第15話 それぞれの思惑
私を支援するために方々回ったとメルディスは言っていたが、援軍がどちらの陣営の物か言っていなかったことに気付いた。
流石に帝国の援軍ではないだろうが、援軍と言う名の第三敵かもしれない。
「確認だが、ロガ軍への援軍で良いんだな?」
「そうだ。流れで察しろと言いたいが、そんな物で勝手な期待をされても困るからのぉ」
「戦ってくれるのか? それとも姿を見せただけか?」
「姿を見せただけでも大きな援護じゃろう?」
ゾスが放つ援軍と他国が私に放つ援軍では意味合いが違ってくる。
今の状況下でナイトランドもカナトスも戦までする意味がない。
兵を動かすと言う事はそれだけ金がかかる事ではあるが、血を流してしまうよりは取り返しなどいくらでも効く。
いや、まあ、物には限度があるけれど。
「事前の協議もないはずだな」
「向こうが攻撃してくれば無論反撃するが、それ以外は戦場を動かぬよ」
今一つ煮え切らないがそれだけでも有り難いのは事実だ。
婚姻関係を結び同盟を締結した訳でもない他国が介入してくること自体が異常ともいえる状況。
脅しの為の見せかけの兵だとてこれは大きな借りに間違いはない。
「帝国軍はどうだ?」
「敵右翼、パルド軍団の一部や、中央のセスティー軍団の一部に動揺が見られたと。嘆きの声が上がたり、勝手に後退しようとしたと間者が告げております。……新兵でしょうか?」
「六万動員の後の九万だからな、一部経験の少ない者もいるのだろう……より揺さぶってやろう」
見せかけねばならない。
援軍と言えどもお飾りの軍団ではなく、共に血を流すために戦地に入ってきた真の援軍であると。
そして、浮足立ったところに最大の衝撃をぶつけてやる。
カルーザスが到着するまでという短い時間ではそうそうに機会は巡ってこないだろう。
ロガ軍に援軍が到来したという動揺の最中に行動を起こさなければ、座して死ぬことにつながる。
拙速かもしれない、あるいはもっと良い機会が明日にも巡ってくるかもしれない。
それでも、攻撃を開始せねばならない。
「突撃ラッパをかき鳴らせ! されど最初は突撃するなよ……日が傾く頃合いまで何度かラッパを吹いてやれ」
精神的に疲弊させてやる。
本来は夜通し行うような策だが、援軍の姿が見える昼間に行う事で動揺している者達を揺さぶる嫌がらせには使える。
最初は少ない人数しか動揺していなくとも、負の感情は連鎖していくものだ。
或いは、一向に突撃しないこちらを侮るかもしれない。
時間稼ぎが得策ではない以上は、侮り攻勢を仕掛けてくるように仕向けるのも一つの手だ。
真っ向から大兵力を相手にせぬような機動をしなくてはならないが……見せかけの援軍が来たことでそれがやりやすくなった。
場合によっては連中を盾にすれば良いのだ。
三将軍とて気付くだろう、私が戦端を開いたにもかかわらず援軍が動かなければ、彼らが真に援軍とは呼べない見せかけの物でしかない事を。
だが、戦場にはあり続ける。
下手に攻撃を加えられない第三者の軍隊がそこに居るのならば、こちらはこちらで好きに使うさ。
「一応確認だが、援軍は帝国軍が来たら背を向けて逃げ出すか?」
「攻撃を加えられねば反撃はしない。そして、戦場を離れる事もない」
「率直に聞くが、盾に使っても良いのかね? 障害物と言っても良いが」
「……悪辣な男じゃな。じゃが、まあ、想定の範囲内だ。ワシはそこまでやらんと思っておったがジャネスがその程度はやるだろうと言っておった」
ジャネス、確か帝国に侵攻してきた炎魔のジャネスか。
「なんでもロガ将軍が全体指揮を執るようになってから、非常に苦労したそうじゃからな」
「私が出来た事は彼女の進軍速度を緩めた程度だがね」
肩を竦めながら告げやると、メルディスも良く分からんがと肩を竦める。
「カナトスの指揮官はどうだろうか?」
