第14話 援軍

 帝国も我らがロガ軍も再びアルスター平原に陣を敷いた。


 帝国は丘陵地での戦いを続けることが出来なくなったための敗走であり、我々は戦術的な観点からの進軍という違いはあったが、再び振り出しに戻った。


 こちらの損害は僅かで、帝国軍はパルド将軍、テンウ将軍の軍団に損害が生じている。


 それでも、数は帝国軍の方が上だ。


 今回のロガ領制圧の主将セスティー将軍が健在である為、一時の勝利では戦略的不利を覆すことが出来なかったのだ。


 そして、私の手札は全て切ってしまった。


 要害化した土地に引きずり込んで叩くという基本戦術でしかなかったが、その成果は大きかった。


 兵の損害はそこまででもなかったが、三将軍に精神的な圧力をかける事に成功したようだ。


 彼らの動きが目に見えて鈍くなった。


 いつもならば真っ先に動き出すテンウ将軍すらこちらの動向を伺っている。


 丘陵地への誘い込みがよほど堪えたらしい。


 これはチャンスだ。


 戦は兵数がまず大事なのは当然だが、他にもいろいろと要因が混ざって来る。


 例えば兵の飯とかだが、いかに主導権を握るのかが重要になる場合も多い。


 これは優勢に事を進めるという意味合いばかりではなく、どこで戦うのか、相手をいかに後手に回すのかという側面も持っている。


 つまり、意思決定を自分で行うか、相手が行うかの違いなのだ。


 攻勢側が優位だと良く言われる理由に、戦の主導権を握りやすいからという事実がある。


 攻められた側はそれが誘い込んだものでもない限りは、攻めの後手に回らざる得ないからだ。


 防御が好きというのなら戦はするな、黙って踏みつけられていろと言う格言すらあるのだ。


 それを思えば、三将軍の動きが鈍い事は幸いだ。


 ただ、その鈍さが私を恐れてと言うより、何か必勝の策の為の時間稼ぎと言うのならば問題だが。


 正直に言えば、彼らが力押しで攻めてくれば私が積み上げて来た戦果など軽く消し飛ぶ。


 それほどまでに、戦力差は明確だ。


 例え一時は押し返せても、いずれは多勢に無勢で倒されてしまうだろう。


 これは悲観的な観測ではなく、客観的な事実でしかないのだ。


 敵の鈍さがありがたいのならば、その状況が長く続く様に画策せねばならない。


 そこで私が会戦を望んでいると言う噂を流すことにした。


 非常にリスキーな噂ではあるが、もし、先の誘い込みが今の三将軍の動きの鈍さに繋がっているのならば、必ずや有効だ。


 そう思うのだが……何かが引っ掛かる。


 このまま対陣したまま時間ばかり進めて良い物だろうか……。


 私は噂を流すように間者に指示してからも、それが果たして正解だったのか考え込んでいた。


※  ※


 そんな最中の事だ。


 アルスター平原に再度陣を敷いてから半月ほどが過ぎた頃に、私を訪ねて来た者がいる。


「メルディス?」

「勇者共々まだ生きておるか、そいつは重畳」


 ナイトランドの八部衆が一人、影魔のメルディスがキセルを片手に我が天幕にやって来た。


「二人も観戦武官がいても良いのかね?」

「何とでも言い繕える。そして、いつものように会話を楽しむ余裕はないぞえ」


 いつもの鷹揚さと言うかマイペースさが見えないメルディスの様子に私は居住まいを正しながら問いかけた。


「帝国軍が援軍でも差し向けるか?」

「良く分かったな……もしや、対陣しながらも……」

「諜報活動などする暇はない。単に最悪の事態を述べただけだ。述べただけだが……」


 膠着状態となった戦場にさらに兵力を投入しようなどと言うのが大兵力を有するゾスの戦い方だ。


 圧倒的な物量の前では、繰り返しになるが下手な小細工など粉砕されるのみだ。


 そして、三将軍に対する援軍となればこれは一人しか思い浮かばない。


「カルーザスはどの程度でここに来る?」

「今日か明日にも帝都を発つ。強行軍で迫れば半月もせずに」

「良くて十日、悪ければ七日で奴は来る」


 カルーザスが本気で私を打ち倒そうとするのならば、その進軍速度は尋常ではあるまい。


 騎兵のみで部隊を構成しているかも知れないし、ゾス帝国軍の通常の編成かも知れないがどちらにせよ、悠長に構えていては取り返しのつかない事になる。


「軍議を行う、主だったものを呼んできてくれ」


 私は天幕の外で歩哨をしていた兵士に声を掛ければ、皆が集まるのを待った。


 三勇者は傍らのメルディスを見やって目を瞠っていたが、フィスル殿はいつも通りの感情を表に出さぬ表情で、メルディスに軽く片手を上げた。


「援軍は?」

「ああ、それについて話そうと」

「ジャネスじゃな」


 ん?


