第14話 人質将軍ベルシス

 さて、今の状況を何と説明するべきか。


 気が付けば、私はボレダン族に囚われていた。


「このガキはゾスの貴族だそうだ、たんまり身代金を取れる」

「帝国も大したことはない、おれ達にこうやって貢いでくれるんだしな」

「カナギシュは今の長に変わってから馬も女も寄越したし、あの荒地も喜んで渡してくるさ」

「カナギシュを飲み込む日も近いな、次は帝国から分捕るか」


 こうしてある程度落ち着いてるのも、すぐに殺される訳ではない事を知ったからだが……。


 控えめに言って甘く見られているし、べらべら良く喋るな、こいつら。


 ……それに、何と言うか話に聞くボレダン族に比べてこいつらは精悍さがないな。


 しかし、貢ぐ、ねえ。


 訓練の為、国境沿いに備えられた馬防柵の向こうに警備隊長のグレッグや兵士達と共に出た。


 そこからノロノロと訓練の場所とやらに連れていかれ、着いたと聞いた途端にボレダン騎兵が百騎ほど現れた。


 慌てて馬上で指揮を取ろうとした私は、後頭部に衝撃を受け落馬した、らしい。


 後頭部はずきずき痛むし、土と鉄錆めいた味が口内に広がっているし、顔がひりひりする事からどうも擦りむいたようだ。


 そんな状況だから多分落馬したんだろうな、と思った次第。


 迂闊と言えば迂闊だ、不穏な状況を察知していながらも、こんな事になっているとは……。


 まさかグレッグがこんな強硬手段に出るとはなぁ。


「おい、ガキが目覚めたみたいだぞ」

「族長を呼んでくるか」


 ボレダン族の男達は私が目を覚ましたことに気付いたようで、そんな事を言った。


 彼等の言葉は西方諸国の言葉と相違がないから、一通りの言葉は分かるし、多分、こちらの言う事も通じるだろう。


 ……意思の疎通ができるのは良いとしても、この状況はどうにかならんかな。


 手は後ろ手に縛られ、天幕の内部で転がされているこの状況は。


 雨風だけ凌げてもなぁ……。


 しかし……カナギシュ族は長が変わって弱腰になったのか?


 部族の規模としては対等か、カナギシュが少し劣る程度と聞いていたが。


 だからこそ、この平野を巡って互いに争いを続けていただろうに……。


 妙な胸騒ぎがするな。


 これはもしかして、とんでもない局面に投げ出されたのではあるまいか?


 例えば、警備隊長のグレッグが本当に通じていたのがカナギシュだとすれば?


 グレッグがボレダン族と通じており、私の身柄を差し出したとしても、身代金さえ払えば私が解放される可能性がある、解放されれば奴の所業を訴える事は決まっている。


 帝国が身代金を払わない保証でもあれば、差し出すかもしれないが……。


 ――保証の主は……ファリスか。


 道中の事やグレッグと密かに話をしていたと言う副官の顔を思い出す。


 殿下は何かを察していたのかも知れないな、ファリスについて。


 トルゥド卿の血縁、確かにそう言っていた。


 トルゥド、トルゥド……聞いた事が無いな。


 軍務のみならず貴族と言う連中について、もう少し調べておくのだった。


 私、或いはロガ家に反感を抱いている貴族。


 その筆頭はレグナル卿だろう、オーブリー・レグナル財務担当者。


 金勘定は優秀だが、数字を見過ぎて法を犯しかけた愚か者。


 だが、他となれば……ああ、今一つあったか。


 伯母上の嫁ぎ先であったクラー家。


 レグナルの取り巻きか、クラーの親戚とかだと流石に分らないな。


 生きて戻れたら、その辺の派閥を洗い出しておかないといけないのか……。


 ……胃が痛い。


 しかし、その辺の貴族が身代金を払わないと保証したところで、伯母上などが払ってしまえば帰れる公算は高いんだが。


 等と考え事をしていると、ボレダン族の長らしい壮年の男が尊大な足取りでやってきた。


 白い肌に金の髪と顎鬚が威圧的な北国の騎馬民族は、私を見やってにやりと笑い。


「気分は如何だね、ゾスの貴族殿」

「君たちの言葉を使えば良いし、一つ間違えているぞ。私はゾスの八大将軍だ。一体どの程度の身代金を要求するのか分からんが、今少しは待遇を良くしてもバチは当たらんと思うがね」


