盃:ルーネ支部

 ~ ヨハン・パノス ~


 案内されたのは物置部屋であり、無数の木箱やガラクタが出鱈目でたらめなパズルのように積み上げられていた。

 

「なあ、サラペン。人の入る場所が無いんだが?」


 腰の下に視線を向ける。

 草原に住む小型人種『プレーリービー』である【石森の迷い人 サラペン・ルーリー】は、マフィア『盃』のルーネ支部の長をしている。

 

 かつて、俺の師である【鏖風奇刃 ハリス・ローナ】と共にこの街に立ち寄った時に会い、その知己を得た。

 

 よわい四十一を数え、しかしその身長は百四十センチしかなく、魔力も人の半分ほどしかない。

 しかし直接的な戦闘能力は低いが、種族固有の能力を使った立ち回りで、過酷な都市の裏社会を生き抜いてきた歴戦の強者だと、先生から教えてもらった。


「このボロ物件に他の部屋はねえよ。これは全部ゴミだから、お前が斬って空きを作れ」


 鋭い緑の目が俺を睨む。

 

「ペシエの件は聞いた。ヨハン、お前相当腐ってたようじゃねえか。あのハリスの弟子が、クソ女の下働き!! バーフのバカ短気じゃなくてもぶっ殺したくなるってもんだぜ!!」


 『草原の妖精』という別名を持つプレーリービーという種族だが、枯れ草色の頭髪を震わせて地団太を踏むサラペンに関しては、『草原頭の癇癪玉かんしゃくだま』と言った方が適切だ。

 

「昔会った時に、『悪い女に引っかかるのも男の甲斐性だ。それは麻疹はしかのように女に耐える力を磨き、男を上げる。だからどんどん行け!!』って、言ってなかったか?」

「ああ!? そりゃ今関係無いだろうがっ。魔月の黒翼が衆目の前で醜態しゅうたいさらしてんじゃねえぞ! 姐さんに記録見せてもらったがな、赤衛騎士程度に小突かれてんじゃねえ! しかも嬢ちゃんがいなけりゃ死んでただろうが! 魔月のメンツを落とすなクソ野郎!!」

「それはボンノウに熨斗のしを付けて返してチャラだろうが! 耄碌もうろくしてその場面を見落としたんじゃないのか!」

「あんだと! 表出ろ!」


 遂にサラペンが衣服を全て脱ぎ捨てた。

 その本気の合図に俺も覚悟を決め、立て掛けられていたほうきの柄を握る。

 

「上等! その喧嘩買った!」


 そうして、俺達は窓を開けて飛び降りた。

 

 * * *


「あれ? 部屋の掃除に上がったんじゃないの?」


 机に座って書類仕事をしていたパーナが顔を上げ、泥まみれのサラペンを担いだ俺を見る。


「ちょっと不幸な行き違いがあってな。外でお話することになったんだ。すまんがコレに治療と浄化の魔法を掛けてくれないか?」

「いいよ」


 パーナが立ち上がり、ソファーに置いたサラペンへと魔法を掛ける。


「彼って、ここのボスだよね。大丈夫なの?」

「問題無い。ここの連中とは顔見知りだし、前に来たときはマジでボコボコにしたことがある」


 大体四日に一回は決闘騒ぎを起こしていた。

 あの時は魔導剣を使っても、俺の方が一方的にやられていた。

 それでもと共謀して策を練り、罠に嵌めて、一つだけは勝利をもぎ取った。

 

 そして今日は遂に正々堂々のタイマンで、箒を得物として、サラペンに完勝した。

 

(成長したな~)


 感慨に耽っていると、奥の方からドタドタと音が聞こえて来た。

 

 ドアを蹴り破り、魔導剣を抜いた若い人間の男がこの部屋に入って来る。

 

「ボス!! 貴様!!」


 ソファーに置いたサラペンの姿に激高し、風連玉を輝かせた魔導剣を振り下ろしてきた。

 勿論、剣の安全装置は解除されており、剥き出しの刃が俺の頭へと迫って来る。

 

「新人さん?」


 魔導剣を右手で摘まみ止める。

 

「何だと!?」


 左手の箒の先を新人さんの鳩尾に当て、身体の中へ通した彼の打ち込みの力を解放する。

 

「ぐっ!?」


 彼の手が魔導剣から離れ、膝から床へと崩れ落ちた。

 

「テメエッ、何、したッ」

「心配するな。威力は拡散させたから怪我にはなっていない」


 魔導剣を人差し指でクルクルと回す。

 立ち上がろうとする新人へ、後ろのソファーから声が掛かった。

 

「止めろ、ケン」

「ボス!」


 意識を取り戻し、身体を起こしたサラペンが、俺の箒へと視線を向ける。

 

「ヨハンに物理攻撃は通じねえ。全部喰われてカウンターにされちまう。前は風弾をガトリングすりゃ何とかなったが、今じゃそれも通じなくなった」


 ……。


「強くなったな、ヨハン」


「随分遠回しな歓迎だなサラペン。ツンデレか?」

「フンッ。醜態見て頭に血が上ったのはマジだったよ」


 傷が治癒し、汚れも無くなったサラペンが立ち上がる。

 

「嬢ちゃん、ありがとな」

「いいえ。お気になさらず」


 亜空間の蔵庫から出した服を身に纏い、その口に紙巻き煙草を咥える。

 マッチを擦った火を着けて一つ吸い、プハーと紫煙を吐き出した。

 

「もう六年か」


 灰皿に煙草を押して付けて、俺へと向き直る。

 

「ようこそ。魔月奇糸団第四席、【最強無敵 ヨハン・パノス】殿。あなたの来援、我ら盃ルーネ支部は感謝いたします」


 そう言ったサラペンは、俺に向けて深く頭を下げた。

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