パフェラナ:来訪者

 ~ パフェラナ・コンクラート・ベルパスパ ~


「へえ、あんたがあの水の聖女?」


 粘り付くような声を出す人間の男。

 ソファーに座り、右足をテーブルに乗せ、舐め回すようにして私を見てくる。

 

「はい、水の聖女【パフェラナ・コンクラート】と申します。今回は協力関係にある『さかずき』の代理人として参りました」


 ニコリと微笑むと、男の顔は見るに堪えない程にだらしなくなった。

 

「いいね、わかってるじゃんか!! こんな激マブな女をみついでくるなんて、マジで盃との同盟を考えちゃうよ!!」


 そう言ってチンパンジーのように手足をばたつかせる。

 彼の護衛兼取巻き達も、猿のような笑みを浮かべて、「俺達にも回してくださいよ」などと言っている。

 

「バカ野郎! 仮にも使者としてやって来た健気けなげな絶世の美少女ちゃんなんだぞ~。品の無いお前らなんかに任せられるかよ」

「そりゃないですよ~」

「アニキのデキるとこ見せてくださいよ~」


 男は取り巻き達の声を無視して、懐から取り出した葉巻を咥える。

 火を点けて、天井へと煙を吐き出し、ペッと吐き出した葉巻を革靴の底で踏み潰した。

 

「しゃあねえ~な~。ま、俺様が飽きたらな」

「「やった!!」」

「流石アニキ、惚れちゃっていいですか!!」


 ただ高価なだけの悪趣味な調度品に囲まれている応接室。

 その、一応は人の空間であるはずのこの場所が、動物園の飼育小屋のように感じられる。

 

(失敗だったかな)


 世間知らずの自覚はあるので、社会見学を兼ねてお手伝いを申し出たんだけど。

 裏社会でもそれなりに名を馳せる人物が、まさかチンパンジーと同レベルだとは思わなかった。

 これではまるで、馬鹿貴族の馬鹿なお坊ちゃんそのままではないか。

 

(こんなのでよく今までやってこれたよね。本当に実力のある人は賢さと愚かさに覇気を秘めるものだけど……)


 彼らは何処までもチンパンジー達だった。

 

 下品な声を上げ続ける彼らにはうんざりしたし、何より私の横に立つ彼の忍耐がまずかった。


 チラリと横目に見ると、彼の表情は抜け落ちていて、青い眼の中には激しい怒気が渦巻いていた。

 

「よっし、決めたぜ!! カーメン・ファミリー最強の男であり若頭であるこの俺様、【溶岩烈拳ようがんれっけん ズモモン・ヂンタッタ】がお前らに力を貸してやるぜ!!」


 そう言って溶岩烈拳はソファーから立ち上がった。

 

「今年の『ルーネ開港市場祭』の規模は半端ねえからな。上手く立ち回りゃ、莫大なシノギを稼ぐことができる。この国を牛耳る俺の組と、お前らの盃が組めば敵はえ!!」


 突き挙げられた右拳に、取巻き達が「オオオ―――!!」と追従の雄叫びを上げた。

 

「……そうですね」


 一応この場に居る義理として声を出したが、全く以て力の抜けたものだった。

 

「さて、それじゃ前祝の景気付けだ。水の聖女ちゃんには相手してもらうぜ」


 そう言って近づいて来た溶岩烈拳の右手が、私の胸へと伸びてくる。

 鼻息荒く、色欲に濁った彼の手は、しかし私に届くことは無かった。

 

「何だお前?」


 溶岩烈拳の右手を、私の前へと踏み出したヨハンの右手がつかみ止めた。

 

「パーナに触れるな」

「おいおい、下っ端君が聖女様の前だからってイキっちゃってるよ!?」


 ゲラゲラと猿達がわらう。

 

 それにヨハンは応えない。

 そのたたずまいは凪いだ海のようで、放たれる気配は嵐の訪れを告げる雷雲のようだった。

 

