第12話 コーデリア・ロガ
コーデリアはローサーンの神殿勢力に与しているそうだ。
ただ、そこも二つの派閥に別れて内部争いに終始しているようでなかなか行動を起こせずにいると言う。
何とも内部争いが好きなお国柄だなと肩を竦めざる得ないが、私は何故か妙な違和感を覚えた。
「派閥に別れる等と言うのはよくある話だが、タナザの在り様は神殿側にとって容認できる事ではないだろう? 何故そんなタナザが目前に迫る情勢下で……」
私の疑問にマークイが事も無げに答える。
「コーディとアンジェリカを擁してしまえば、タナザには勝てると踏んでいるのさ。伝説の勇者と高司祭様が居るのだからタナザ如きに負ける筈が無いとな」
「それを今まで黙っていた、いや、これからも黙っているつもりなのはローサーンの神殿勢力はカナギシュを見捨てたと言う事か?」
もし、彼女らが対タナザへの切り札になると信じているのならば、早々にその存在を公にしタナザをけん制するはずだが、今の今までそんな話は出てきていない。
それが指し示す事はただの一つだけではないだろうか?
私の思いを補強するようにマークイは告げる。
「今、タナザの注意を引く訳にはいかないからな」
「タナザにカナギシュを食わせている間に、派閥争いを制し、勝った方が神の戦士宜しくタナザを一掃すると? とんだ甘い夢だ、甘すぎて吐き気を覚えるね」
私の言葉に宿る嫌悪を感じてかマークイが苦笑じみた笑みを浮かべる。
「アンタならそう言うだろうな。ただ、神殿勢力の思惑を知り、そいつを恥と考えた第二軍団の長をこちらに取り込むのにはその甘い考えも有益だった」
「人を見て、敢えて漏らしたのか?」
「どうだかな、酒を飲むと口が軽くなるからな」
まるで私のようだとマークイを見て私は嘆息する。
流すべき情報を流し、そうでは無い情報は遮断するように仕向ける。
そうする事で味方を増やし、敵を制する。
昔の彼はその手の事にそこまで関心があったようには思えなかったが……。
「そう言えば、エルーハとつるんでいるんじゃなかったのか?」
考え込む私に、マークイが不意に問いかける。
「彼女は社交界のパーティーに出て貰っているよ、竜人はとかくステータスになるからね」
「社交界ね、役に立つか?」
「今は役に立たないが状況が変わった時に色々と、ね」
金満家や貴族たちに支援を訴える必要はあるが、今はきっとどこも助けなど出さないだろう。
だが、状況が変われば支援を訴える意味は出てくるし、世論と言う奴を味方に出来れば色々と便宜が図れる。
エルーハにはその為の布石として動いてもらっているが、この働きに即効性が無いのはどうしようもない事実だ。
それでも、動いてもらわねばならない。
「もし、あの時カルーザスを討ち取っていたならば、今の状況は決してなかっただろうな」
私がそう呟くとマークイは軽く肩を竦める。
そして、告げた。
「さて、俺ばかり時間を取るのはまずかろう。他にもあんたと話したいって奴は多いようだぜ、ベルシス」
「……ほう、そうかね? 例えば誰だい?」
「カサゴの連中はどうだ?」
その言葉に私は肩をすくめた。
「私に決定権は無いのだから、彼らが話をしに来るはずがない。君とて私が本物かどうか確かめに来たくらいな物だろう? カナギシュにおいて私はさほど大きな存在でもない。……で、誰が私と話したいんだ?」
「それだけ食いつくって事は分かってるんじゃないのか?」
マークイは唇の端を釣り上げてそんな事を言う。
「……期待半分、恐れ半分だよ」
「相変わらずだな。まあ、良いさ……さほど時間がないのが申し訳ない所だがな」
私の答えにマークイは天を一つ仰いでから部屋を出ていく。
その言葉に微かに眩暈めいたものを覚え、漸く気付いた。
何と言うべきか、最初からおかしかったのだ。
マークイは一人で来た。
私に会うからと言う訳ではないが、カナギシュの軍事施設を進むならば普通は軍の誰かが……私関係ならば情報部の誰かが付いてくるはず。
だが今回はヴィルトワース少佐は無論の事、ベテランの風情あるベア伍長もリル准尉も傍にはいなかった。
マークイ一人だけならばそんな事は起こりえないだろう。
彼が本当に勇者の仲間の一人であると言う保証を誰も持つことができないのだから。
……つまり、マークイの身元を証明する何者かが居た事になる。
それは以前の様に魔術を用いてメルディスに聞いたのかも知れないが、彼一人だけ来たのならばそんな事はしなかっただろう。
護衛をと言う名の監視を付けて私に合わせれば早いのだから。
だが、今回のこれは……。
私が取っ散らかる思考を無理やりまとめていると、近づいてくる足音に気付いた。
その途端に心臓がドクドクと脈打っていることに気付く。
緊張しているのが良く分かった。
ただ、自分の妻に会おうと言うのに何故これほどまでに緊張しているのだろう? そして何をそれほどまでに恐れているのだろう?
自分の心が良く分からないまま、私は彼女が来るのをただ待った。
そして……。
「ベルちゃん」
そう声を掛けて来た女性を見て、不意に視界が潤んだのを自覚した。
懐かしい言葉の響き、あの時代に私たちが使っていた言葉で語られた私の名。
何より私の名を語る相手が紛う事なきコーディであった事実が、私の涙腺を刺激したようだった。
「……久しぶりだね、コーデリア」
「コーディだよ、ベルちゃん」
「ああ、そうだったな」
少し大人びたコーデリアの姿は、決戦前に見た夢に見た彼女によく似ていた。
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