第7話 思わぬ余波

 私が参謀本部付きの補給担当者の一人として推挙され、一カ月が過ぎた。


 情報部や他の参謀たちの監視の元で兵站計画の立案書をかき上げると、周囲が抱いていた多くの疑念が薄らいだようだ。


 当りがだいぶ柔らかくなったどころか、若い参謀からは幾つかの事例で相談を受けるほどになった。


「流石だね、ベルシス君。こうも早く現代の補給事情を飲み込んで、これほど見事な立案書を提出するとは」

「すいませんね、教授。つきっきりで色々教えて頂いて」


 私は教授持って来た行きつけのカフェのサンドイッチをかじりながら立案書の写しを教授に見せていた。


 無論、機密に関する事は書いていない立案書の一部だが教授はそれだけを見ても見事な物だと太鼓判を押してくれた。


「……随分ハムが厚いですね」

「君への土産だと言ったら店主が厚めに切ってくれたよ」

「今度お礼に行かないと、ですねぇ。コーヒーも飲みに行きたいし」


 そう言いながら、私はサンドイッチを一心に食べる。


 味わいもそうだが、簡単に食えるこの料理は画期的だと思う。


 パンを焼くのが一番手間がかかるとは言え、作る方も宮廷料理を作るよりははるかに楽だろう。


 無論、テサ四世は色々と気を使ってくれたが、私だけ特別な食事と言うのも変な話だと断った。


 ただ、コーヒーだけは王家でも飲まれるような高級な豆を使った物を時々飲ませて貰っている。


 今の所、私が享受している特典はその程度だ。


 衣食住があって、仕事も邪魔されないとなれば特典はそれでも十分。


 沈みゆく船と思われているカナギシュ王国で立身を目指す者はこのご時世にいないと言う認識も私に対する追い風になっているようだ。


 どれほど出世したところでタナザに踏み潰されるであろう未来では意味がないと言った所だろうか。


 だから、当初カナギシュ王国ではベルシス・ロガを名乗る青年が兵站の一部を担うようになっと言う記事が出回った時の反応は酷い物だったらしい。


 ペテン師だとかスケープゴートだとか色々だ。


 ペテン師の評価は良く分かる。


 がスケープゴートの意味はなんだ? そう首を傾いだ私に情報部のリル准尉が教えてくれた。


「そう名乗る青年が現れればタナザは過去の事を思い出して重点的にその青年をつけ狙うだろう、って事らしいですねぇ」


 との事だ。


 まあ、そんな風に誰も何も期待していない存在であった私が兵站計画を立案し、カナギシュ軍の中では認められたこと少し風向きが変わったようだ、そう教授が教えてくれた。


「そいつは今日の新聞の話ですか?」

「一昨日付の隣国アベリア公国の物だ。軍の高官いわくかのベルシスを名乗った青年の作戦立案能力は高く、名前負けはしていないと語った、と言う記事だったよ」


 語ったのは軍の関係者だと言うが胡散臭い記事だなぁ。


 そんな事を考えていると少し気だるげな女性の声が話に混ざってきた。


「結構早く食いつきましたねぇ。アベリアはカナギシュよりも軍事力が無いから、何とか持ちこたえてもらいたいのでしょうけれど」


 その声の主はリル准尉、灰色の瞳の情報部の女性士官だ。


 彼女の言葉からこの新聞記事が情報部が動いて掲載させたものだと知れた。


「早いですなぁ。ポルウィジア国の記事もやはり情報部が?」

「そうですと言いたい所なんですけれどねぇ……あそこは違うんですよ」

「何です、ポルウィジアの記事ってのは?」


 教授が感嘆の声を上げた後に問いかけるとリル准尉は肩を竦めて否定した。


 その言葉の響きが気になって問いかけると考えもしなかった答えが返ってきた。


「ある新聞社がベルシス・ロガ特集を組んだんだよ。覇王と呼ばれたベルシスの功績や戦い方を結構な紙面を使って紹介していてね。そして最後はベルシス・ロガは新たな悪に対する為に時を超えたという伝承で締めくくっていた」

「もしかして、ベルシスの旦那が何かやったのかと疑いましたけどねぇ。流石にそんな暇はなかったですし」


 それは流石に無理があると私は肩を竦める。


 ポルウィジアはカナギシュより東方も強国の一つだが、地理的に少しばかり遠い。


 そんな所にいきなり私の噂を流した所で意味はない。


 いや、意味はあるかもしれないが時間と労力に見合う結果は得られないだろう。


 そう伝えるとリル准尉も頷いて。


「魔術師を使えば地理的な距離はどうにかできるでしょうけれどねぇ。あの国の世論を動かせる何かはまだないですから」

「その筈が、何故かポルウィジアの新聞社がこのタイミングでベルシス・ロガの話題を出す……どういう事だろう?」


 私が不思議そうに首を傾ぐとルクルクス教授が少し考えてから口にした。


「ナイトランド、或いはローデンから金が流れている可能性は?」

「ああ、結構ありそうな線ですねぇ。メルディス殿の口ぶりではその位はしそうでしたし」


 メルディスがやるだろうか? あいつはなんだかんだで自国を一番大事に考えて動くはずだ。


 いくら私は懐かしかろうとも、私情だけでは動かない筈だ。


 タナザの脅威はナイトランドにも及んでいるのだろうか? それとも別の誰かが私を利用するために喧伝しているのか?


「他国でそう言う動きが在ってもタナザには変わった動きは無いんだろう?」

「無いですねぇ、ペテン師だと誹謗する事もなければ覇王ベルシスは戦争犯罪者だと糾弾する事もない。黙々と攻める算段を付けている様ですねぇ」


 それは要するに私の事は些末事だと思っているのだろう。


 まあ、それでも結構だが、タナザ以外の他国はどう動くのか。


 それによってカナギシュの動きも変わる。


 それを見定めるためにも誰が何を狙って私の事を喧伝しているのか、把握しなくてはいけない。

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