今日:生贄

~ ? ~


「お願い。みんなの力を貸してください」


 そう言ってボク達に頭を下げたのは、白と青のドレスを着た、とても綺麗なお姫様だった。

 

 いつもボク達のいる孤児院に、美味しいお菓子や新しい服を持って来てくれる、優しい三つ年上のお姉さん。

 公爵様の三人の子供の一人で、王立学院の生徒会長さん。

 いつも格好いい騎士のお兄さんが一緒で、#/%’=君が「お熱いですねー」と言うと、赤く頬を染めて「ち、違いますよ」と照れていた。


 お父さんやお母さんがいないのは寂しかったけど、大事なみんながいて、毎日が楽しかった。

 ボクは将来|*+&になりたくて、親友の&’’<ちゃんは@|~になりたいと言っていた。

 がんばろうね、とお互いに励まし合った。


―― でも、そんな毎日は呆気なく壊れてしまった。

 

 王都は、狂った勇者のせいでこの世から消えた。


 多くの人が死んで、&’’<ちゃんも死んだ。

 

 生き残ったボク達は故郷から逃げた。


 そして、苦しい旅の果てに辿り着いた小さな町で。

 お姉さんはボク達にお願いした。


「あなた達の祈りで、偉大なる御使いをお呼びするのを手伝ってください」


 それでみんなの仇を取る事ができるから、と。


 ボクは頷いて、みんなも頷いた。


 お姉さんは両手で顔を覆い、震える声で、「ありがとう」と言った。


 * * *


 魔晶石に照らされた広大な伽藍。


 その中央にあるのは、すり鉢状の深い穴。

 その底で少年少女達が一心に、自らの信じる聖霊へと祈りを捧げていた。


 彼らの姿を十三の守護者を象った石像達と、ガラス越しにコロネ達が見守っている。


『それではこれより、救世の御使いをお呼びする儀式を始めます』


 金属の擦れる音が響き、岩の天井がゆっくりと開いて行く。


 祈りの声は途切れる事無く、やがて彼らの上には、青い空が現れた。


 壁面に埋め込まれた魔導装置が、その回転を上げ、伽藍の中を濃密な魔力が満ちて行った。


『僕達を助けてください』

『私達を助けてください』


 これらはまさに、穢れ無き無垢なる真心の声。

 

 古き時代より残されし、叡知を詰め込んだ機械の咆哮の中にあってさえ、それはコロネ達の居る場所まで、不思議とよく聞こえていた。


『時空境界の歪みを確認。第三シフトを終了し、第四シフトへ移行』


 守護者の一つ、その両目から赤い涙が零れ落ちた。

 それはやがて流れとなり、穴の中へと進んで行く。

 すり鉢状の穴の中を、渦を巻く様にして降りて行く。


 * * *


「これが悪邪の召喚ですか」

「そうよ」


 食い入るように中の様子を見るコロネと、真剣な眼差しで、しかし楽しそうに笑うエメテアス。


「この古代のダンジョンを改造した施設は、その為に作られたものなのよね。外で行う雑な召喚と違って、術式の細部までを、使用者の手によって調整することができるの」


 穴の中へと流れる涙、その色が赤から黒へと変わっていった。


「使われた技術としては、古代第七文明の『超世界』の物でしょうか?」


 エメテアスは、ミーラジュのその言葉に驚いた。


「正解よ。お若いのに、随分と見識がおありなのね」


 エメテアスの視線が一瞬だけ青年の方を向いた。


「古代文明の研究で名を馳せる、あのペペシュート様にそうおっしゃっていただけるなんて、身に余る光栄です」


 そう言ったミラージュは、実に嬉しそうに微笑んだ。

 まるで童女のようなその笑顔に、エメテアスは毒気を抜かれ、それ以上の追及をしようという気は無くなってしまった。


「来たよ」


 ペンギンを抱えた少女がそう呟いた時だった。


 涙が黒へと変わり、空から光が消えた。

 巨大なナニカが空より降りて来て、黒く変わった涙が穴の中で渦を巻く。


 子供達は一瞬で挽肉になった。


 それが集まって塊となり、穴の底で卵のような形へと変わる。


「これが、世界の禁忌……」


 それが放つ余りの魔力の強さに、コロネは酷い吐き気を覚えた。


 頭の中に泥水を入れられ、それを棍棒でかき混ぜられているような気分だった。

 

 もし特別に防護されたこの部屋にいなければ、心を壊されていただろうと、彼女は思った。


『……!』

 

 錬金術師の少女が何かを叫んでいたが、床に崩れ落ちたコロネの意識は朦朧としていて、頭がその言葉を全く理解することができなかった。


 ローネシアも、エメテアスとその侍女達も同じように床の上に倒れ伏している。

 

 ただミラージュ達だけが、涼しい顔で立っていた。


「エズィ、お願い」

「おっけーママ」


 少女が左手をコロネ達へとかざした。

 黒錆色の魔力洸が走り、コロネ達を襲っていた不快感が消えた。


「コロネ様大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう」


 コロネは、自らを抱き起したミラージュに礼を言った。

 ローネシアとエメテアス、そして侍女達も呪縛から解放されていた。

 

「お姉ちゃん?」


 コロネは青褪めたエメテアスに疑問を覚え、それを頭が認識した錬金術師の声が裏付けた。


『お逃げください! 儀式は失敗しました!!』


「え?」


『悪邪が目覚める前に早くくくくくううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううん』


 肉の卵にひびが入る。


『お呼ばれしちゃった♪ キャハ!』


 中から何かが覗いている。

 それは、誰かの少女の顔で……。


『いいよ。君達のお願い、ボクが叶えてあげるよ♪』


 卵が砕け散り、異形の姿が現れる。

 そして、それの吐き出した黒い劫火が、ダンジョンの全てを消し飛ばした。

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