始まりの終わりと終わりの始まり(青年期後期)
第32話 影魔のメルディス
帝都での勤務が増えると将軍とは言え、外交的な席に同伴する機会も増えてくる。
他国の随伴武官と話をして、交友を深め、万が一と言う時に武官同士でも話し合いの場を設けるために必要な事だ。
今までは八大将軍筆頭のベルヌ卿が主にその役目を担ってきたが、最近では私にもその役目が回って来るようになった。
「ワシも老いた。ロガ卿にも幾つか知っておいてもらいたい」
そう仰るベルヌ卿の髪は大分白くなり、その顔には多くのしわが刻まれている。
月日が経てば、人は老いる。
厳めしく私やカルーザスに戦の仕方を教えてくれたベルヌ卿とて、それは例外ではない。
それは無論、陛下や皇后さまも同じこと。
バルハドリア陛下は最近、他国の大使との会話をレトゥルス殿下にお任せになる事が多い。
先だっては、バルアド大陸総督であり第一皇子たるファルマレウス殿下をお呼びになり、幾つかの事柄を直々にお伝えになっていた。
ファルマレウス殿下は武勇に優れながら、詩や絵画にも造詣が深いお方だ。
性格は豪放で、バルアド大陸のゾス帝国領総督を務めて長い。
バルアドは未だに奴隷制が蔓延っているようだが、ファルマレウス殿下は頑なに奴隷制の導入を拒んでいる事は有名だ。
バルアドのどこの貴族か忘れたが、ゾス帝国領に会談に来た際も奴隷を連れていて、ファルマレウス殿下にここはゾス帝国領であると一喝されて追い出されたと言う逸話からも、奴隷制嫌いはうかがえる。
まっすぐな武人と言う印象だったが、陛下に呼ばれた際に会話を交わすと、豊かな知性とユーモアの持ち主であることが知れた。
「そなたがロガ卿か、レトゥルスより色々と聞いておる」
「これは殿下。輜重隊の本部に態々おいでになるとは……」
「親父が会って行けと言う物でな。それに、俺の方からも一つ礼を述べたいことがあった」
「殿下よりですか?」
「俺は奴隷制度が嫌いだ。本国にもあんな制度を導入しようとしていた馬鹿者どもがいた事がショックだったが、そなたが叩き潰してくれたと聞いている。感謝するぞ、ロガ卿」
斯様に仰せになられて、ファルマレウス殿下は私の手を取って握手した。
武人らしく厳つい手であったが、同時に懐の深さも感じられて、私は大いに安堵したものだ。
この方が次期皇帝ならば、ゾス帝国は安泰だと。
何故かそこから酒の席になって、ファルマレウス殿下は色々と面白い話をしてくれた。
バルアド大陸の西方の果てにあると言うオルキスグルブ王国と彼らが奉じる宗教の胡乱さが、私にはやたらと心に残った。
「オルキスグルブと言う国の宗教は、その主神の名は伏せられ、他国の者に決して祭祀を見せぬと言う。事実、何度か交流を持ったが、どうにも上辺だけを取り繕われている気持になる」
オルキスグルブ王国についてそう語るファルマレウス殿下の言葉は、少しだけ苦々しかった。
彼の国の王室は元は神官の血筋だったらしいが、その所為か、奴隷制度の維持に積極的な一面を見せていた。
風の噂には、主神を崇めぬ者は全て滅びても良いと言うような言説まで聞こえた事があると。
随分と狂信的で狭量な物の見方をする国だ。
そんな国ではあるのだが、軍事大国と言う側面もありバルアド大陸の国々に強い影響力を持っているのだそうだ。
「異大陸には随分と厄介な国があるのですね」
「ゆえにバルアド大陸総督は、苦労が多い。しかし、昨今は一部の肩の荷が下りた。優秀な輜重指揮官が居るおかげで本国からの兵の交代も、物資の補充も随分と楽になったからな」
「異大陸への輸送は経験がなかったので、成果が出るまで時間がかかりましたが……」
「十分な速度だ。これも礼を言うべきことであったな」