「おい、このクソ灰毛野郎、この俺様とヤろうってんのか? 今手を引いて土下座すれば、聖女ちゃんの手前、九割殺しで勘弁してやるぞ?」


 溶岩烈拳から荒ぶる殺気と赤土色の魔力洸が、濁流のように漏れ出してきた。

 取巻き達も魔導武器を抜き、それぞれの錬玉核が魔力洸の輝きを灯していく。

 

「お前ら盃は手広くやって数を稼いでるようだがな、そんなもん裏社会じゃ三流だ。え太った所を俺達に食べられる豚でしかねえ。真の一流はな、最強の武力を持つ組の事をいうんだよ。そう、まさに俺様のカーメン・ファミリーのような、な」


 犬歯を剥き出しにした笑みは、濃密な血と暴力の臭いに溢れている。

 彼の纏う威圧感は、S級開拓者と比較しても遜色はない。


「その言い草から察するに。結局の所、盃と対等に協力し合う気は最初から無かったという事か」


 ヨハンの言葉を、溶岩烈拳は吐き捨てる。


「はっ、俺様達が上! お前らが下! 常識だろうが!!」

「そうか」


 ヨハンが掴んでいた溶岩烈拳の右手を放した。

 

「お前もそこそこはできるようだな……」


 溶岩烈拳が目を細め、ヨハンをにらみ付ける。

 両手の指がパチンと鳴ると、虚空こくうから魔導鉄甲まどうてっこうが現れて、それらが彼の両手をおおう。

 火錬玉から、禍々まがまがしい赤色の魔力洸が燃え上がる。

 

 動きは見えなかった。

 

「オラアッ!!」


 踏み込み、突き上げられた溶岩烈拳の右拳。

 赤い炎の奔流ほんりゅうが走り、天井の全てを砕き燃やして灰にした。

 

「やっぱアニキのパンチは凄え。俺にゃ全く見えなかったぜ……」

「お前程度がアニキの必殺をとらえられる訳ねえだろうが」

「この前来たA級開拓者のガキもワンパンだったからな」


 フゥと息を吐き、溶岩烈拳が残心を解いた。


「あ、いけね。聖女ちゃんもぶっ殺しちまった」

「うわー、もったいねえ」

「でもアニキっぽいっすねえ」


 ゲラゲラと笑い合うカーメン・ファミリー達。

 それを後ろからながめる、ヨハンの右脇に抱えられた私。

 

「パーナ。確か交渉が決裂した場合、カーメン・ファミリーは殲滅せんめつするという話だったな」

「だね」


 降ろしてもらった私は、亜空間の蔵庫から私の作品を召喚する。

 ヨハンの右手が左腰に吊った剣、私がかなり頑張って作った作品NO.624、魔導剣【青燐せいりん】の柄を握る。

 

 私達に気付いた溶岩烈拳が振り返り、それに釣られた取巻き達も振り返ろうとする。


 ヨハンが青燐を抜いた。

 

「!!」


 キンと金属のこすれる音が鳴る。

 溶岩烈拳が両腕を顔の前にそろえていて、その魔導鉄甲の表面に一文字の傷が刻まれていた。

 

 取巻き達の首から上だけが私達の方へと振り返る。

 身体は背中を見せたまま、首だけが百八十度回転する。

 

「「え?」」


 そのまま、また百八十度回転して。

 ビュッと噴き上がった血によって身体から落とされて、ゴロゴロと床の上を転がって行った。

 

「テメェ……」


 溶岩烈拳の額に太い血管が浮き上がって、血走り赤く染まった眼がヨハンを睨み付ける。

 最高級のスーツも赤く染まって汚れ切り、物言わぬむくろとなった取巻き達が、暴力の王様にいろどりをえる。

 

「そう言えば俺はまだ名乗っていなかったな」


 ヨハンの身体から、み出すように魔力が現れる。

 それは深く濃密な、空の青であり海の青でもある、世界に満ちる青の色。

 

「魔月奇糸団の第四席を預かる【最強無敵 ヨハン・パノス】という」


 ヨハンの身体が紺碧こんぺきの魔力洸を纏い、青燐の水錬玉がまばゆい青色の輝きを煌々こうこうと解き放つ。

 

「この業界には半年前に入ったばかりの新参者だ。お前が生きていられる少しの間だけだが、よろしく頼む」

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