 ボレダン族の長はゾスの言葉を、私は西方諸国の言葉で伝えると、周囲が聊かざわついた。


「鼻血まみれの顔で良く言った物よ、八大将軍だと、何処の家だ」


 ……そうか、道理で鼻も痛い訳だ……落馬の際に打ったかな。

 

「ロガ。我が名はベルシス・ロガ」

「……こいつは驚いた。……いや、待て。あの警備隊長は何故将軍を差し出した?」

「と言う事は、取引してから日が浅いな? 初めてか?」

「わしが聞いておる」


 図星かな? ともあれ、こいつはヤバいな。


 カナギシュは従順とボレダン族の殆どは信じ込んでいるが、その実、ゾスの警備隊長と通じて何かを画策している。


「族長、貴方の違和感は正しい。人質として差し出した相手が、まさか将軍などではあの警備隊長は遠からず縛り首。人質の旨みは身代金だからな、私は帝都に返還されるのだから。まさか、金だけもらって殺してしまうと言う野盗染みた事がボレダン族のしきたりな訳もあるまいし」

「当然だ、カナギシュを飲み込む前に事を起こしても、ゾスの軍事力の前に苦戦は必至。それより金を貰い恩を売った方が良い。だがな、それは本当にお前がベルシス・ロガならばだ。確かに伝え聞いておるわ、まだ小僧っ子が親の後を継いで八大将軍の一角に収まったとな。しかし、それが……」

「保証のしようはないな」


 族長は私の言葉に黙り込んでしまう。


 私はその間に、じっくりとボレダン族の族長を観察した。


 彼の最近の生活を、その身を飾る装飾の数々が、衣服の上等さが、そして何よりその顔が示していた。


 本来は精悍な顔つきであったと思われるが、不摂生からくるたるみやむくみ、目の下の色濃い隈が今の生活を示している。


 カナギシュは何をくれたと言っていた?


 馬に……女?


 途端、私はぞっとした。


 カナギシュ族の今の族長はそこまでやるのかと。


 状況を整理してみよう、カナギシュ族の新しい族長は部族内の声を抑え込み、差し出せる物は差し出して従順に振る舞い、ボレダン族が油断するのを待ち構える戦法を取ったと言う事だろう。


 ボレダン族は今ではカナギシュの従順を疑う者は無い様子が先程の会話でも、族長の言葉でも分った。


 かつては、と言うか数年前までは、平野の覇を競った相手なのに完全に侮っている。


 じゃあ、次は何が起きる?


 決まっている、弛んだ連中の喉元を食い破る為に進軍を開始するはず。


 少なくとも時期を伺っている最中だったのだろう。


 そして、そろそろ頃合いと言う時に私が来たと言う訳か。


 カナギシュは私の存在など無視しても良かったのだろうが、カナギシュと通じていると思われる警備隊長のグレッグはそういう訳には行かない。


 賄賂を受け取っているとなれば……まあ、これは推定だが……彼は縛り首か棍棒で撲殺のどちらかの刑罰が濃厚だ。


 折角の内通者をカナギシュも失う訳には行かない筈、となれば訓練に格好つけて私を亡き者にしようとするグレッグの行動を止める筈もない。


 いや、それ所か、私と言うイレギュラーを最大限に有効に使う事にした訳だ。


 ゾスの貴族と言う触れこみでボレダン族に手渡して、どう扱うかと考えている隙に一気に攻め込む……。


 これで内通者の邪魔者も、ボレダン族も一挙に殲滅か。


 私が死ねばレトゥルス殿下もローデンに留まっている訳には行くまい。


 第二皇子を殺すよりは若輩の将軍を殺した方が誤魔化しが効くと考えたか……。


「族長、大変言い難いのだが、カナギシュは攻めて来るぞ」

「何を馬鹿な事……」

「その侮りを奴らは待っていた、早急に――」


 其処まで言葉にして、私は遅かった事に気付く。


 遠くで怒涛のように迫る軍馬の蹄の音といななきを聞いたからだ。

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