ファルマレウス殿下は豪快に笑って、私の苦労をねぎらってくれた。
仕事が認められるのは嬉しいものだ。
その後は、砂大陸においては強国であったガールム王国が一夜にして滅びた不可思議な話とか、海の果てにあると言う竜人たちの住まう島と言ったロマンあふれる話をしたように記憶している。
ちと、葡萄酒を飲みすぎて翌日頭が痛かった事がひどく残っているので、アレなんだが……。
ともあれ、ファルマレウス殿下との交流は楽しいひと時だったのは間違いがない。
そんな風に、帝国は世代交代が進んでいるのだと言う認識を抱く出来事が立て続けに起こっていた。
そんな折に、ある女性に声をかけられた。
金色の美しい髪、少しばかり鋭いながらも切れ長の瞳の色は青く透き通っている美女に。
※ ※
他国の武官と劇場に赴いて、観劇した後の出来事だった。
他国の武官とその妻と談話した際に、奥方が演劇が好きと言う事で、今話題の劇に招待したのである。
これも外交の一環だ。
奥方はいたく感激なさっており、その主人たる武官も感謝していたので、これは成功裏に終わったと言って良いだろう。
護衛にお二人をお送りさせ、一人で邸宅に戻ろうとした際に声を掛けられた。
ちなみに、リチャードはこの日は帰りが遅くなるからと、家で休ませていた。
「ロガ将軍であられますか?」
「いかにも私はベルシス・ロガですが?」
夜とは言え、ここは帝都、周囲には巡回の兵もいる事から私は少し警戒心を緩めていたのかもしれない。
声を掛けられて、素直にそうだと言ってしまったのだ。
「実は将軍に折り入ってお話があるのです」
「私に?」
「人に聞かれると困りますので、人気のない所でお話しできれば……」
正直に言えば、ものすごくドキドキした。
いきなり美女にそんな事を言われてしまったら、誰だって胸は高鳴るだろうし、色々と期待するんじゃなかろうか。
ただ、私の頭の中ではこんな言葉が響いていた。
話が美味すぎる、美人局じゃないか? そうは言うがこんな美女と、そう言う関係になれるかもしれないし……。いやいや、待て待て、お前は帝国八大将軍のベルシス・ロガだ、軽率な振る舞いは……。
と、グルグル思考が巡ったのである。
色ごとは、一応知ってはいた。
高級娼館には、たまに出入りしていたからだ。
だが、殆ど出会いの無かった私は恋愛に夢を見ている少年とそん色がない位には、恋愛に夢を見ていた。
だから、こんな出会いがあるのではなかろうか? と思った次第だが……。
でも、私は不意に気づいてしまったのだ。
彼女らと同じ匂いを感じた。
アルヴィエール一派との暗闘を繰り広げていた時期に、何度か仕掛けられたハニートラップ。
それを仕掛けてきた彼女たちと同じ匂いを。
気づかなければ良かったのにと、僅かに思いながら私は口を開く。
「生憎と臆病でして、人気のない場所によく知らぬ方と同伴する気はありませんな」
「……」
では、そう言って身を翻した。
ああ、もったいない……。
でも、絶対手を出すと手玉に取られるだろうからなぁ……。
「待たれよ! これはわしが甘かった。ここは素直にお話いたすべきかのぉ……」
女は口調をがらりと変えて、私を呼び止める。
振り返ると、先ほどは気付かなかったが狐の耳が頭部にちょこんと生えた美女が頭を垂れていた。
「わしはナイトランドの八部衆、影魔のメルディス。ベルシス・ロガ殿に折り入ってお話ししたい」
そう告げてから上目遣いで駄目かのぉと小首を傾ぐ姿は、結構破壊力が高かった。
しかし、それどころではない。
魔王の八部衆が何故私に……?
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