第62話 勝敗の行く末
戦は水物とは良く言った物だ。
僅かな隙、僅かな計算違い、僅かな不運で事態は反転する事が暫し起きる。
カルーザスにとって、今の状況は計算通りなのだろうか?
攻め立てていた筈のロガ軍右翼と、罠にはめた筈のロガ軍中央が一斉に牙を剥いて襲い掛かる現状が。
とてもそうは思えない。
だが、カルーザス自身が指揮する帝国軍左翼は二面作戦を強いられながら、なお強固な抵抗を示している。
ここで手間取れば、帝国中央の軍が再び迫って来る。
それまでがカルーザスを討つ千載一遇のチャンスだと思ったわけではあるのだが、どうやらこれは失敗しそうだ。
カルーザス率いる帝国軍左翼は完全な守勢に徹しており、その意図も明らか。
撤退もせずに守勢に徹しているのは時間稼ぎ。
一方でこちらは中央と右翼の軍で攻めてはいるが、右翼は包囲殲滅されかけていた訳だし、中央も挟撃を食らいかけていた。
つまりはロガ軍は万全ではない状況。
そんな状態で限られ時間に守勢に徹する精鋭部隊を打ち倒してカルーザスを討つのは至難の技と言える。
カルーザスが欲に駆られて私に首を狙ったままであれば、今のロガ軍の状況でも勝機はあったが……。
流石はカルーザス、兵を動かすのに欲や希望的観測では動かない。
こうなるとこちらもカルーザスの首ばかりを狙って無理をし続ける意味はない。
右翼と合流を果たして撤退を再開するのが何よりだろう。
そう考え、右翼へと兵を動かそうとするがその動きを阻害するように帝国左翼は戦列を伸ばす。
カルーザスは被害が増そうとも私と右翼への合流を阻止し、私がこの戦場から去らぬように足止めを行いたい様だ。
私を討てば戦は終わる、なるほど、その好機をみすみす逃したくは無いと言う事か。
劣勢になっても守勢に徹して未だに戦場に残り続けている事からも伺えたが、右翼との合流を阻む様子からそれが一層鮮明になった。
まあ、道理ではあるが……しかし、それは欲ではないか、カルーザスよ。
ならばもう一手、私の傍に手札があれば私の仕掛ける策も意味を成すだろう。
この策が成ればカルーザスを討てずとも、撤退の決断を引き出せるはずだ。
だが、今は手元には手札は残っていない。
或いはコーデリアに頼もうかと思ったが、先ほどの様子を思い返すに無理だろう。
彼女は私を守りたいのであって、カルーザスを討ちたい訳ではないのだから。
やれと言えばやるだろうが、彼女のみならず、兵のやる気は削がない方が良い。
適材適所で兵を動かす事で成果を上げることができるのだから。
カリスマ性のない私にはそうやってカルーザスに対抗するしかない。
その辺りを読み違えると酷い事になるから慎重に見極めなくては。
適材適所、か。さて、どうする?
攻勢に出ているおかげで私自身が剣を振るう状況からは脱している、ならば今のうちに考えるしかない。
いつ状況がまた変わるか分からないのだから。
やはり、今は右翼にいるだろうフィスルと連絡を取り合いナイトランド騎兵に動いてもらうのが手っ取り早い。
軍単位での合流は厳しいが、伝令を走らせることができない訳じゃない。
ただ、伝令は優先的に狙われる。
敵の情報伝達を妨害するのは将帥の嗜みのようなものだ、これを当たり前の様にできない者はゾス帝国の将軍にはいない。
ましてや、敵はカルーザス。奴ならば徹底している筈だ。
現に右翼の状況はこちらからの物見の兵の報告でしか分からない。
本当の右翼の状況が分からないような物だ。
組織だって動いているから指揮官であるリウシス殿は無事だろうとか、そんな上辺だけの推察しかできない。
戦場の七割は霧の中に等しいとは良く言った物だ。
見えている物すら事実とは異なる事がある。
私がその様に思案していると、現状を変える一手が打たれた。
その一手を打ったのは私ではないし、カルーザスでもなかった。
ロガ軍左翼を受け持っていたサンドラが、ゴルゼイ元将軍の教え子が自身の手札を使ったのだ。
僅かに五百にも満たない古くから私に仕えるゼスが率いるボレダン騎兵と彼らと覇を競い合っていたカナギシュ騎兵という二つの手札をサンドラは繰り出した。
ローデン以西に広がりを見せるかの平野で共に戦い、或いは敵対した者達が今、私の大敵たるカルーザスを穿つ矢じりとなって横合いから突っ込んできた。
帝国中央は?
まさか、アーリーの部隊だけで相対させているのではと振り返ると、そこに靡く旗はアーリーの物だけではなかった。
シグリッド殿率いる騎兵部隊が帝国中央を荒らし、遅れてブルーム率いる歩兵部隊が迫っていた。
帝国右翼は、あの大量の騎馬たちは今や散り散りになっていた。
カルーザスもボレダン、カナギシュ両騎兵の攻撃を受けてそれを悟ったのだろう。
乱れかけた帝国右翼の戦列を整え、ゆっくりと後退を始めた。
「今が好機では!」
兵士の言葉に私は首を左右に振り。
「右翼を救えた、目的は達成した。退いて態勢を整える」
「しかし、カルーザス将軍を討てば!」
「帝国左翼を一気に打ち崩せるだけの余力は既にない。ロガ軍右翼、中央の攻勢を凌ぎ切った連中だ、下手に追撃をかければ被害だけ増える」
私の言葉に兵士も冷静さを取り戻したのか、それ以上は何も言わなかった。
或いは、弱腰と呆れたのかも知れないが。
ただ、逃げる敵を追う際、どうしても兵士達に侮りが生まれてしまう。
そこを突かれると手痛い逆撃を被る。
今回はカルーザス相手に負けなかった事で十分だ。
互いに再編成を行い、再度戦う羽目にはなるだろうが、今回はこれ以上続けるわけにはいかない。
最早カルーザスですら止める事は叶わないとなれば、帝国を焼く反逆の炎は一層燃え広がる。
もう、私を倒しただけでは止まらない大火になる。
それで十分な戦果と言える。
帝国に昔日の兵力動員が可能な力はない。
私だけを相手にすれば良い訳ではないのだから。
カルーザスに戦場では勝てなかった。
だが、帝国を一層追い詰めることは出来た筈だ、今はそれでよしとして軍を再編成せねば。
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