第8話 アーリー軍団の解体
コーデリア殿の負傷に勇者二人もその仲間達も驚きを露にしていた。
何があったのか問われたので、私が起きた出来事を伝ええると皆は押し黙った。
「噂以上ね、カルーザス将軍」
フィスル殿がポツリと告げ、珍しく更に言葉を連ねた。
「ベルシス将軍がどう動くか読み切っただけではなく、何処に布陣するか、どの程度の規模で動くのかまで見破っている」
「見破る頭脳だけじゃない。崖から馬を駆って降りてくる? そこらの騎馬民族でもやらんことをゾスの将軍が率先して行うとはな。コーデリアもさぞ泡を食った事だろうさ」
「さらに矜持を示してますからね、兵も皇帝には着いていかずともカルーザス将軍には着いていくでしょう」
フィスル殿の言葉を皮切りに、カルーザスについてリウシス殿やシグリッド殿が所見を述べる。
魔族の将や勇者の心胆を寒からしむるカルーザスの底知れぬ存在感と言った所か。
彼と並び称されていたことが不思議でならない。
「運が良かったのは、彼がアーリー軍団の指揮を許されていない事だ。許されていれば、そのまま終わっていたかもしれないな」
私の言葉に、全員が頷きを返した。
さて、そのアーリー軍団だが、アーリー将軍を捕縛した事により、完全に指揮系統は混乱していた。
そこでこれ以上の戦いは無益であると投降を呼びかけた。
投降するならば危害は加えない、ロガの旗の下で戦うならば厚く遇すると。
更には帝国に忠誠を誓う者にも手出しせず帝都に戻る事を許すとも。
どう転ぶか分からない以上は何はともあれ利で釣るしかない。
この場合は身の安全と食い物の提供、そして寛容さが肝心だ。
我らに付くと言うのであれば無論だが、そうでなくとも寛容さを示さねばならないと皆に伝えてある。
そう指示を告げた時に特に反論はなかったし、基本的には皆賛成の様だった。
内戦って奴はすぐに感情的になってエスカレートするが、私の周囲は人間が出来ているのかそういう事は特に無さそうで安堵した。
できれば、もう一つ安堵したい事柄があったが、生憎とそれは叶わない。
その日もまだコーデリア殿は床に臥せたままであった。
私は守るべき者にまた守られたばかりでなく、重傷を負わせてしまったのだ。
それが大変に申し訳なく悔しくもあった。
※ ※
私の内心はさておき、投降の呼びかけは程なくして効力を発揮する。
将なく、飯もなく、正直に言えば大儀すら無い戦いである。
千人からなる大隊長や十の大隊を束ねて指揮する連隊長達から投降を受諾すると言う旨が届く。
無論、中には大隊を率いて帝都に戻った者達もいるが概ねは私の軍門に降った。
降った兵はロガ領に移動させたため、アーリー将軍のロガ領侵攻から三カ月も経てばカムン領に駐屯する帝国兵は居なくなっていた。
最も降ったとは言えそれは飢えからであり、私に忠誠を誓った訳でも無い彼等の大半は帝都に戻ることを希望したが、それで御の字だ。
中にはロガ領に留まり私を将とする事に決めた者達もいるが、その総数は全体の十分の一より少し多い七千人ほど。
これにより一時は一万を割り込んだロガ軍の総数は、カナギシュ騎兵やローデンの義勇兵を合わせれば二万五千の大所帯となった。
カルーザスが呼びかけたのであれば、四万は残ったに違いないが……そうなると糧食を得るのが厳しくなったから、まずはこれで良しとする。
さて、帝都に戻ることを希望した者まで降らせたことで、早急に帝都に彼等を送り届ける必要がある。
敵を腹の内に抱えて戦争など出来る訳もない。
糧食を宛がい、とっとと送り出す。手酷い出費だがこれも後の布石であると我慢する。
生きて帰れる彼等は、何とも複雑そうな表情を浮かべていたが、家族に会える喜びに勝る物はないらしく、素直にロガ領を離れて行った。
※ ※
ロガ軍の総兵数は先程告げたが加えた二万五千、その内騎兵はカナギシュ騎兵二千、帝国騎兵二千となる。
