国境紛争 一


「これは中々に壮観だね」


 陸亀型の要塞ゴーレムの上で、私とその護衛達は戦場を眺めていた。

 齢は五十を越えて、ただ直向ひたむきに上を目指していた若さは無くなり、最近は腰の痛みに悩むばかり。

 

 市井より出た人間たる女の身で、パンドック王国軍魔法士団団長と、よくもまあ昇り詰めたものである。

 王立大学を出て、王国軍に入って、色々とあって。

 それも思い返せばあっと言う間であった。

 

「どうしてどうして。我が国のお飾り達も頑張るじゃあないか」


 貴族の子弟達から成る王国第二軍と、市民階級出身から成る第三軍の軍勢が、国境から押し寄せるクレタニア王国の軍勢と壮絶な戦いを繰り広げている。

 

 ワトナ半島に在る我がパンドック王国と同じく、西に広がる封海の勢力を争うクレタニア王国は、建国よりの宿敵である。


 両国とも毎日豪華な紛争を行える程には潤沢な資金力が有るので、兵士や傭兵や魔導兵器が、湯水のように戦場へと注ぎ込まれていく。

 血の臭いや魔力を感じ取った強力な魔獣もそれなりの数が寄って来るので、見渡す限りの景色は地獄の有様である。

 

「おや? あの戦術魔導杖は見たことがないね」


 戦術魔導杖は、魔導機械をゴテゴテと取り付けた台車の上に、大きな魔導杖を乗せた姿をしている。

 人よりも魔力の出力が大きなそれは、戦略級の大級魔法を連続して放つことができる。

 

「それとあっちのゴーレム達もだね。クレタニアの工房とは制式が違うようだね」


 戦闘ゴーレムは、かつての自動人形を発展させた、全自動の戦闘兵器だ。

 その姿は人や動物などの形を模しており、それによって様々な用途に使うことができる。

 

 また、人が乗り込んで使う形式の戦闘ゴーレムというものもある。

 搭乗者の思考と精霊機の演算システムが同調することで、生物的な柔軟さと機械的な正確さを併せ持つ、恐るべき魔導兵器である。

 

 両者が登場して間もない頃は、『動く巨大なまと』と揶揄されたこともあったようだ。


 しかし、開発の進んだ現代におけるゴーレムの性能は、過去とは比較にならない程に大きく向上している。実戦で運用されている型式は非常に優れた運動能力を持ち、高出力の魔術式による、攻撃と防御の為のシステムが内部には組み込まれている。

 

 重厚な巨体のイメージに反する俊敏な動作と、人もしくは動物を模した姿によって様々な環境に優れた対応が可能であり、人の活動範囲の全てで活動することができる。


 これらの性能を備えたゴーレム兵器群は、それらを使う者にとっては大きな戦力となり、また相対する者には凄まじい脅威となる。

 

「クシャ帝国の最新式だ。シャムール工房とイダ工房製の物で、外観を少し弄っているな」


 横から聞こえた声に顔を向ける。

 

 全身を黒毛が覆う、狼獣人の偉丈夫。

 その赤色の眼は、戦場を鋭く睨み付けている。


「お前らが使っている物より性能は上だ。今戦っている奴等だけだと、じきに破られるぞ」


 身体に纏う覇気の強さは、この場に居る誰よりも遥かに上。

 彼こそが我がパンドック王国軍二十五万人をべる者、と言ったら誰もが納得するだろう。

 

 しかし心の底から残念な事に、彼は王国の者ではないのだ。

 

「まさかあなたのような大物が、こんな田舎の戦場に来てくださるとはね」


 【戦獣騎】の異名で世界中に知られる、八万金価のS級賞金首。

 逆に、彼がある組織の幹部であることを知る者は非常に少ない。

 

「退屈でしょうか?」


 一万五千がぶつかり合う戦場も、彼には子供のごっこ遊びにさえ見えていないのだろう。

 同じ人類と呼ぶには、私達と【戦獣騎】の力の差は、あまりにも隔絶し過ぎている。


「純粋につまらんだけだ。あとイラついて頭が痛い」

「まあ、あなたにしてみれば、これはお遊戯みたいなものでしょうからね」


 絶え間のない爆炎が、人と兵器を燃やし尽くす。

 鳴り止まぬ無数の風の刃が、進路に在るものを細切れに斬り裂いて走る。

 地面から生まれ続ける土の魔法兵が、暴れ狂い、手当たり次第に人と物を壊していく。

 氷の雨に穿たれて、高温の蒸気に焼かれて、澄んだ水の中に溶かされて、誰もが死んでいく。

 

 閃光が走り、戦略級上級魔法による極大の炎の柱が天を突き、地面が消え去り、湖のような大きさのクレーターが生まれた。

 高熱が立ち昇るその上を、防御魔法を纏った兵士達が飛行魔法を使って翔け抜けて行く。

 

 その地獄の世界の光景を、私達は安全な結界の中から眺めている。

 

「……。この場に居る全員が、あのクソ野郎よりも魔力を持っている。あの時のクソ野郎よりもいい装備を持っている。だが、戦い方は遥かにカスだ」

「随分なご批評ですね」


 『クソ野郎』と呼ばれた人物は分からないが、パンドック王国軍とクレタニア王国軍の人員に対して、最低の評価が下されたのは解かった。

 平均的な一般人の、MP測定方式による保有魔力量の数値は、凡そ五百前後である。

 訓練を終えた一般的な兵士の平均は八百程度となるが、パンドック王国とクレタニア王国においては、それが千二百という高い数値を記録している。

 

 当たり前の結果だ。

 他国に比べも軍には膨大な資金が投じられており、多くの最新の研究を反映させた、高度な訓練が兵士達に施されているのだから。

 

 少なくとも、『カス』と言わるような評価をいただくものではないのだ。

 

「ゲルトのバアさんに言われたからここにいる。お前が手を出すなと言っているから、こんなゴミ共の遊びを見物してやっている」


 ギロリと、闘争心に満ちた赤い瞳の視線に射貫かれる。

  

「すみません。しかしあと少しだけ待っていただけないでしょうか。そうすればキリが良くなりますので」


 取り繕って答えを返しただけで、四万人からなる魔法士団の頂点に立つ私の背中を、びっしりと冷たい汗が流れ落ちていった。

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