決勝当日の夜明け前
夜明け前の尖塔の屋根で煙草を吹かす。
白んでいく空と流れる肌寒い風。
流された紫煙は何処かへ飛んで行く。
石造りの建物が並び、静まり返った町の中には明りが見えない。
太陽と共に起き星と共に眠る。
そんな事も出来なくなったあの日本という国の人間は、きっと動き出した文明の怪物に魂を喰われてしまい、その家畜になってしまったのだろう。
「前世の記憶はあるが、全く日本を懐かしいとは思わないな」
創作話で言う程に米飯もみそ汁も欲しいとは思わない。
むしろ満足に煙草を吸う事ができないあの国は
「お前はそこの所どうよ?」
「まあ、君に同じだね」
風に揺れる風見鶏の上に立つのは禿頭の男。
重さを一切感じさせない道服の姿は魔法による幻だ。
開拓者協会総長【天座 ボンノウ・イッシン】。
「忙しいんだろ? 此処は俺が居るから余所に行ってくれ」
ムグムグと口のパイプを揺らす。
俺の収納魔法にはこのパイプの
気晴らしの為の貴重な煙草休憩も、長くは取れないのだ。
「同郷の
「どうでもいい故郷の好なんて知人に出す年賀状以下の関係だ」
トンッと幻が俺の隣に現れる。
「荒んでるね~。ベルパスパの王族に何か言われた?」
「……」
「パーナク殿下も悪い人じゃないんだよ。まあ所謂『身体は大人、頭脳は子供』って奴? 趣味に関しては一途な人だからね~」
「……何の趣味だよ」
剣闘大会で賭け金を磨って選手に怒鳴り込むのが趣味なのか?
でもとんでもない美少女を二人も連れていたし……。
まあ、女狂いが娼館行きの金を使い果たしたとかだろうさ。
「馬鹿馬鹿しい」
プカ~と空に煙を吐く。
『身体は大人、頭脳は子供』の大国の王族とか最悪じゃねえか。
「ヨハンも開拓者一本でやったら良かったのに。女に狂って折角の栄達のチャンスを捨てるなんて、彼の事を馬鹿にはできないよ?」
「魔力平均以下で下層生まれの人間が成り上がるのはラノベだけだっつの。魔獣も一コなら凌げるが群れで来られたら手詰まりだ。だからD級が限度でどん詰まり。美姫を侍らし美食を飽食する前に魔獣の腹の中だ。俺は堅実に生きたいんだよ」
プカ~。プカ~。
「エリゼさんか……。前にも言ったけど彼女と君は合わないと思うよ。遊びならいいけど本気になるべきじゃない」
「流石は女に刺されて死んだホストさん。含蓄のある言葉ですな」
「前世の僕はあくどい事は一切していないよ。ただ酷いメンヘラに当たっただけさ」
「へいへい」
ボンノウには前世でも今世でも勝てる所が無い。
前世ではある店のトップを張ってTVにもよく出ており、年収は二億円以上を取っていた。
今世では剣術の奥義を極め正に無双。開拓者協会に加盟した国々の王には意見する事が許される。
遥か雲の上の人物。
俺の内心は嫉妬で溢れており、それこそ『同郷の好』に甘えてタメ口からの言いたい放題をやっている。
正直、どうしてボンノウが俺に声を掛けて来るのか解らない。
――ロクに魔法が使えない、剣士崩れのこの俺を。
「君は君自身が蔑むような人間じゃないよ。D級よりもっともっと上に昇る事ができる。それを忘れないで欲しいな」
幻が消える。
パイプの火も消える。
握り締めた拳が、痛かった。
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