第31話 ささやかな遭遇
結局、私はクビにはならなかった。
降格すらなかった。
と言うか、逆に出世した。
……解せぬ。
「不服かね?」
「いえ、不服と言う訳ではないのですが、その、長く伏せていると言いながら伏せていたわけではなく、ですね」
「長期にわたる作戦行動であった、と理解しているが」
陛下に言われて、はぁと気のない返事をしてしまう。
いや、確かに作戦行動だったけれども。
でも、それって有りなのか? いや、まあ、出世したんだから有りだったんだろうなぁ……。
「本当は政務に携わってほしかったが、軍の方でもそなたの力は手放せぬと言うのでな」
「私の、ですか?」
「輜重の運用はそなたが最も上手いと聞く。兵士の方からも輜重運用はロガ卿に任せたいと言う話があるそうだ」
はて、そこまで格別な働きをしただろうか?
私としては一番最初に陛下に告げたように兵士を飢えさせない戦いを心掛けてきただけに過ぎないのだが。
他の将軍だって、補給に関しては当然、相応に考えているはずだし。
とはいえ、私の能力が必要とされているのは嬉しいことだ。
「それに財務担当のレグナル卿からも、ロガ卿に輜重を担当してもらいたいと申し出があった」
「……レグナル卿が?」
謹慎が解けて以降目立った動きもなかったが、だからと言って気を許せる相手でもない。
何か裏があるのか? しかし、蹴落とすならば絶好のチャンスなのに……。
「ロガ卿の担当した部隊は輜重の効率が良く、その分の経費が削減できると申しておる。戦は金がかかるが、削れるところは削らねばならぬ」
むむ……? 確かにその通りではあるが、レグナル卿が私を攻撃せぬとは……。
「そう警戒するな、レグナル卿も今回の一件で懲りたのだろう。若き日の彼が敵わなかった勢力をロガ卿が下したのを目の当たりにしてな」
私に様子を見ながら苦笑をこぼされた陛下は、そう言葉を掛ける。
アルヴィエール一派とレグナル卿が事を構えていたとは知らなかった。
そして、敗北していたら私も取り込まれれていたと言う事か……。
それはそれで中々に恐ろしい事だ。
良く、打ち破れたものだと我ながら思う。
「そう言う訳だ、全軍の輜重を管理統括する役目、引き受けてくれるな?」
「謹んでお受けいたします」
私は頭を垂れて、その役目を受ける事を受諾した。
※ ※
それからは矢のように月日は流れていった。
帝国を揺るがすような事件は起きずとも、些細な行き違いから戦は起きる。
北西部においてはダヌア卿とカナギシュ族の小競り合いが続いていたが、ある日を境にカナギシュが大人しくなった。
また、東部においても危険とされていた三国も、カルーザスが睨みを利かせ、カイエス卿が游兵として国境を巡回するようになると、無駄な手出しはしなくなった。
双方ともに、それなりの出血を……つまり兵の損失を出して帝国の強さを改めて学んだらしい。
特に、カルーザスに対しては恐怖に近い感情をカナトスもパーレイジもガザルドレスも覚えたようだ。
要はわからされたと言う奴だ。
私はその間に、各方面に対して補給を滞りなく行うように予定を組み、インフラを整え、物資を無事に届ける事に兵を割いた。
地味な仕事と言う者も多いが、私は充実した日々を送っていた。
二五歳になった最近では、帝都防衛の為にホロンにとどまり続けているベルヌ卿の仕事を手伝うようにもなっていた。
例えば、帝都とそう遠く離れていない村や町を襲う野盗の群れを捕縛したりと言った治安維持などだ。
今も、リチャードやゼス、ブルームを伴って野盗を捕縛するために兵を繰り出している所だ。
魔術師のアニスやボレダン騎兵たちも一緒だ。
彼らは東部の国境警備にあたっていたが、カルーザスが将軍に昇格すると同時に帝都に戻された。
カルーザス曰く借りていた部下を返すと言う事だったが、それで帝都に戻れるくらいには彼らは私の部下と言うイメージが付いてしまったと言う訳だ。
おかげで、戦場には縁がない帝都付近の治安維持や物資運搬の警備に駆り出されている訳だが、不満はないようで良く働いてくれている。
今もゼスが野盗の抵抗を鎮圧した旨の報告に来ている。
「これで最後です、閣下。数十名の野盗の群れの殆どは捕縛し、ごく少数、抵抗の激しかったものは討ち取りました」
「致し方ない。連中、喋る言葉に東部訛りがある。敗残兵が徒党を組んでいたか」
「数回攻め寄せては蹴散らされておりますからね」
カルーザスにな。
ともあれ、これであの村の村長にも良い報告ができる。
「トルバ村に報告して、軍を引き上げるぞ」
「野盗では肩慣らしにもなりませんな」
「そう言うな。カナギシュも東部も静かになった、この平和が続けば野盗が増える事はないだろう」
カナギシュの名を出せば、ゼスは少しばかり複雑な表情を浮かべるが、結局は頷きを返してきた。
数名の護衛のみ連れ立って、トルバ村に戻れば村長に野盗の捕縛を完了したことを伝える。
トルバ村の村長は壮年の男であったが、安堵した表情を浮かべて喜びを口にした。
「ありがとうございます、将軍閣下自ら野盗の討伐に出向いてくださり感謝しております」
「帝国軍人はあなた方に支えられているのも同じこと。この程度の事は造作もない」
報告を終えた私が彼の家から出ると、十にも満たない子供が軍馬や外で待機していた護衛を眺めていた。
帽子を目深にかぶり、頬に泥を付けた活発そうな少年と思しき子供は私を見やってにこりと笑う。
「お兄ちゃんがロガしょうぐん?」
「ああ、そうだよ。どうしたんだい? 私に何か用かな?」
「お姉ちゃんが気にしてたの。しょうぐんにはかんしゃしているけど、やとうが生まれるその大元を断たねばならないって」
……ふむ。
「それでは、お姉さんに伝えてくれるかな? 戦争が起きていた幾つかの場所は平和になりつつある。平和になれば、飢饉でもない限りは野盗は出にくくなるはずだ、と」
「いなくならないの?」
「どうしても、働くより奪う方が良いと言う人間は一定数いるんだよ。でも、君のお姉さんの言葉は賢者の言だ、この胸に刻んでおくよ」
私がそういうとその子は緑色の瞳を真っすぐ私に向けて、うんと大きく頷いた。
途端に女と呼ぶにはまだ若い声が響く。
「コーディ! なにしているの!」
「あ、お姉ちゃん」
「も、申し訳ありません! この子ったら……」
コーディ? 女性名コーデリアの愛称かな?
そうするとこの子は……女の子だったのか?
そんな私の思考を余所に、慌てふためき顔を真っ青にした娘が慌ててコーディと呼んだ子供の傍に来ると、私に向かって頭を垂れながら必死に弁明しようとする。
「お気になさらず、賢者の言を聞いて感嘆していた所です。それでは、失礼します」
村人にとって将軍なんて存在がいつまでも居座られては肩が凝るだろうと思い至り、姉と妹にそう告げると私は軍馬に跨り、馬を歩かせる。
「またね、ロガしょうぐん!」
「さよなら、コーディ。お姉さんの言う事をちゃんと聞くんだぞ?」
そう告げて、私はトルバ村を後にした。
一連の出来事を傍で見ていたゼスが。
「閣下は子供には随分とお優しい顔をなさる」
と茶化してきた。
ほっとけ。
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