空の上より来たるもの 二

 男が倒れたと同時に襲い掛かって来た少女は、ニオと同じようにして気絶させ、パーナが魔法で腕を治療した男と一緒に、床の上に転がした。

 

「楽しかった?」

「まあそれなりに」


 それは良かったと彼女が、嫌味ではなく、笑う。

 彼女は物事を楽しみながら行う事に好意を示し、それを無く行う事に嫌悪を示す。


「あ、ヨハン。これ使って」

「了解だ」


 パーナから渡された二つの投げ矢と拘束用の鎖。

 まず投げ矢の先の針を男と少女の腕に刺し、中に入っている麻酔薬を注入した。

 そして鎖でグルグル巻きにして、隅の方へと除けておく。

 

 先に気絶させた者達は、既にパーナが処置を終えており、鎖巻きの蓑虫が廊下の隅に連なっているという、異様な光景が出来上がっていた。

 

(まあ、大剣位以上となると、色々と規格外が出て来るからな。縄を巻いて猿轡を噛ませる程度の拘束だと、全く効果が無くなってしまう)


 監視装置である鏡も【纏放】の一撃で全て割る。


 パーナの作業ゴーレムは、ニオを特に厳重に拘束して金属の箱へと詰め込んでいた。それが終わると、彼の仲間の残骸を、掃除機を使って背後のタンクへと集めていく。あのタンクは解析機にもなっており、得られた情報は、パーナが持つタブレットへと送られるようになっている。


 割とすぐに結果は出たようで、睨むようにしてタブレットを操作していたパーナが、その顔を上げた。 


「何か解ったか」

「うん。彼らの遺体から採ったDNAが、水の大神殿の中央魔導演算機に登録されていたものと一致したんだ。ただし、全員が一度登録されてから抹消されているんだよ。これはまあ、典型的な暗部へ組み込む為の処置だね」

「そうか。なら彼らを辿るのは難しいか?」

「彼らの個人情報をターゲットにするならね。でも実体の方に標準を絞れば、それ程難しくはない、かな? 今手に入れた情報をお母さんに送れば、色々と解かるはずだよ」


 亜空間の蔵庫からカモメ型ゴーレムが現れる。

 パーナはタブレットから棒状の記憶端子を取り出し、それをカモメの口に呑み込ませた。

 なお、パーナの母親は剣闘大会の控室に襲撃してきた『白装束の少女』であり、ベルパスパ王国の裏の執行機関である『華刃衆』の副長を務めているそうだ。


「これでよし。頼んだよ」


―― クワッ。


 了解、と一声鳴いてカモメが金属の羽を広げた。


「ヨハンお願い」

「ああ」


 船の壁に向けて、青燐の抜き打ちを放つ。

 カモメが通れる位の大きさの穴が開き、そこから外の空へと、カモメが翼を羽ばたかせて行った。


 青燐を上段へと構える。

 そして、カモメが船の結界に触れる直前で、一息に振り下ろした。


 斬撃が虚空を走り、船を覆う結界に小さな切れ目が生じる。

 僅かな時間だけ開いたそれにカモメが飛び込み、結界の外へと飛んで行く。

 カモメの姿は雲の流れの中に見えなくなり、結界の切れ目もすぐに自動で塞がってしまった。


「お疲れ様」

「そっちもな」


 お互いの右手をパシンと打ち合わせた。

 

「さて、これからどうしようか?」

「もうこの船にはいられないからなあ。だがまあ、警備の側はこいつ等で打ち止めのはずだ」


 チラリと、鎖巻きになった少女と男を見る。

 この船の運航会社もそれなりの規模を持っているが、それを考えても、真達位と心道位に届く程の実力者を用意するのは、簡単な事ではないのだ。

 警備の増援が来ないのは、切り札を全て切ってしまった為であり、次の手を用意するのに時間が掛っている為でもあるだろう。


(普通はS級開拓者並みの実力者が負けるとは思わないわな)


 俺達以外の乗客の気配は全て下の階の広間に集まっており、そこを守る様にして強力な魔法結界が展開している。俺でも壊すのに苦労しそうなレベルのものであり、よって万が一この船が墜落したとしても、彼らが負傷することはないだろう。

 

「なあパーナ。これ、完全に俺達が悪く言われるパターンになっているよな」

「そうなんだよねぇ。私達は被害者なのにさ。ま、この船の映像記録は壊しとかなきゃ、だよ」

「いいのかよ聖女様」

「仕方のない事です剣士様」


 パーナから『無属性化』された魔力が放たれ、それが船の中を走り去る。

 これは、どんな最新の魔導機器よりも優れた、彼女の解析魔法。


「記録装置はこの場所に在るよ」

「了解」


 パーナの右手が俺の額に触れ、そこから頭の中に、標的の位置を示すイメージが流れ込んで来た。

 青燐の切先を俺の六歩先の床、斜め下へと向ける。


―― 剣技・針通撃。


 神速の突きが生み出した斬風が、遮る全ての物を擦り抜けて飛で行く。

 そしてすぐに、目的の物を斬り壊した手応えが、はっきりと返って来た。


「お見事です剣士様。記録装置はそれはもう粉々になってしまいました」

「ご期待に応えられたようで何よりです聖女様。またのご用命をお待ちしております」


 お互いに軽く笑い合った。 


 警備の者達も、見つかりやすいこの場所に転がしておけば、そう時間が掛らずに救助されるはずだ。

 麻酔の効果はあと一時間で消えるという事だし、特に問題は無いだろう。


「さて、行くか」

「うん」


 潮の匂いを嗅いだ。


 パーナを後ろに庇い、襲い来る不可視の何かに向けて青燐を振う。

 剣からは凄まじい力が伝わり来て、一気に強化魔法の出力を上げる。

 刃がせめぎ合う緊迫した空気の中で、ぞっとするような無邪気な少女の声が、俺の耳を打った。


『うわ~、すご~い♪』


 機を見て青燐を払い、不可視のナニカを弾く。

 眼前に在った巨大な潮の匂いの塊が、俺の剣の間合いの外へと離れて行った。


「……」


 今の一撃で、ここより上の船の構造物は、その全てが消し飛んだ。

 結界も壊れ、冷たい天空の風が、何もない船上をただ吹き荒んで去って行く。


 茜色の雲が流れる黄昏たそがれを背にして、剥がれ落ちる景色の中から、五メートルもある異形の巨体が、その姿を現わした。


 その鼻を突く潮の匂いと、歪み混沌とした魔力の波動には、嫌という程の覚えがあった。


「悪邪。しかもこの魔力の強さは、上位階級にある存在ものか」


 にこりと、鳥の翼と少女のかおを持つ蟷螂かまきりが笑った。


『よく分かったね。ボクの名は【虚栄に連なる首切り鎌 キニュキュラ】と言うんだ! よろしくね♪』


 人類の天敵たる怪物が、うやうやしく会釈えしゃくをする。


『ボクは召喚主のお姉ちゃんとの約束があってね、君達を食べに来たんだ♡』

 

 人から離れた姿を持つ怪物が、人の言葉でおしゃべりをする。

 その声色はとても無邪気で、とても無垢な音色をしていた。



 

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