記者と道化と青い竜


 愛車のガラス窓の向こうに広がる、戦場と化したルーネの郊外。


「何だ、あのゴーレムは……」


 閃光と共に現れ、星空にその翼をはためかす、鋼鉄の青い竜。

 モロ国民大臣の立て籠もる丘陵の山荘地を攻めていた者達も、ただ静かにそれを見上げている。

 

「あれ?」


 右手からフィルムを入れていたケースが落ちる。

 右の太腿に落ちたそれを拾おうと手を伸ばすが、指先に触れたケースは弾かれて、足の間に転がり落ちて行った。

 それでやっと、自分の手が震えている事に気付いた。

 

(まさか、俺は怯えているのか? 何に?)


 ガラスの向こうに見える景色を覗く。

 遠く見える強者達の軍勢が抱く静寂も、それは俺と同じ根源から来たものだと気付く。

 

 竜が顎門を開いていく。

 

 それはとてもゆっくりに見えて、開き切る前に、騎士や魔法士、そして開拓者達は防御結界の展開を完了した。

 ゴーレムや戦術魔導杖も使われ、非常に強固な結界が魔力洸を放っている。

 

(あれは個の存在が破れる物では、絶対に無い)


 戦術魔導杖一機が展開する結界でさえ、若竜のブレスを防ぐ程に強固なのだ。

 それが三十も数を揃え、更にはゴーレムや約三千人分の魔法が加わっている以上、逆にどうすれば破れるのかとさえ考えてしまう。

 

 だから大丈夫だと思い、それを直ぐに勘が否定した。

 

「先輩、舌を噛まないでくださいね」

「え?」


 アールマが魔法を使い、車がその穴の中へと落ちる。

 間抜けな声を出した俺の瞼には、その直前に見えた、青い竜が放った極大の閃光が焼き付いていた。

 

 * * *

 

「痛たた」


 愛車の中でシェイクされたせいで酷い眩暈めまいに襲われ、シートベルトをしていても色々と打ち付けた為に身体中が痛かった。

 

「……危機一髪でしたね」


 らしくない、緊張した声が、一瞬だけ誰のものか分からなかった。

 

「すまん、助かった」


 愛車は横転して窓ガラスが割れ、その先のフロントはグチャグチャになっていた。

 もしあのとき、アールマが機転を効かさなかったら、俺達は死んでいただろう。

 

「何なんだ……、アレは……」


 戦場となり、それでも原型を残していた丘陵の別荘地は、モロの敷地だけを残した、だだっ広い荒野へと変わっていた。

 

「あれ、恐らくは【青の機巧師】の作品ですよ」

「誰だ?」


 チラリ、と俺を見たアールマが、また正面を向く。

 

「ここ数年、裏社会の一部で異名だけが広まった、正体不明の錬金術師です。彼の作品はゴーレムや魔導兵器等ですが、表に出る事はほぼ無いそうです。ブラックベリーの闇オークションでは、彼の作品とされる戦闘装甲ゴーレム一機が、五千七百万金価で落札されと聞きました。実際性能も凄まじいそうで、西で起こった戦争において使用され、百機のゴーレムを一機で粉砕した、という噂もあります」


「それはガレ戦争の事か?」

「はい」


 二年前に起こった、ガレ王国とオビオン共和国の戦争。

 クーデターを起こし、国土の大半を奪ってガレ王国から独立したオビオン共和国。

 悪政を敷いた貴族への反発から始まり、国民の五分の四が共和国へと参加した。

 

 戦線は王国側が敗退し続け、共和国の軍隊が王都の目の前にまで迫ったという時、王城から戦闘装甲ゴーレムが一機だけ出撃したという。

 そのゴーレムは一万人の軍隊に単機で立ち向かい、結果、見事に共和国軍を壊滅させたそうだ。

 

 そんな妄想ような実話。

 

「青の機巧師の作品を見た錬金術師は自分に絶望するか、さながら『精霊鋼狂い』のようになるそうですよ」

「……。あの竜もそれだと?」

「はい」


 アールマの声は確信に満ちていた。

 

「絶望的だな」

 

 そう口にしたことで、逆に気分はすっきりした。


(まあ、諦念の極致に達したとも言えるかね)


 手の震えは止まり、奇跡的に無事だったカメラのレンズを上空へと向けた。

 青い竜と、そして、一機だけ生き残っていた戦闘装甲ゴーレムの姿を、アングルの中へと捉える。

 

 青い竜に相対する山岳迷彩を施された機体は、独特な赤黒い右腕を正面へと突き出していた。

 そこからは強力で禍々しい魔力の波動が放たれており、それが青い竜のブレスを防いだのだろうか。

 

 A級開拓者の【魔剣殺し】が乗り込む【アームド・ジオゴブリン】もまた、尋常の存在では無いのだろう。

 

「願わくば、ルーネの英雄に勝利を」


 つぶやくように祈って、カメラのシャッターを切った。


 

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