国境戦線、異常なし

「国の為に頑張れよ!!」


― はい!! ―


 家族と、故郷の人達に見送られて、僕は王都へと向かった。

 片田舎から出て来た僕には、王都の全てが新鮮だった。


「あの……、すみません」

「何だ?」

「ッ」


 道に迷って、歩いている人に声を掛けて、振り返った顔がとんでもない強面こわもてで。

 冷や汗を垂らしながら、『どうしようどうしようと』と、思考のループがエンドレスに続く。


 睨み付けるように僕の顔を覗き込んで来た、魔人の女性。

 自分よりも頭一つ背が高く、顔は恐ろしくも、輝くように整っていた。


「随分とイモ臭い野郎だね。道にでも迷ったかい?」


 蛇に睨まれた蛙の有様で、身体は硬直していて、カチカチと噛み合わない上下の歯が鳴り続ける。

 怯え続ける僕に、彼女は顔をしかめ、そしてぶっきらぼうに言った。


「何処だい?」


 彼女の強い輝きを放つ紅い瞳に、恐怖で震える膀胱が、限界に達しようとしていた。


「何だい! そんなに震えてバカらしい!! 男らしくシャキッとしな!!」

「はい!!」


 彼女の怒声に応えた僕の声は、十六年の人生で一番大きなものだった。


 ……。


 年月は走る様に去って行った。


「国の為に、愛する人の為に戦います!!」


 ……。


 学院を卒業して騎士になり、結婚して、子供が生まれた。


 ……。


「我らが祖国の為に!!」


 騎士隊の隊長となり、忠誠を誓うべき相手に出会った。


 ……。


 炎が見える。

 抉れた泥土の中で、身体は指一本動かない。


 仲間の死体は、炎の中に消えた。

 霞む目に見えるのは、荒れ果てた地面と、持ち主の無い魔導武器と、ゴーレムの鋼の骸。


 それを踏み越えて、敵がやってくる。

 魔力洸を纏って、武器を携えて、全ての残骸を踏み潰して。


 彼らの雄叫びは勇壮で、そして絶望に泣き叫んでいるようだった。


 誰もが同じだ。

 誰もがここでは、希望の灯火を目指しながら、絶望を叫んでいる。


『僕の夢は騎士になって……』


 暗い闇に意識が呑まれていく。

 愛する人達の顔が、自分の中から零れ落ちていく。

 

 誰よりも愛する妻の顔が、自分の方へと手を伸ばす。


 それを掴む前に、閃光のような劫火に照らされて。


 一瞬の光を見る。


『騎士になって、君達を守るよ』


 穏やかに微笑む妻の顔と、いつかの強面の面影を宿した息子の姿が、一瞬だけ見えた。


 それはすぐに黒い闇に掻き消されて。

 

 終わった。


 ……。




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