第23話 戴冠の意思

 ウオルやコーディとの会話の所為と言う訳でもないが、私は王となる道を選んだ。


 戦場でならば迷わないであろう事も、普通の暮らしをしている時はうだうだと迷う物だ。


 翌朝、再びメルディスと外交的な会話を交わし、その席で王となる旨を伝えると彼女は大きく頷いた。


「それでこそ、じゃ」


 何がそれでこそなのだか分からなかったが、ナイトランド側の要求が通ったのだから機嫌が良い様子なのは当然か。


「しかし、そうなると隣の席が空いているのがちと寂しいとは思わぬかえ?」

「隣?」

「伴侶と言う事では?」


 ピンと来ていない様子の私に伯母上が助け舟を出してくれた。


 伴侶ねぇ……。


 王になれば血筋を残さねばならない責務が生まれるが、生憎と私には心当たりはない。


 どっかの国から王族をめとり関係を強化するのが定石だが……。


 難しい顔をしているであろう私を見やって、メルディスは狐耳をピンと立ててにんまり笑った。


「ナイトランドとの関係強化に動く気はないか?」

「いや、魔王の一族に娘はおらんはずだろう?」

「おらんよ。しかしだな、八部衆にはおるのは知っての通り。ナイトランドの軍部と関係の強化を図るのは間違いではあるまい?」

「その場合は私が将軍に嫁ぐのかな?」


 感情の色が薄い声が割って入る。


 その声の主はフィスル殿だった。


「……なにゆえ?」

「八部衆筆頭、将魔のフィスル、お値打ち物だよ」


 話の腰を折られて爆弾発言を投げかけられたメルディスがぎ、ぎ、ぎと振り返り問いかけると、フィスル殿は表情一つ動かさずに言ってのけた。


「まあ、その場合、将軍には少女趣味があると言われそうだけど」

「えぇ……」


 うんざりしたような声を上げるとフィスル殿は微かに笑みを浮かべて。


「そう言う話はまず戴冠してからにした方が良いよ」

「確かに、王となる前から決める事柄でもないか」


 あまり浮かれるなと言う忠告だったのかも知れない、私は素直に分かったと頷きを返した。


 が、メルディスは恨みがましくフィスル殿を見ている。


 よほど、ロガとナイトランドの関係を強化したかったのだろう。


 さて、それでナイトランドにどんな利があるのか良く分からないが。


※  ※


 私がこの決断を伝えるべく主だったものを呼び集めると、集まった連中の様子が少しおかしかった。


 何だか、人の顔をちらちら見たりする。


 そこには侮りとかはないんだが、何だか生温かな感じを受ける。


 居並ぶ者達を見渡すとコーディの姿が見えた。


「ベルちゃん、おはよー」

「……それか」


 膝から崩れ落ちそうになったが、懸命に堪える。


 そう呼んで良いって言われた彼女が悪気なく周囲に言って回った挙句がこの空気と言う訳か。


「コーデリア殿」

「コーディ!」

「……コーディ、公の場ではちょっと」

「友達になったんだから良いじゃん」


 というやり取りをしていると、幾人からかため息が漏れた。


「友達? まだ、そこか」

「こう、バーって行ってガッてできないもんかねぇ」


 なんだよ、バーッて行ってガッて……。


 そんな事を言ってるゼスとブルームには後で説教な。


「進展したかと思ったのですけれども。二人とも奥手と言いますか……」

「仕方あるまい。将軍がマークイの様でも困るしのぉ」

「俺の様だったら、ハーレム築いてるだろうさ。まあ、将軍は戦運び以外は不器用そうだから」


 うるさいんだよ、どうせ不器用だよ。


「将軍、俺たちを呼んだ理由はなんだ? 婚約発表でもするのかと思ったがそうじゃないようだしな」


 見かねたのかリウシス殿が声をかけて来た。


 内容は引っかかりを覚えるのだが、まあ助け船だ。


「君たちが何を誤解しているのか知らないが、今回、私が君たちを集めたのは他でもない。私はロガ王を名乗る決意を固めた。これによりナイトランドと盟を結ぶ算段が付いた、まずはその報告だ」

