第33話 忍び寄る凶手
しかし、困った。
何が困ったって、メルディス殿は魔族である。
そして、家に戻ればリチャードがいる、竜魔大戦を生き抜いた古強者が。
我が家で鉢合わせとか、胃が痛くなりそうなんですけれど……。
「メルディス殿、これは内密のお話でしょうか? 生憎と我が家には竜人の従者がおりますので、出来ればナイトランドの大使の邸宅の一室など借りられれば……」
「聞きおよんでおる。が、それを口実に一晩の宿を求めるのもありでは?」
「そういうのは良いんで」
誑かすかのような言動にどぎまぎしつつ、冷静さを装って答える。
ナイトランドは帝国に自在に動く駒でも揃えようとしているのか? 今更?
「思いの外ガードが堅い。鉄壁ベルシスの二つ名に偽りなしか」
「鉄壁? 私が?」
「帝国内部での暗闘の最中、仕掛けられた誘惑をことごとく跳ね返した鉄の精神。間者の間では有名じゃぞ?」
ハニートラップの大攻勢は、正直危うい場面は幾つもあった。
だが、それらを乗り切るとテンションが妙な方向に向かい、最後はもはや童貞死守すべしという勢いだったからな……。
私自身すら、今考えると戸惑うような意固地さだった。
「仕方なし。実の所、今後の為に帝国内部に内通者も欲しかったが、それは脇に置こう」
「馬鹿正直に話すのな……」
「ある種の誠意じゃ。今は事を構える気はないという意思の表れ、そう受け取っておくれ」
「ふむ。今は手を出さぬというのであればそれで良い。で、先ほどの問いの答えは?」
「大使の館では目立ちすぎる。……仕方ない、隠れ家の一つにご足労願おう」
「それは……」
それはいろんな意味で危険すぎる。
人々がベルシス・ロガを見たのは今日が最後だった、等となりかねない。
「そこまでは信用されんか。当然じゃが、面倒じゃのぉ」
「元はどういうプランだったんだ、君は」
「それなりの宿の一室に連れ込んで、一戦交えつつこちらの有利になるように情報を小出しするつもりじゃった」
「あけすけだな、おい!」
ヤバいな、完全に使える物は全部使う系の間者じゃないか、このメルディスって女。
男を、或いは女も骨抜きにする技は持っている訳だ。
片や私は素人童貞。
勝てない。
一戦なんて交えたら大変なことになる。
「では、このまま歩きながら話そう」
「ちと、寒いのじゃが?」
秋風が吹き抜けると、演技か本当に寒いのかメルディスは微かに震えて見せた。
仕方なく羽織っていた儀礼用の外套の留め金を外して、片手で差し出す。
「ご婦人は体を冷やすのが大敵とは聞いている。だが、私は君と同室になる訳にはいかん。だから、羽織れ」
「おや、思いのほか優しいのぉ。それに同室を恐れるとは、ちっとは脈ありか?」
からかうような言葉に私は軽く頭を振って、それから話は何かと再度問いかける。
すると彼女は可笑しげに笑った後、声をひそめて語り出した。
「オルキスグルブと言う国はご存じか?」
「知らぬはずがない」
「結構。彼の国より凶手が放たれた」
凶手? 眉根を寄せながらそう呟くとメルディスは一層声をひそめる。
「狙いまでは分からぬ。だが、気を付けねばなるまい。あの国は三柱神を奉じる国と魔族を何れは滅ぼしたいと考えているのだから」
「そこまでこじれているのか、あそこの国の宗教は?」
「どんな神を崇めているのかは知らんが、排他的なのは間違いがない。……一説には、
とんでもない名前が出て来たな。
創造神話に必ず名前の出る神だ。
だが、自身で作り上げた生命に失望し、全てを滅ぼそうとしたために他の神々に打倒された。
生むだけ生み出しておいて、思い通りにならないと勝手に失望して無に帰そうとするとか、身勝手にもほどがある。
結局、他の神々も私と同じ考えだったので打倒されたのだろうが、なんでそんな神の信仰が……。
「確証はない。オルキスグルブは、信仰に関しては正に鉄壁、外に漏れ伝わる事が無い。だが、逆に
「その話を何故内密に私の元へ?」
「凶手の情報に実は確証がない。放っている間者が長年の経験から放ったようだと言ってきおった。物的証拠がない物を陛下の名を背負い、他国に伝えることは出来ぬのじゃ」
「なるほど」
「これはナイトランドのメルディスとしてではなく、メルディス個人がベルシス殿個人に話した噂話、でなくてはならない」
「ゆえに大使の館も使えぬと言う訳ですな……しかし、何故私に?」
そう告げると、メルディス殿は双眸を細めてにまりと笑った。
「儂と似た匂いを感じる男だからよ、ベルシス・ロガ殿。派閥争いを制し、数多の情報を扱う立場にあるお主はな」
「なるほど。で、あれば今後も有益な情報の交換はしていきたいものですね」
「我ら両国に万が一は考えづらいが、そんな時にも交渉相手は持っておくに限る。我らの様な日陰者は特に、のぅ」
日陰者、確かにそうかもしれない。
日の当たる場所に居るのは陛下や殿下、そしてカルーザスなどで十分だ。
日陰から彼らを支えるのが私の役目、か。
悪くない。
影から皆を支える立場と言うのも目立たなくて済むし、こうして妙な出会いも生むのだから。
「今後とも、よろしく」
「ああ、こちらこそ。で、お近づきの徴に宿を一室取ってあるんじゃが」
「負け戦をするつもりは無い」
頭を左右に振る私を見やって、メルディスは可笑しげに笑った。
※ ※
私はメルディスから得た情報をもとに、ベルヌ卿と協議し陛下に進言した。
陛下自身の近衛隊であるロギャーニ親衛隊から勇士を選び、三人の殿下に護衛を付ける事を。
何ゆえにかと問われたから、オルキスグルブに怪しい動きがある、何もないでしょうが念のためにと伝えると、陛下も何かを掴んでいたのか黙考されて、最後には頷かれた。
こうしてバルアド大陸に髭面のベテラン戦士ウォードをファルマレウス殿下の元へ派遣する事になった。
私と共に北西部に向かった細面の戦士ギェレはレトゥルス殿下の護衛に。
そして、温厚だが腕が立つと評判のツェザルと言う戦士がロスカーン殿下の護衛に付くことになった。
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