 んん?


 思わず首をかしげてメルディスとフィスル殿を見やる。


「それにカナトスの白銀重騎兵」


 その言葉にシグリッド殿が驚いたように目を丸くしている。


 だが、それは私だって同じことだろう。


「おい、聞いてないぞ!」

「まだ言ってなかったからのぉ」


 思わず声を上げた私にメルディスは曰くありげな視線を寄越してにんまりと笑った。


「援軍の到来についての軍議じゃなかったのか?」


 私たちのやり取りにリウシス殿が訝しげに問う。


「ああ、そのつもりだった。帝国軍の援軍についての話しか聞いていなかったからな」

「危機的状況に変わりはないぞえ、何せ帝国の援軍はカルーザス将軍じゃからな」


 その一言は劇的だった。


 場の弛緩しかけていた雰囲気が一気に引き締まるのを感じる。


 同郷の援軍が来ると知り知らずと安堵しかけていたシグリッド殿は言うに及ばず、リウシス殿も口を真一文字に引き締めた。


 コーデリア殿は一瞬俯き、まっすぐに私を見やって言う。


「大丈夫、手出しはさせないから」

「君も無事じゃないと困るんだが」


 その様子に危うさを感じてそう声をかけると、メルディスがほう、と声を上げた。


「なんだ、お主。こういう娘の方が好みかえ?」

「な、何の話だ」


 ぎょっとして思わずメルディスを見やると、彼女は少しばかり可笑しそうにこちらを見ている。


 そして、その双眸を細めて言った。


「コーデリア殿が命がけでお主を守ったのは聞いている。じゃが、ワシも魔王様に働きかけ、カナトス王に利を説き、ガルザドレスやパーレイジともロガ王支援の為に連合を組もうと奔走したぞ」

「う、うむ?」


 色々とやって貰っていたみたいで恐縮だが、何故ここでそんな話を始めるのか?

  

 てか、何か今聞き逃しちゃいけない言葉を言ってた気がするが……。


「もうちっと、ワシにも労りとかあっても良いと思うんじゃが? じゃが?」

「うわ、メルディス、報酬の催促?」


 フィスル殿がいつものポーカーフェイスでメルディスに突っ込みを入れると、メルディスは胸を張って言い返す。


「働いたんじゃから当然じゃろ」

「……ええと、貴公の働きには感謝するが、何を要求されるのか怖いんだが……」

「まあ、そうさな。この戦に勝ってから要求するとしようかの。で、基本方針はどうする?」


 脱線しかけていた軍議だが、その一言でどうにか軌道修正をすることが出来た。


 いや、メルディスが変なこと言わなきゃ脱線もなかったんだが……。


「どちらの援軍が早く戦場に入るかで勝負は決すると言える。が、カルーザスは既に帝都を発している、遅くて十日後、早ければ七日後には戦場入りすると思われる」


 そこまで口にして不意に気づいた。


 カルーザスが到着すればもはや万事休すだ、彼の戦術眼と多数の兵が揃えば私達では太刀打ちできまい。


 それはメルディスも知っている、だと言うのに彼女は随分と落ち着いている。


 それの意味する所は……。


「ナイトランドおよびカナトスの援軍の方が来るのが早い?」


 伺うようにメルディスを横目で見やりながら問いかけると、彼女はにんまりと笑って告げた。


「いや、違うな。もう来ている」


 ……何言ってんの、こいつ?


 そう思った矢先に、物見からの報告を携えた兵士が慌てて飛び込んできた。


「失礼します! ロガ将軍! ナイトランド、カナトスの軍旗を掲げた一団がアルスター平原に姿を見せました!」


 ……ちょっと、何言ってるのか分からない。


 きっと、三将軍も大慌てだろうなぁと思えば、意識が切り替わった。


「ならば、早急に出陣の準備を!!」


 私の言葉が天幕に響き渡った。


 そうだ、この機を逃す手はない。

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