「王自らの出陣ゆえ、どう動くかは正直分からん。ワシが保証できるのはジャネスの軍団の動きのみだ」
メルディスがさらっと言った言葉にシグリッド殿が思わず声を上げた。
「ローラン王自らの出陣ですか!?」
「……シグリッド殿、貴方は早急にローラン王のもとに向かい私の言葉を伝えていただきたい。ご助力感謝いたします、されど攻撃の合図のラッパが鳴っても決して動かない様にと」
そう伝えると、シグリッド殿は一度首を左右に振り。
「王への言葉はお伝えしますが、その作戦は変更すべきではないでしょうか? 王自ら来たと言う事は将軍に合力すると言う事です。ロガとカナトスの騎兵による突貫攻撃で浮足立つ右翼、或いは中央へ打撃を加えるべきかと」
「待て待て、ローラン王は動くか?」
シグリッド殿の言葉に慌てたのはメルディスだった。
「ナイトランドは動かないの? それはジャネスが腑抜けって言われちゃうね」
天幕の外を気にしていたフィスル殿が、メルディスへと向き直りいつも通りに感情を見せない表情で伝えるも、何処か面白がっているように聞こえた。
「炎魔のジャネスか、俺たちの前に立ちふさがった時は勇猛だったのだがな。戦運びは別なのかな?」
そこにリウシス殿が挑発するように言葉を連ねる。
この場にいない人物の事を悪しざまに言うものではないと思うんだが。
「待てと言うに! そんな言葉がジャネスの耳に入ったら」
「メルディスっ! やはり攻撃を加えるべきではないかっ!」
勇ましい言葉と共に天幕に入ってきたのは赤い髪の女魔族だった。
全て赤塗りの鎧に身を固めてはいるが、戦闘中ではないためか兜は被っていない。
美しいというよりは凛とした印象の美女は猛然とメルディスに食って掛かる。
「確かにローラン王は攻撃に参加すると仰せであるぞ! なのに我が誇り高きナイトランドが傍観に徹せよと言うのはおかしい!」
「待てジャネス! 我らが陛下の兵をいたずらに損なう訳にはいかぬのだ!」
「さりとて、ロガ王の存在はこの先ナイトランドの繁栄と防衛の為に必要と言ったのはお主ではないか!」
今回は聞き逃さないぞ。
ロガ王って言ったよね、今。
「この男は援軍をちらつかせるだけで勝てる才がある! そいつを証明すれば」
「ロガ王の才の証明ではない! 確実な勝利こそがナイトランドに益を」
「黙れ、馬鹿者ども! 魔王様が盟を結ばんとお決めになられたロガ将軍の御前でナイトランドの恥をさらすな!」
ジャネスとメルディスの言い争いを呆然と見ていた私たちはさらに驚いた。
いつもは感情を見せないフィスル殿が怒りのままに言葉を発したからだ。
彼女はいつも連れている無口で存在感すら怪しいフードを目深にかぶった己の相棒に右手を伸ばすと、フードがめくれて虚空が姿を見せた。
途端に力の渦の様な物がフィスル殿を取り巻き、その身体に吸い込まれて行く。
一方で人の形を取っていたローブはくたりと地面に落ちた。
何が起きているのか分からず、少し呆然としているとフィスル殿の身体から眩い光が溢れ、思わず視線を逸らした。
「――こうも早く真の姿をお見せする事になるとは思っていなかったが、馬鹿者が二人で騒いでいるのを放っても置けない」
フィスル殿の声より大人びた、それでいてフィスル殿当人の声に驚き改めて彼女に視線を向けると、そこには二十代半ばほどに成長したフィスル殿が立っていた。
フィスル殿は、大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。
そして、呆然としている私へと向き直り、片膝をついて深く頭を垂れた。
「お見苦しい所を見せてしまったね、将軍」
そう告げて背後を振り返ると、メルディスもジャネスも居住まいを正して、背筋を伸ばす。
将魔のフィスル、彼女はその二つ名の通り八部衆を束ねる存在だった訳か。
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