第19話 喧々諤々の面談

 結局、私が任された連合軍の連中との面談は滞りなく準備された。


 場のセッティングを待っている間にドラン殿やマークイも合流する。


「大分、テサ四世陛下の信頼が厚いようですな、ロガ王は」

「もう、王じゃないよ。王だと言うのならばあとの事もきちんと考えておくべきだった」

「死にたがりから縁遠かったロガ王が命を賭したからこそ、ギザイアは討てたのでしょうな」


 ドラン殿は相変わらずではあったが、それまでの人生経験があったからか以前と全く変わっていなかった。


 それが頼もしくもあり、ありがたくもあった。


 私やドラン殿やジェスト殿以外の仲間たちは今の時代においては過去の人物だが、テサ四世やセオドル、それにルクルクス教授らと比べると人生経験が劣る。


 過去の人物と言うと酸いも甘いも噛分けたと言うイメージがわくかもしれないが、結局はまだまだ若造に過ぎない。


 だから、状況の変化に大きく影響を受けかねない。


 その点、特に心配なのがリウシスとその仲間達だろう。


 類まれなる才能を持っていたが、人生経験と言う意味ではまだ未熟。


 あいつら、無事に何とかやっていけているんだろうかと心配になる。


 一方でそこまで心配していないのがシグリッド殿一行だ。


 ジェスト殿はそれこそ人生経験も豊富だし、シグリッド殿自身も多くの経験を積んでいる。


 シズもアレンもそこまで大きく変わらないんじゃないかなと思うんだが……。


 でも、大分荒れたらしいからなぁ。


「上の空だが大丈夫か?」


 マークイが問いかけてきた。


「他の連中はどうなのかなって考えていただけだよ。多分リウシスはポルウィジアで動いているんだろうけれど」


 私が肩を竦めて答えるとマークイは意外そうな顔をして。


「そうなのか?」


 また問うた。


「グラード社発行の新聞は私について紙面を割いているそうだよ」

「わざわざポルウィジアの情報部員が来ましたからね、旦那の所に」


 私が答えるとリル准尉が補足するように言葉を続ける。


 それを聞けばマークイは一度肩を竦めて見せた。


「奴さんもそう言う方向に移ったか」

「リウシスは……まあ、この場合はリア殿だが、彼女は元々私に近い性質を持っていたからな」


 当時から情報の扱い方やその意味を正確に彼女は理解していたようだと私が告げるとリル准尉の代わりに時折私の傍にいた寡黙なベア伍長が口を開く。


「では、ベルシス閣下はスパイマスターであられる訳ですな」

「スパイマスター?」


 私が首を傾いで聞き慣れない言葉を繰り返すと、リル准尉が微かに笑いながら告げる。


「各国にいるスパイの元締めをそう呼ぶんですよ、さしずめ旦那はゾス帝国のスパイマスターだ。世代交代にも成功しているし」

「その後は続かなかったようですが」


 准尉に続いて伍長が更に言葉を重ねた。


 そうか、リア殿は次の世代には渡せなかったか。


 まあ、あんな物は当代限りだと言うのが当時の感覚だったが、今は違うのだな。


 そんな会話をしていると、場のセッティングが終わった事を告げられて、私たちは各軍の主要者に会うべくその場に向かった。


 場所は、相変わらず会議室だった。


「カナギシュ軍大将、ベルシス・ロガ閣下入室!」


 扉の前に立っていた歩哨がそう告げると着席していた各国のお歴々は立ち上がった。


「お集まりいただき感謝いたします」


 私は席を立っている面々にそう告げて、手ぶりで着席を促すと皆一様に座る。


 見た顔も見たことない顔もいる。


 早速話を始めようとすると、金色の撒き毛の女性士官が片手をあげて発言を要求してきた。


「どうぞ」


 私がそう告げると巻き毛の女性士官は周囲を見渡して言った。


「各国といきなりの顔合わせはいかがかと思いますが」

「失礼、お名前と所属国をお知らせいただきたい。生憎と情報に疎い物で」


 私の言葉に失笑が漏れた。


 ……主に笑っていたのがリル准尉だったので、後で嫌味の一言でも言ってやろう。


「……ホロン共和国ドラグーン大隊副長テレジアです」


 巻き毛の女性士官はむっとしたような沈黙を挟んでから名乗った。


 副長、ねぇ。


「大隊長殿はいらっしゃっていない? まあ、それは良いでしょう。いきなりの顔合わせと申しますが、いずれは必要な事です。タナザの暴虐に立ち向かうのです、個別に面談して便宜を図る余裕はありません」


 私の言葉に双眸を細めて頷くとテレジアと名乗った女性士官はならば結構と告げて黙した。


 ふてくされた様子はないから、試されただけかな?


 しかし、指揮官が強く面談を希望したと言う割にはこの場にいるのが副長とはどういう事だろうか?


 まだ、人の事を測っているのか、本当にやる気がなくて難癖付けたいのか。


 ともかくタナザを迎え撃つための綱領を説明しようとすると、今度は厳めしい顔つきの壮年の男が、先ほど会議室で見た顔が挙手して発言したい旨を伝えて来た。


「どうぞ」

「ローサーン第二軍団の軍団長レヴィック中将です、発言の許可いただき感謝します」


 そう前置きしてからレヴィックは私を見据えて問いかけた。


「カナギシュに合力するのは吝かではありません。ただ、その場合ローサーンの防衛に関してはいかがお考えか?」

「国軍の第一軍団はどうした? 片方がタナザに媚びを売って、もう一方がカナギシュにすり寄り生き延びる算段であろう?」


 私が答える前にカゴサの民の代表としてやって来ていた中性的な男が見かけよりもはるかに毒の含んだ言葉を投げかけた。


 ……仲悪いんだな、ここも。


「馬鹿を言うな! カナギシュなどにすり寄った所で我らに益する物があると思うか!」

「待て! その言葉は聞き捨てならん! カナギシュなどにだと!」


 レヴィックの返答に激高したのはカナギシュ軍の代表として出席していたレントゥス参謀長。


 白い顎髭を生やした軍服を着た老紳士は、しかしその外見と裏腹に血気盛んな様子。


 その様子を見てホロンのテレジアが肩を竦めた。


 収拾がつかなくなってきている。


 ……ああ、胃が痛い。


「綱領を発表する前に各自の意見を戦わせるのは愚の骨頂! ……私の意見に反論するならば有意義な討論になろうが、各人の個人的な感情を舌に乗せるだけならば時間の無駄ですな」


 私はまず一喝し、それから感情を抑えつつも淡々と伝えると流石に気まずくなったのか皆、黙った。


「おお、旦那はちゃんと纏められるんだ……」

「そりゃ、ゾス帝国の古強者だからね」


 准尉とコーデリアの会話が聞こえて来た。


 ……あいつら、後で説教な。


 ともあれ私は、ずっと考えていたカナギシュ防衛のための綱領を皆に伝え始めた。

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