第61話 ベルシスの欠点
自軍右翼を救うべく反転攻勢を決めた訳だが、帝国軍は攻勢に出て来られると思っていなかったのか予想に反して帝国の攻勢が弱まった。
これなら思いのほか容易にカルーザス率いる帝国軍左翼と接敵できるだろう。
そう思い安堵するも、何処か落ち着かなかった。
おかしい、上手く行きすぎている。
兵士たちは私の急変にもしっかりとついて来てくれている。
そんな彼らの被害が少なく済むのなら上手く行ってくれることはありがたい話。
だが、何かがおかしい。
帝国軍中央は何故攻勢を緩めたのだろうか?
こちらの動きにそれは驚きはしただろう。
だが、カルーザスの意図がロガ軍右翼を殲滅し、私の手足たる兵力の減少に努めると言うのであればそれを阻もうとする私の動きを阻害するのは当然ではないか。
何故、攻勢を緩める?
……ああ、そうか。私が言い放ったブラフはある意味、的を射た言葉だったのだ。
考えられることは一つ。
右翼の包囲殲滅も一つのカルーザスの目的であったが、今一つ目的があると言うこと。
それは私が右翼を見捨てられずに誘い出された際に、これを討つと言う物。
そう、計らずとも私が放ったハッタリはカルーザスの策の裏返しだったのだ。
だからこそ、帝国軍中央の動きは獲物が網にかかったのを見届けるための動きと解釈できる。
手足をもがずとも、私と言う頭を潰せばそれでおしまい。
無駄に殺すよりはそちらの方が効率も良いし、今後の事を考えた時に帝国の再建もしやすくなる。
今更そのようにカルーザスの意図を読み取ったとしても……もう遅い。
命惜しさに反転を再び命じれば、帝国軍中央は攻勢を強める。
この状況下ではそれは激しい混乱を呼び私はその混乱の中討たれるだろう。
このまま進んだ方がまだ生き残る目がある、そう腹を括る。
が、それは死ぬのが私だけならば、だ。
「コーディ、君は兵を率いて右側から迂回してリウシスたちに合流してくれ」
「やだ」
おい……。
「ベルちゃんを狙ってくるでしょう、カルーザス将軍は。前もそうだった。今回もそうだよ。その時にアタシがいなかったら守れない」
……。
驚いた。
コーデリアはカルーザスの目論見に気付いていた。
「何故、そうだと?」
「理由なんて分からないよ。ただ、そう感じる」
なるほど。
コーデリアは直感的にカルーザスの策に気が付いた訳か。
これが戦士の勘と言う物なのかは分からないが、そうであればこそ彼女は私の側を離れないだろう。
彼女が血を流し倒れたいつぞやの記憶が蘇り、私は怖じ気づいたが。
だが、ここで押し問答をしても始まらない。
「……ならば、死なないでくれよ」
「それは、アタシのセリフ」
私の言葉にコーデリアはそう返して、ニヤリと笑った。
彼女は私などより肝が太いと実感する。
「帝国軍左翼、こちらに来ます!」
そんな実感を切り裂くように、兵士の報告が轟いた。
※ ※
カルーザス率いる帝国軍左翼は命ある蛇がごとき動きで我らに迫った。
形成しつつあったロガ軍右翼包囲を解き、一路迫りつつあった我がロガ軍中央に牙を剥いた。
それに呼応するように帝国軍中央も動く。
前後から挟まれる形に陥ればロガ軍中央は長くは持ちこたえられない。
「情に流される、それがベルシス・ロガの数少ない欠点! そうカルーザス将軍は申された!」
間近に迫った帝国軍左翼の一番槍、深緑騎兵部隊の一人とおぼしき騎兵が吠える。
ああ、確かにそうかもしれない。
私は情に流された。
それは用兵家としては致命的な過ちだろう。
切り捨てるを切り捨て、優先すべきを守る……それを当たり前にできねば、多くの損害を出すだけだと言うのに。
「王を守れっ!」
そう叫ぶロガの兵士たち。
傍らのコーデリアも負けじと叫んだ。
「それを欠点と呼ぶからいまだに皇帝に仕えていられるんだ!」
「貴様らに何が分かるっ!」
コーデリアの叫びは痛い所をついたようだ。
互いに怒号が行き交う最中に両軍ぶつかり合った。
だが、ロガ軍中央の陣、要するに私が指揮するこの陣は後方からも敵が迫っており劣勢は明白だ。
それでも兵士たちは私を守るために、そしてカルーザスを討たんと決死の戦いを繰り広げる。
兵が討たれていく様から視線を外してはいけない、それだけはしてはいけない。
自分の判断で多くの兵が死ぬ結果を巻き起こしたのだ、その責任から目を背ける訳にはいかない。
そして……黙ってみているだけでも意味はないのだ、私も戦わなくてはならない。
兵士に混じり剣を振るっていると不意に声が掛けられた。
「ベルちゃんっ!」
迫る敵兵を薙ぎ払いながらコーデリアが私に注意を喚起した。
その声に促されるように脇を見やれば途端に槍の穂先がすぐ目の前を通り過ぎていく。
脇から延びた槍を剣で叩き折ると、ロガ軍の兵士が槍を持っていた帝国兵を刺し貫く。
危うい、あと少しで死ぬ所だった……。
そう思うのだが、いつものように慌てふためく事が無かった。
己の判断で自陣の兵士たちを死地に立ち入らせたのだ、今更自身の死に何を怯えろと言うのか。
そう考えると、物事が冷静に見えてくる。
見えれば見える程に、劣勢であることを自覚せずにいられない。
だと言うのに、絶望などしてはいられないし、したとしてもそんな醜態を他者に気取らせる訳にはいかない。
王である前に私は軍の指揮官だ、指揮官は泰然としておらねば兵が動揺して余計な人死が出る。
そう教え込まれ、実践してきた身ではあれども……今の状況は流石に堪える。
いつ背後から帝国中央の軍が迫るかと背後を伺うと……帝国中央の軍は進軍を止めている。
何が起きた?
前方の敵に集中しなおすも、そんな疑問が自ずと浮かぶ。
挟撃すれば最大の戦果が転がる状況で何故彼らは立ち止まったのだ?
私の問いかけはさほど時間を置かずに分かった。
カナギシュ騎兵とアーリーの率いる浅黒い肌の傭兵たちが帝国中央の軍に襲い掛かっていた。
左翼は既に勝ったのか、それとも援軍を出す余裕ができたのか。
ともあれ、一時の時間だけとは言え挟撃の事態は避けられた。
そして、その時間があればロガ軍右翼が体勢を立て直す事も可能であったのだ。
つまりは、今度は私たちがカルーザスを挟撃可能な状態になっていた。
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