第18話 面談要請

「そうなると、一番変わったのはマークイと言う事になるな」


 私がそう問いかけるとコーデリアとアンジェリカ殿は一つ頷いて。


「誰かさんを真似ようと人を動かす話し方を研究したみたいですから」

「誰かさんってのは……私か?」

「マークイに影響を与えられる他人は他にいないでしょ?」


 疑問を挟んだ私にコーデリアがさも当然と言う風に頷いた。


 あの当時はそんな風に思うようには見えなかったがなぁ。


「一時、結構荒れましたからね、マークイとアレン殿は。ただ、助けられた命を無駄には出来ないと立ち直りましたけれど」


 シグリッド殿の所のアレンもか。


「友人が自分たちの為に犠牲になったのならば、そりゃ荒れますよ」


 私はよほど意外そうな顔をしていたのか、リル准尉がそりゃそうだろうと口を挟んだ。


 いや、それは確かにそうなんだが……なぁ。


「相変わらずの自己評価の低さで。ま、あの頃一番荒れたのはコーディとフィスルでしたけれどね」

「ちょっと、それは今は止めてよ」

 

 ここだけの話と声を潜めるように告げたアンジェリカ殿にコーデリアが止めに入るかのように言葉を重ねる。


 そう言えば言っていたな、メルディスが。


 コーデリアとフィスルが決闘まがいな所まで行ったとか何とか。


 ……しかし、投影の魔術で姿を見せたあの姿をメルディスと認識するのに時間がかかりそうだ。


「修羅場に縁遠そうな感じですが結構ある感じですねぇ」

「当人がいれば大抵上手く回るんです、いなくなった途端に色々とこんがらがる。得難い才能をお持ちですよ、ロガ元帥は」


 潜在的な修羅場は幾つもあの当時から抱えていたけれど、私が無意識にそれを上手くさばいていたとアンジェリカ殿は言った。


 考えてみれば表層化したのはカナギシュ族とボレダン族の軋轢くらいしか覚えていないが、他にもそうなる種は幾つも在った。


 ローデンの義勇兵とロガ領の兵士の間にだって溝はあったろうし、ナイトランド騎兵とロガ軍にだって溝はあっただろう。


 そもそも寄せ集めの軍隊だったのだ、あれほどうまく事が回っていたのは運が良すぎた。


 が、アンジェリカ殿はそれを運では無いと言うのだ。


 それは流石に買いかぶりが過ぎると思うのだが。


「ほう、それほどの才能をお持ちとは実に楽しみですね」


 私たちの雑談にまったくの第三者が声を掛けて来た。


 准尉はその声を聞いた途端に背筋を伸ばして敬礼した。


「これは少佐」

「楽にして良い、准尉。とりあえず元帥閣下に言伝をお持ちしただけだ」


 情報部のヴィルトワース少佐だった。


 彼女は私を見やると意味ありげに笑みを浮かべ。


「まずは昇進おめでとうございます、ベルシス・ロガ大将」

「……大将?」

「連合軍元帥となる以上はカナギシュ軍内でも相応の階級は必要。いかにそれを認めさせるか悩んでおりましたが、閣下の会議での振る舞いに助けられましたよ。軍務大臣も味方につけてタナザ憎しの論調で重鎮たちも反対しにくい状況を構成……」


 そこまで計った訳じゃない、それは偶然が重なっただけなんだ。


 そう訂正しようとしたら先にアンジェリカ殿が口を開いた。


「それを考えて実行できる方ならばここまで人を惹きつけないでしょうね」

「でしょうね、偶然とその場の機転で動いたらより大きな成果が転がり込んでくる、その様な運をお持ちの方こそ今は必要なのでしょう」


 ……二人とも私を良く分析できている。


 計った訳じゃない、それでも上手く行く事は確かにあった。


 私は確かに運が良いだけかも知れないが、タナザの状況を考えるとカナギシュはどんな物にもすがりたいのだろう。


 運が良い者を軍事の責任者に据えて験を担ぐと言うのは古来からある方法だ。


 この大将への昇進も、連合軍元帥とやらに据えるのもそう言う意味合いが強いのだろう。


「運が良いだけじゃ、ゾス帝国には勝てなかったよ」

「それはそうでしょう。ベルシス・ロガは兵站ばかりではなく調整にも秀でていたと聞きます」


 それまで少し楽しげに話していたヴィルトワース少佐の声が僅かに沈む。


 これは……まさか……。


「ホロン共和国よりドラグーン部隊がカナギシュに到着したそうですが、早速ベルシスに会わせろと騒いでいます」

「ホロンの連中、私らを下に見ていますからねぇ。政治的には援軍を出兵したけれど、指揮官にやる気なく難癖付けて帰る気かも知れません」


 やっぱり嫌な感じの流れになってきた。


「それのローサーンの第二軍団の長も面会したいと言っています。どう対処しますか?」


 ヴィルトワース少佐が問いかける。


 私はその問いに深くため息をついて。


「連合軍に参加する部隊間では序列は無いんだろう、カナギシュ軍の代表者とカゴサの民の代表と合わせて面談するしかないだろう」

「ドラグーン部隊がへそを曲げるかもしれませんよ?」


 ヴィルトワース少佐が眉根を寄せて困った風に問う。


「その程度でへそを曲げるのならばいらないよ、そんな部隊。どれ程優れた戦力であろうとも、他の部隊と協同もできない、指揮官の話も聞けないんじゃね。ホロンの顔に泥を塗らない様に演習にでも来たことにして返すしかないね」


 私がそう言うと少佐は困ったような顔を一変させ、にんまりと笑みを浮かべる。


 まあ、そうだろうと思っていたよ。


 彼女位の胆力の持ち主が、今更ドラグーンが協力しないと言う事態になった所で困った素振りなどするはずがない。


 私がどう判断するのか試してみたのだろう。


「それを聞いて安心しました。ドラグーンは使い勝手の良い部隊ですがそれも指揮官の命に服してこそ」

「そう言う事。そう言う訳で面談の場所を用意してくれないかな? 私が命じる立場にはないんだろうけれど」

「元帥閣下はカナギシュ陸軍大将でもあるのですから、その程度の命令は越権行為ではないでしょう。准尉、あなたはしっかり元帥をお守りしなさい」

「はい、少佐」


 私の言葉に満足したのかヴィルトワース少佐はリル准尉にそう告げて踵を返してこの場を離れてい行く。


「メルディスみたいな空気を感じる方ですね」

「えー。どっちかと言うと女版ベルちゃんじゃない? あっちの方がいろいろしっかりしているけれど」


 旧知の二人が妙な評価をしているが、とりあえず調整役としての役目がいきなり振られてきたか……。


 ああ……胃痛の日々を思い出してきた……。

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