歩兵が一番多く続いて弓兵が続いた、最後の魔道兵はこの規模の軍団では驚くべき事に二千を数えた。
千にも満たない魔道兵で数千の魔道兵が放つ攻勢魔術をかなり防いだことが、要因であった様だ。
これには、
あの二人が防性魔術を駆使していなければ、被害はあんな物では済まなかっただろう。
この様に、懸念であった六万の軍勢は居なくなったし、兵士の数も増えて少しはホッとした。
ホッとはしたが、コーデリア殿の件が気にかかっており、ある決断をくだせずにいた。
それはアーリー将軍らの処遇を如何するかについてだった。
彼らが何者なのか、アーリー将軍やその側近にそれぞれ話を聞いているが、中々答えてはくれない。
ドラン殿やマークイ殿と打ち合っていた曲刀使いの老人にはドラン殿やジェスト殿と言ったご老人が尋問を行っている。
凄腕の魔術師にはやはり凄腕のフレア殿に話をしてもらうように頼んである。
アーリー将軍自体には、シグリッド殿やリウシス殿に話をしてもらっているが……ここが一番心を開いていない様だ。
そんな状況では、何も判断は下せないと言うのは無論だがコーデリア殿を傷つけた相手に、私が正常な判断を下せるのかと言う疑問が私の中で渦巻いていた。
私怨を持ち込んではいけない、そんな事は分かっているが持ち込みそうになる自分がおり、軽い自己嫌悪を抱えていた。
そんな時に不意にもたらされた報告がある。
カムン領にて数体の砂鰐が捨て置かれており、領民が困っていると言う。
アーリー将軍もその他の軍団兵もいなくなれば世話をする者はいない。
難儀な事だが、どうしたものかと思った矢先に思い出す。
先に降った猛獣使いがいた事を。
その彼を呼び出すと、猛獣使いは褐色の肌の思いのほか若い男だった。
「およびでございましょうか? ロガ将軍」
「頭を上げよ。君は降ったとはいえ奴隷になった訳でもない、正当に降ったのだ」
床に座り、両手をついて平伏する姿に頭を左右に振りながら告げると、猛獣使いの彼は驚きを露にしながら顔を上げた。
「砂鰐は君の担当だったのか?」
「は、はい。あいつらは図体がでかいから戦獣に仕立てられてますが、根は見かけに比べてずっと素直で……。ですから、その、ロガ軍を傷つけた事は大変申し訳ありません、でも、俺の指示で」
「分かっている。戦とはそう言うものだ。……君は戦が嫌いか?」
「好きなはずありません」
「砂鰐は?」
「家族みたいなものです」
問いかけにははっきりと答える猛獣使いの青年を見やり、一つ頷く。
「宜しい。カムン領にまだ数体砂鰐が生きている。兵を派遣するから君も行って連れて来てくれ。そうしたら、砂鰐は退役だ。これ以上人間同士の戦に巻き込まれる必要はない」
そう告げると、彼はさらに驚き目を見開いた。
「よ……宜しいので、すか?」
「良い。とは言え、ただ君に放り投げては君も困るだろうな……。よし、私が飼おう、時折成長を見させてもらうが育て方は君に一任する」
きっと砂鰐に適した地形とか必要になるからには、それなりの財力が無いと育てる事も出来まい。
人間同士のいざこざに巻き込まれた挙句に死んだり、傷を負った砂鰐たちを労うのも、戦争を始めた者の責任だろうか。
そんな事を考えていると、猛獣使いの青年は額を床にこすりつけん勢いで平伏した
「このセルイ、感服いたしました! 閣下の気高さ、慈悲深さは正に
……はい?
思わず首を傾いだが、セルイと名乗った猛獣使いの青年は全く気にせず立ち上がって、礼もそこそこに準備の為に駆け出して行った。
ま、まあ、これで砂鰐の件は大丈夫だろう。
後はアーリー将軍の処遇とコーデリア殿の容態が気にかかるが……太陽王ってなんだ?
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