「ほう、全面対決の道を選んだか」

「どのみち対決は避けられない、ならば生き残れる道を模索するのは当然だろう?」

「それはそうだが、ベルシス・ロガの忠誠がそれを阻むかとも考えていた」


 面々にさほど驚きはなかったが、ある種の意外さはあったようだ。


 その意外さを伝えるリウシス殿の言葉に、私は頷きを返さざる得なかった。


「大いに悩んださ。だが、私が過去にこだわり、その結果多くの者を誤った道に巻き込む訳にはいかない。視点は未来に向ける事にした……。新たな友達もできた事だしな」


 そう告げてコーディを見やると彼女はにこにこと笑っている。


 過去の罪、過去の栄光、それらが未来へ向けての行動の足かせになってはいけない。


 ましてや多くの者達の命を預かる立場の私がそれに拘泥して誤った道を進んでもいけない。


 怒りでもなく、絶望からでもなく、先へ進む為には今のゾス帝国との対峙は避けられない。


 そして、対峙する以上は打ち勝つための算段は全て取らねばならないのだ。


 そこまでは言葉にしなかったが、リウシス殿は何を感じたのか、にんまりと笑って。


「王になる、なるほど、そこまで悪い選択でもない様だな。ベルシス・ロガと言う男に限って言えば」

「君たちにとっては悪い話かな?」

「……おっと、意味合いが違って取られたか。他の奴が王になるとなれば身持ちを崩す第一歩になる事が多いが、あんたはそういう事無さそうだなと言う意味合いだ」

「リウシスは口が悪いのにぶっきらぼうだから余計伝わらないのよ」


 リウシス殿が真意を伝え終わった瞬間に彼はフレア殿に脛を蹴られた。


「将軍……いえ、ロガ王。気を悪くしないでください、リウシスはどうしても斜に構える性質だから」

「それで気を悪くしたりしないさ。リウシス殿の言葉には毒も棘も混じっているが、金言でもある」

「ありがとうございます、ロガ王。……だってよ? あんたもコーデリア殿を見習って友達になってくださいって言ったらどう? 男の人でここまで言ってくれるのは弟さんかロガ王くらいよ」

「お前、それを今言うなよ」


 流石のリウシス殿もたじたじな様子を見せる。


 嫉妬されがちな太った勇者殿だが、気苦労は絶えないんだろうなぁ……。


 っと、今はそれどころじゃなかった。


「えっと。それでシグリッド殿。ロガは改めてカナトス王国とも盟を結びたいと考えている。ローラン王に口添えをお願いできないだろうか? 先の援軍のお礼もしたいし」

「ロガ王、我が王ローランは先の行動で同盟の意思を伝えておりますよ?」

「そうであっても、格式と言うのは大事な時もある。同盟調印の時期や方法を詰めたいんだ。諸国に与える影響も考慮して」

「分かりました、そう言う事であれば我が王ローランへの伝言承ります」


 シグリッド殿は宮仕えに慣れているせいか、そつなく応対してくれる。


 我が王ローランという言葉からは彼女の王はローラン王一人であるという意思も見て取れて、その辺もしっかりしていると感心した。


「リウシス殿ではないが、ロガ将軍は王になっても気質は変わらんようだな」

「懐が深いのか、何も考えていないのか」

「何も考えてないは無いと思うけどなぁ、アーリー将軍の時もそうだったけど」


 ジェスト殿やシース殿、それにアレン殿のシグリッドチームの面々が会話を交わしているのが聞こえた。


 反感の色は少ないみたいだから良いんだろうけれど……こう、威厳みたいなのは私に無いんだなと思い知らされる。


 王になってやっていけるんだろうか……。

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