インタールード カフェテラスにてその2

 隻眼の青年、ベルシスの語る言葉は聞く者を魅了していた。


 カフェの店主たる老人やその孫娘のシャーリーは元より、タナザの宣戦布告に慌てていた者達の中からも、ベルシスの語る過去の話を耳にして立ち止まる者は少なくなかった。


 街が混乱状態にある中で聴衆が集まっているとなれば、動き出す組織があるのは当然であった。


 ベルシスの周りには人が集まり、彼の語る言葉を聞き逃すまいとかたずを飲む光景を遠巻きに見つめる者たちが居た。


「アレか」

「はい、少佐」

「ペテン師にしても今少し信ぴょう性のある嘘をつきますよねぇ、少佐」


 カナギシュ王国の軍属を示す砂色の軍服を纏う兵士が数名に、士官服を纏う女が一人。


 彼らはカナギシュ王国諜報部に所属する軍人たちだった。


 宣戦布告と同時に暴動でも煽っているのかと思われたが、聴衆は隻眼の彼の話を聞くために返って大人しくなっている。


「ペテン師であれば良い、敵の工作でなければな。だが……」


 詳しい歴史を知らないと知り様もない話が彼の語る話には出てきている。


 カナギシュ王国の開祖、ウオル・カナギシュは騎馬民族の生まれなのは周知の事実であり、開祖が信奉するのは神君ベルシスなのはこの国の歴史書に載っている。


 だが、その出会いがガト大陸ローデン地方の義勇兵と共にカナギシュ族がベルシスの軍勢に合流した事はよほど歴史に精通した者でなくば知りえない事だ。


 だが、それも彼が大学の司書をしているとなれば話は別。


 なのだが……。


「古い軍事に精通しているのは事実だ。確かあの男が姿を見せた時は古カナギシュ語しか喋れなかったそうだな?」

「そうですね、調べた限りでは」


 いや、古い軍事知識を持っているの説明が付く。


 彼が同居している相手はカナギシュ王国の首都ナルバの名を関するナルバ大学で戦史学を教えているルクルクス教授だ。


 状況だけ見ればあの男はペテン師に過ぎないと伝えている。


 だけれども、何かが引っ掛かる。


 単なるペテンに竜人が、あの気位が高く国家の争いに興味もなく隠者を気取って隠遁しているあの種族が関わるだろうか?


 あの竜人は四半世紀前の新聞にエルーハとして写真が載っているのは確認している。


 エルーハ、四百年以上前のゾス帝国の大将軍カルーザスの母親代わりとして名高い竜人。


 その様な過去の栄光をどぶに捨てるような真似をあの種族がするだろうか?


 貧すれば鈍するとは言え、竜人に限って言えばその様な事とは無縁であろう。


 何せ、社交界に顔を見せただけでそのパーティー主催者の威信は高まると言われている種族だ。


 金ならいくらでも積むからと顔見せをねだられることも幾つも在った筈だ。


 そんな種族が何故ペテンに関わる?


 人間の思惑を超えた何らかの理由か、それとも……。


「本物か」

「まさか」


 少佐と呼ばれた女の言葉を打ち消すように兵士が告げるも、その言葉には強さはさない。


 少なくともあの隻眼の男は知っているのだ。


 オルキスグルブ王国の、タナザの前身たる古き王国の崇めた神が病める大神ザ シック ゴッドであることを。


 創世神話に名前が出るだけの謎めいた神がそうであるとあの男は言及した。


 入念に検閲され書物からは伺い知ることが出来ない、王国の上層部に位置する者しか知らない一事を事も無げに語ったのだ。


「捕縛するのはいつでもできる。今はあの男の語りを聞いていようではないか……偽物であれば化けの皮はすぐにはがれよう」

「本物であれば?」


 そう問うた小柄な女兵士を見やって少佐と呼ばれた女は笑った。


「そうであれば、是非にお力添えを願いたいものだ」


 本物のベルシス・ロガであれば。


 そう語り、カナギシュ王国の諜報部員たちは隻眼の男の観察を続けた。


 期待はない。


 そうであるにも関わらず、湧き立つ様なこの感情が何であるのか分からないままに。

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