第13話 再びアルスター平原へ

 テンウ、パルド両将軍にまずは一撃を叩きこんだが、未だそれは戦果と呼ぶには乏しい。


 遠距離攻撃だけで敵を打ち倒せるなどと言う事は殆どなく、必ず白兵を挑まねばならない。


 敵は起伏に富んだ地形と同士討ちの衝撃、そしてそこにすかさず叩き込まれた攻性魔術や矢の雨で浮足立っている。


 この機を逃す手はない。


 私は弓兵と魔術兵に攻撃を開始したその時に各地で伏せている歩兵部隊に合図を送る。


 矢の雨に晒されている両将軍にこの狼煙の意味を理解できるだろうか?


 それが歩兵の集結および突撃命令と理解できたとしても、混乱をまとめ反撃する時間はあるだろうか?


 どれほど規律のしっかりした軍隊でも、一度恐怖に飲まれれば立て直すのは至難の技だ。


 カルーザスとてそれが可能かどうか。


 最も、奴であれば同士討ちの愚は犯すまいが。


 ともあれ、私の放った合図によりロガ軍は敵が集まる地点に攻撃を加えるべく移動を開始した。


 これで押し返す事が出来ねば、善戦虚しく敗北が近づいてくるわけだが……。


 手に汗を握りながら、私はその足で騎兵が待機している場所へと向かう。


 或いは、これから行おうとしている事ほど無謀な事も無いかもしれない。


 それでも今が好機なのだ。


 挟撃されて散り散りに逃げ出してくるロガ軍を殲滅するためにセスティー将軍がこの丘陵地を包囲していた場合、本陣を守る兵は少なくなっている筈。


 そこに騎兵戦力の全てをぶつけて本陣を急襲する。


 問題は包囲していなかった場合だが、包囲なしと分かるだけ丘陵地での動き様が出てくる。


 朝を迎えた今ならば、包囲の有り無しも見極めやすいだろう。


 そんな事を考えていると、軍馬のいななきが聞こえて来た。


 騎兵の待機場所はすぐそこだ。


「では、シグリッド殿。手筈通りに」

「分かりました、将軍。……カナトス騎兵の私がゾスの騎兵を指揮する事になろうとは……不思議な物ですね」


 彼女の言葉に私は苦笑を浮かべながら頷きを返す。


 本当に不思議な物だ、と。


 ゾスの騎兵たちは遠方で響く魔術兵の攻撃の音に覚悟を決めていたらしく、シグリッド殿の下知に従って動き始める。


 カナギシュ騎兵も同じくシグリッド殿に従い、隊列を組み走っていく。


 ウォレンやアネスタの姿も見送り、私は歩兵が攻勢を仕掛けようという場所に急いで向かった。


 歩兵部隊についてはブルームやリウシス殿に任せているが、初戦の要。


 私自身もしっかり戦わねばなるまい。


 ※  ※


 歩兵はまずは混乱する帝国軍に見つからぬように丘を登る。


 複数に連なる丘の上から攻め入る事で高所の有利を得るのは無論だが、視覚的な絶望感を与え士気をくじく事が大事だ。


 士気が維持できなければ兵は容易く逃げ出す。


 そうなれば、戦力差がいくつあろうが関係ない。


 恐怖は伝播する、逃げる奴に釣られて逃げる者も多数出てくる。


 とは言え、敵はゾス帝国軍。


 持ち堪えて迎撃してくる可能性の方が高い。


 だが、そうであったとしても混乱する今の帝国軍であれば、秩序だって打撃を与えればアルスター平原に押し出すことは可能だ。


 その時点でセスティー将軍の本陣を落とせていれば勝ったも同然だが、そもそも彼女が包囲を敷いていなかったり、本陣を落とせていなかった場合は五分かやや不利な状況になっているだろう。


