ヨハン:VS溶岩烈拳
~ ヨハン・パノス ~
【溶岩烈拳 ズモモン・ヂンタッタ】はパンドック王国の元拳闘士だった。
若干十四歳でデビューし、史上初の全階級制覇を行った天才。
無敗を誇った戦歴は、貴族の子女とのトラブルによってその幕を下ろした。
「最強無敵とは、またえらくだっせえ異名を付けたもんだな」
両拳を構え、その奥から覗く褐色の瞳が鋭く笑う。
膨大な赤土色の魔力が噴き上がり、攻防一体の強化魔法が展開され、ズモモンの身体を覆った。
記録に残る奴の魔力量の数値の高さは、この国の歴史でも五指に入るという。
もし道を誤らなければ、こいつはチャンピオンのまま、その先の生涯を栄光の中で終えていただろう。
「認めてやるよ灰毛野郎。カスみたいな魔力しかねえが、お前は結構ヤれる奴だ」
「それはありがとうだ、元チャンピオン」
魔導剣【青燐】を中段に構える。
パーナのお陰で俺自身の殻を破れたとはいえ、魔力量はまだ人並み程度でしかない。
心道位相当のズモモンと比較すれば、その約千分の一といった所だ。
こいつの
素行とは真逆の、洗練された動きから繰り出された一撃。
軽く放ったものでありながら、それは大級魔法に等しい破壊の力を現した。
ズモモンが本気を出して暴れれば、この周囲一帯を、容易く荒野へと変えてしまうだろう。
潮の匂いが強まる。
(来るか)
ズモモンが踏み込み、その姿が一瞬で俺の前に現れた。
「だがな、お前程度のカスは何度もぶっ殺してきてんだよ!!」
俺の顔を狙う、業火を纏い音速を遥かに超えた右ストレート。
(成程、これはS級開拓者でも中堅どころには厳しいな)
俺の後ろにはパーナがおり、ただ受け流すだけでは彼女を巻き込んでしまう。
拳だけでも、業火だけでも凄まじい力を持っているのだ。
ズモモンの右拳を青燐の剣身の腹に角度を付けて受け、拳の威力を外へ逃さないように剣の中へと流す。
「ソラよ! おかわりだ!」
それをこいつはニヤリと笑い、追撃の左ブローを放ってきた。
ありふれた基本の技が一切の無駄を削ぎ落されて、速さと重さを極め、必殺の域にまで昇華されている。
才能だけではない、積み上げられた凄まじい努力の跡がその中には見えた。
ズモモンの褐色の眼は勝利を確信していた。
しかし。
(俺も伊達で【最強無敵】を名乗ってはいない)
足を僅かに開いて身体を沈める。
青燐の剣身の腹に、ズモモンの右拳だけではなく、左拳の威力も受けて流し込む。
俺の握る青燐は折れず、当然、ズモモンの拳は俺の命に届かない。
ズモモンの目が大きく見開いた。
二つの拳の威力を青燐の中で一つに収束させて、柄頭をズモモンの腹へと打ち込み、その先から解き放った。
「ッ!?」
ズモモンの身体は轟音と共に吹き飛び、遮る壁を幾つも砕いて、彼方へと去って行った。
「殺したの?」
問い掛けて来たパーナに首を振った。
「すまん。思う所があって加減した」
砕かれて壊れた壁の先は、もくもくと立ち込める
そして、強大な魔力が遠くで爆発するように噴き上がる。
怒り狂い
一等星のような眩い瞬きは、すぐに無数の巨大な火球と共に襲い来る、ズモモンの姿へと変わる。
「このクソ野郎が――――――ッ!!」
火球の一発に込められた魔力量は、戦略級の上級魔法に等しかった。
あの全てが着弾すれば、周囲の十キロ四方は跡形も残りはしない。
このカーメン・ファミリーの本拠地はルーネ市の中心地にありながら、二キロ四方の広大な敷地面積を有している。
多少暴れる程度なら問題ないと考えていたが、ズモモンのような奴を相手にするには、やはり狭すぎたようだった。
「ま、対処できる範囲だから、結局は問題無い」
ズモモンの顔には怒りがある。
しかし、その奥には隠しようもない喜びがある。
(……居場所の無い者、か)
「死ねっ灰毛野郎――――――ッ!!」
魔導剣【青燐】に魔力を込める。
「陣風御免 【
詠唱を省略した魔法を剣身に顕わす。
紺碧の魔力洸を纏った青燐を振るう。
紺碧の剣風が全ての火球を斬り散らし、火の粉の一つも残さずにそれらは消える。
ズモモンが振り下ろす魔導鉄甲に業炎を纏う右拳が、俺の紺碧の魔力洸を纏うだけの左拳と激突する。
ぶつかり合った二つの力は、しかし一瞬たりとも拮抗することはなく、紺碧の輝きが赤い炎を打ち貫く。
「バカな!?」
砕け散る魔導鉄甲と火錬玉の破片。
驚愕するズモモンの胴に、安全装置を作動させた剣身を叩き込み、空へと向けて青燐を振り抜いた。
「ガッ!!」
血反吐を吐いたズモモンは、再び夜空の星々の中へと戻っていく。
それを見届け、軽く払って汚れを飛ばした青燐を鞘の中へと納めた。
「あー、これはよく飛んだねー」
楽しそうに夜空を見上げるパーナ。
(相当ご立腹だったからな)
俺も腹を立てたが、あの下品なセクハラの直接の標的にされた彼女は言わずもがな、であった。
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