空の上より来たるもの 一
パーナが亜空間の蔵庫から、先端が注射器になった投げ矢を取り出す。それを右手のスナップでニオへと放った。
投げ矢は剥き出しの首元に刺さり、中に入っている液体がニオの中に注入される。
「パーナ。警備が向かって来ている」
「了解だよ」
更に蔵庫から作業ゴーレムが現れ、ニオの身体の確保へと進み出る。
その進路上の虚空が揺らぎ、中から金色の髪の少女が剣を抜いて飛び出してきた。
両手に持った魔導剣がゴーレムへと振り下ろされ、その間に割り込んだ俺は青燐でそれを弾く。
その衝撃を受けた少女は魔導剣ごと水平に飛んで行ったが、身体を宙で回転させて勢いを殺し、危なげなく床への着地を決めた。
(船の護衛に雇われた開拓者か。ニオよりも大分劣るが、真達位の下の上程度の力はあるな)
魔導剣の安全装置は切っているようで、魔導機構の土錬玉が輝き、剣身を覆う黄土色の魔力刃が見える。
しっかりと整えられた身なりと、真っ直ぐな橙色の瞳から、彼女は所謂『真面目な委員長タイプ』の性格だろうと当たりを付けた。
若く才能に溢れ、正義感の強い人物によく見るタイプである。
「この船での狼藉は許しません。警備を預かる者として、対応させていただきます」
彼女の声には強い警戒の色が
先程のニオとの戦いを見ていただろうに、遠距離攻性魔法を使って、問答無用で制圧しようとしない所が実に若い。
(一応戦いの決着を待つ程度の忍耐はあるが、意識を失った
少女の外見は人間そのものであり、そこから見るに年齢は俺に近いものだろう。
対する俺も肉体は十代だが、こちらの魂は見事におっさんだ。
仮に「お前を年長者として教育してやろう」など言おうものなら、セクハラになるのだろうか?
(少し緊張が緩んだせいで思考に遊びが出たな。彼女は単独で先走る程度には青いが、しかし俺達の注意が自分に向いたのを感じ、対応を待ちに変える判断力がある。下に見ると痛い目に遭う位には優秀なようだ)
クックックと笑ってみるが、しかしその挑発に彼女は動かない。
膠着している間に時は過ぎ、近付いて来る増援の気配も、その数が四十へと膨れ上がっていた。
(面倒そうなのが一人混じっている。追撃されると面倒だから、ここで叩いておくか)
壁に設えられた鏡に目を向ける。
等間隔に横並びに設えられたそれは、ただの装飾品ではなく、内の幾つかはカモフラージュされた監視用の魔導機器である。それに映った映像は、この船の何処かにある遠見の水晶へと送られ、管理者側に状況を伝えるようになっていた。
「大人しくしていただければ、私も手荒な真似はしません。あなた達とそこに倒れている彼らに、法の下、公正な対応をすると約束します」
(……そう言えるということは、彼女は上の関係者なのだろう)
少女の言葉のすぐ後に増援が駆け付け、俺とパーナは彼らによって包囲されてしまった。重魔導鎧を纏う彼らの殆どは中剣位程度だったが、その内の七人は大剣位で、二人が真達位相当の力を持っているようだった。
そして。
「お嬢様、先に行かれては困ります。彼は余りにも得体が知れません」
「ごめんなさい」
魔導剣を構えた壮年の男が少女へと苦言を呈し、それに少女が謝罪をした。
その男の実力は、増援に来た者達の中から頭一つ以上抜けており、他の者達も彼を中心にして動いているようだった。
「さてお客様方。この船の中での私闘は禁じられております。どうか剣を納めて投降し、自分達に同道しては頂けないでしょうか?」
至極真っ当な言葉であり、それに従うのが普通なのだが……。
パーナへ目を向けると、彼女は首を横に振った。
(分かっている)
パーナの仇である水の大神殿の旧中枢メンバー。
そこに繋がっている
(それにこの船の手配はグロリアのメイドがした。つまりこれは、彼女なりのサービスという事なのだろう)
水の大神殿の【白鳥の旗 ノカリテス・カラオン】元法王は公爵家の出身であり、その政治思想には急進的な『女性主義』を掲げていた。
その思想に各地の少なくない女性が共鳴し、社会の表裏に多くの支持者と協力者が生まれることになった。『魔剣皇帝の復活』という、禁忌中の禁忌を犯して水の大神殿を崩壊させた後も、各地に存在する彼女達の手によって、カラオン元法王とその側近達は逃亡を続けている。
その痕跡を掴むことは非常に困難を極めているそうだ。パーナの祖国である大国、ベルパスパ王国の諜報機関の網にさえも、掛かるのはカラオン一派の末端の者達ばかりであったという。