 初めの頃よりは大分マシになった訳だ。


 最も、三将軍が優れた手腕で敗残兵をまとめ上げられると言うのならばこの限りではないが……。


 ともあれ、これらは我が軍の歩兵の攻勢が成功して初めて成り立つ。


 そして、私の予想を上回り混乱から回復した帝国軍に歩兵の攻勢を押し返されれば、先ほども言ったが善戦虚しくと言う訳だ。


 そろそろ魔術兵の攻撃が止む頃合い。


 魔力を再充填するまで、彼らは無力になる。


 その間も弓兵は矢を放つが、その数は敵兵に比べればはるかに少ない。


 そうなれば混乱から回復される可能性が高い。


 だから、畳みかける。


 一息つく暇など与えない、極限まで兵を伏せているのはその為だ。


「先鋒のブルーム隊五千、配置につきました」

「間に合ったか……攻撃開始」


 行軍の最中伝令がもたらした報告に安堵の息を吐きながら私は指示を飛ばす。


 急ぎ戻る伝令の背を見送り、中軸を担うリウシス殿と五千の兵が配置する筈の場所を見やる。


 もうすぐ丘を登り切りそうな位置に彼らが見えた。


 ……さほどの遅れもないか。


 彼らが遅れそうな場合は後詰として最後に敵陣に向かう手はずだった、私やコーデリア殿のいるこの三千の兵で急ぎ突っ込むつもりだったが、杞憂に終わりそうだ。


「先鋒は戦闘に入る! 我らも遅れる訳にはいかない、足を動かせ!」


 戦装備を纏って丘を登ると言うのはつらい物がある。


 それでも登り切り、今度は丘を下って敵と戦わねばならないのだ。


 相変わらず無茶な作戦ではあるのだが、兵士たちはよく訓練しており、その無茶に応えてくれる。


 そこには私に対する信頼だけではなく、ゾス帝国の最近の悪政に対する憤りもあるのだろう。


 彼らの心を読み違えずに、彼らに報いるには民が健やかに暮らせる様に税を公平に扱う事だ。


 ……まるで統治者になったような考え方だな。


 そんな物は、今目の前の戦に勝ってから考えるべきことだ。


 そう胸中で思いながら丘を黙々と登っていくと、丘の向こうで雄たけびと共に白兵戦の音が響きだした。


 先鋒が帝国軍と戦闘を開始したのだ。


※  ※


 戦いの音が近づく中、伝う汗を拭いながら丘を登っていく。


 すると、再び伝令が走ってきた。


「第二陣、リウシス隊五千、所定位置に到着しました!」

「丘を下り、攻撃を開始せよ!」


 即座に伝令がリウシス隊の方角へと走っていく。


 その間も私たちは丘を登り、そして登り切った。


 眼下には帝国軍がブルーム隊と戦っている様子が見える。


 連なる丘陵地の合間、蛇行するように伸び切った帝国軍の戦列はさながら蛇だ。


 中央付近に兵が多いのか膨らんでいる様子は、二匹の蛇が互いの頭を食らい合っているようにも見えた。


 その二匹の蛇のうち、テンウ将軍が率いた軍団の最後尾を叩いたブルーム隊は敵陣の混乱も相まって順調に押している。


 それに拍車をかけるべく、丘を下り攻撃を開始したリウシス部隊がテンウ軍団の真ん中に食らいついた。


 味方が邪魔で退けないテンウ軍団は魔術による攻撃と矢の雨、そして駄目押しの歩兵の半包囲攻撃に数を減らしていく。


 その恐怖は縦に長い帝国軍の戦列に伝播していく。


 敵が僅かに一万三千と知れば、数の利を思い出せたのだろうが生憎とこちらがどれほどの戦力は図ることは出来ない。


 矢の雨は未だに降り続いているし、いつ魔術兵の攻撃が再開されるか分からない。


 そして……。


「帝国軍は敗走しだしたぞ! 残敵を掃討せよ!!」


 敵と接触した私が声を大にして叫ぶ。


 ロガ軍の兵士たちが口々に帝国軍の敗走と残敵に掃討を叫ぶと、パルド軍団の最後尾が崩れた。


 同士討ちの叫び、魔術兵の攻撃と矢の雨で浮足立ている所に白兵戦の音が響き、極めつけに敵による帝国軍の敗走を知らせる声。


 パルド将軍が傍にいれば一喝して沈めたのだろうが、彼は戦列の中央で同士討ちを治めていた筈。


 それはテンウ将軍にも言える事で、パルド軍団は敗走を始め、テンウ軍団は討ち取られながら戦列の中央に押しやられていく。


 中央の兵士たちはテンウ軍団の兵士にパルド軍団の方へと押しやられる訳だが……敗走が始まっている事にそこで気付いて、更に慌てる。


 そうなれば、両将軍がどれほど駆け回り叫ぼうとも帝国軍は敗走へと向かう。


 私の予測通りに、程なくして抵抗は弱まり帝国軍は丘陵地から押し出される形で長い坂を下っていく。


 時間を稼ぐつもりならば、このまま丘陵地に籠っていればおいそれと敵も攻めてはこないのだろうが……。


 これはそう言う戦いではない。


 押し出したアルスター平原に我らも再び布陣して雌雄を決せねば。


 全軍の集結を命じた私に、騎兵からの伝令が届いた。


 セスティー将軍の本陣は健在、と。


 だが、その一報は実はあまり意外ではなかった。


 

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