいるんだよ」


 フレア殿の言葉にアレン殿が胸を張って返す。


 彼はカナトス王国の文官であり、領地を攻める際の請求権を作成したり、調印の席の文章を作ったりする仕事が主だった様だ。


 字も上手く書くのも早いからアーリー将軍の尋問の際には私も書記官としてつれて行った。


 彼を勇者一行に加えたシグリッド殿はガト大陸の情勢をよく心得ている。


 いかに大国の命運がかかった重大な旅であろうとも儀礼的文書と言うのが大事な時はある。


 特に上流階級相手の時は。


「あんたの文には助けられているけど、でも貴族社会が面倒なのは変わりないわ」

「そいつは俺も同感だ。ロガ王とてその慣習からは逃れられないみたいだしな」


 フレア殿の言葉にマークイ殿も乗っかる。


 暗に非難された気もするが、或いは単に事実の指摘かも知れない。


 まあ、どちらにせよ目くじらを立てる事ではないか。


「ロガ王」

「何かね?」

「結構言われ放題な時がありますね」


 サンドラが不意に呼ばわるのでそちらを向けば、彼女は真面目な表情のまま唐突にそんな事を言う。


「……否定はしない」


 と言うか否定出来る要素が何もないと天を仰ぎながら私は返答を返した。


「言われ放題ついでに聞いて良いか?」

「なんだい?」


 リウシス殿が何やら考えこみながら問いかけてくる。


「勇者は一人だけと聞いた時、俺はコーデリアを連れていくかと思ったんだが……何故俺なんだ?」

「不服か?」

「そう言う訳じゃない。だが、気安いのはコーデリアの方だろう?」

「彼女は友人だ。だが、だからこそ向き不向きもある程度は分かろうと言う物だ。潜入には不向きだよ、少なくとも今は」


 そう答えるとさもありなんとリウシス殿は苦笑を浮かべて頷いた。


「ちゃんとアンジェリカ殿にも相談したし」

「当人じゃないのかよ」

「行きたいって言うのが目に見えていたのでね。その点アンジェリカ殿は冷静だから。まあ、機嫌を取るのにお土産は必要でしょうとアドバイスされたけど」

「あんたも難儀しているな」


 あまり苦労だとは思っていないんだが、そんなしみじみ言われると彼は彼で苦労しているのだろうと察せられた。


「ロガ王は天然の人たらしだからな、あんたと違ってそいつを苦に思ってないのさ」

 

 マークイ殿がからかうような調子でリウシス殿に告げると、リウシス殿は口元を歪めて。


「どちらにせよ、お前さんほどマメじゃないさ、恋多き詩人殿」

「そうだぞ、もっとマメにならないと俺の様にはいかないぜ」

「マークイ、結構振られることも多いよな、シーヴィス様にも袖にされてたし」


 二人の会話にアレン殿が加わる。


 なるほど、三勇者の旅路の最中はこんな感じだったのだろう。


 しかし、シーヴィス殿ねぇ。


「マークイ殿は彼女のような女性が好きなのか?」

「いや、彼女は好きとかそう言うのじゃなくて……俺の心を照らす太陽」


 ……ん?


「太陽?」

「大輪の薔薇、天井の美姫! 麗しの」

「詩人殿の比喩は月並みですね」


 シーヴィス殿について熱の入った言葉を披露していたマークイ殿にサンドラが口を挟む。


 それって詩人相手にはあんまりな言葉じゃないですか?


「うぐっ」

「おい、詩人! 傷は浅いぞ、しっかりしろ!」


 半ば本気でリウシス殿が声をかけている。


「サンドラ、貴方恐ろしいわね……」

「ティニア殿、詩人殿が腕を磨くには良い指摘だと自負しています」


 リウシス殿の影に隠れてあまり喋らない妖精族のティニア殿がぼそりと呟くと、サンドラは胸を張って答えた。


 アクが強いメンバーだなぁと嘆息交じりに息を吐き出すと、隣のガラルの顔が垣間見えた。


 ……思いつめた顔をしている。


「……ガラル」

「っと、何です、ベルシス兄貴?」

「思いつめるなよ、私が王政を敷く事になればお前さんは王家専属の仕立て屋になるんだから」


 私の言葉にガラルは天を仰いで告げた。


「それは良いわね。色々と仕立てたい服があるのよ」


 そいつは楽しみだと言葉をかけ、私は改めて前を向いた。


 戦火に焼け出された領民の家が視界に飛び込んできたのはそのすぐ後だった。

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