(だからこそ、ここに交渉の余地などない)
俺達を包囲する者達へ、返答の意味を込めて殺気を放った。
「投降はしていただけない、ということでしょうか……」
壮年の男が持つ魔導剣の火錬玉に赤色の輝きが灯る。
他の者達も魔導武器を戦闘状態にして、その切先を俺へと向ける。
最後に、俺は問い掛けて来た彼に向けて、はっきりと拒絶の意志を示した。
「すまないが、此奴を君達に渡す事はできない」
左手一つへと青燐を持ち替える。
「青燐弐式……」
青燐の水錬玉、その青い魔力洸に紅が混じる。
それを見た壮年の男が「確保してください!」と号令を放った。
「蛇竜の型」
青燐の剣身が分かたれ、その姿が多節剣へと変わる。
空間を自在に這い走る剣身は、警備兵達の魔導武器と重魔導鎧を、瞬く間に斬り砕いて行く。
その最後に壮年の男を狙い、青燐の切先を走らせたが。
「エルヘント!!」
少女が悲鳴を上げ、しかし、紅葉色の魔力洸を迸らせる、壮年の男の魔導剣に受け止められてしまった。
「うおお!!」
裂帛の気合と共に魔導剣が振られ、青燐の切っ先が払われた。
そのまま追撃しようとした彼を、蛇腹となった青燐の剣身で牽制し、その動きを止めさせる。
一瞬で剣身を戻し、元の魔導剣の姿になった青燐の切先を彼らに向け、最後のラインとする言葉を掛けた。
「このままお互い引くという訳にはいかないだろうか?」
彼らに怨恨は無く、斬る理由も無い。
省エネ状態でも、【針通撃】と【纏放】の複合技だと威力が強すぎて彼らを殺してしまう。
防御障壁と鎧を通った後の斬撃は対象の中で爆ぜる。そして鎧と防御障壁によって逃げ場を失った斬撃は、肉体を内からジュースになるまで斬り刻むのだ。
だから今回は『青燐弐式』を使って防御障壁と鎧を砕き、同時に加減した【纏放】で以て、彼らの意識を奪う事にした。
更にこちらの提案へと彼らの意志を傾ける材料にするつもりで、主導権を握る男が『お嬢様』と呼ぶ彼女には、手を出さなかったのだが……。
「エルヘント、私も」
「いいえ、お嬢様に彼の相手は無理です。もし万が一自分が敗れたら、すぐにお逃げください」
しかし彼らは俺に向ける魔導剣を鞘に納めず、言葉への応答も無しに、俺に刃を向けるままにしている。
一応は男の剣も壊そうとしたが、【纏放】で威力を減じた一撃では、砕くには足らなかったようだ。
(ま、彼にも職務上の制約があるだろうからな。A級以上の開拓者の契約は面倒臭くなるというし。それに『魂彩の魔力洸』まで持つ相手だ……)
改めて右手一つで青燐を構える。
「そう容易くはないか」
それに返すように、男が剣の切先を向けて、一気に踏み込んで来た。
神速から放たれた男の諸手突きを鍔元で受け流す。
しかしすぐに剣は振り被られ、紅葉色の炎を纏う打ち下ろしとなって襲い掛かって来た。
男の剣はその精度、速さ、威力の全てがニオを上回っている。
―― だからそれに。
―― 口元が緩むのを止められない。
受け流しを止め、青燐の柄の端へ右手を動かし、左手で鍔元を握る。
そのまま左足を踏み込み、身体ごと回転させる切上げに変えて男の剣を迎え撃った。
青と赤の刃の激突に閃光が生まれ、その衝撃が風となって吹き荒れる。
「ラアッ」
「うおおおおおおおお!!」
音さえ置き去りにする剣戟の数が、瞬く間に積み上がっていく。
襲い来るのは一目で最上の業物と解かる名剣。
しかしそれに俺の握る青燐は、一切打ち負けることが無い。
―― いや。
傷付き刃毀れを増やしているのは相手の剣だけだ。
青燐の剣身には曇り一つ無く、輝きは清水のように澄んでいる。
俺の思う軌跡を、青燐は裏切ることなく、自在に描くことができる。
折れず、曲がらず、砕けず。
赤の剣閃よりも眩く、青の剣閃が翔けて行く。
クソ狼との時もそうだったように。
高揚していく俺の心。
(さあ、さらにギアを上げるぞ!)
省エネを止め、魔力活性から強化魔法に切り替えた。
俺の身体を薄っすらと紺碧の魔力が覆い、青燐の水錬玉の青い魔力洸も、眩い紺碧へと変わる。
それに、目を血走らせ顔中に汗を浮かべる男の顔が、驚愕へと転じた。
「何だとっ!?」
次の瞬間に訪れた剣戟。
紺碧の剣閃が紅葉色の剣閃を斬り裂き、男の魔導剣の剣身と、その右腕が宙を舞った。
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