エピローグ:旅立ちの日
~ ヨハン・パノス ~
ペシエを後にしてから四か月が過ぎた。
クソ狼とゲルトは外の世界に帰ったが、俺とパフェラナは風見の森の猟師小屋に留まり、旅へ向けての準備を進めていた。
そして今日。
長く滞在したこの地を後にして、魔剣皇帝を破壊し、囚われた【青の聖剣】を救うための旅を始める。
「あっという間だったね」
「そうだな」
パフェラナの声には感慨の色がある。
青燐が完成した後、俺はリハビリも兼ねて、パフェラナを連れ狩りに出かけた。
深部の魔獣に全く歯が立たなかった彼女も、今ではそこそこに立ち回る事ができるようになった。
「じゃあ封をするね」
「頼む」
パフェラナの機巧魔導杖から放たれた青い魔力洸が猟師小屋全体を覆う。
俺達の見ている前で猟師小屋はその姿を消していき、すぐに周囲と同じ森の景色へと変わった。
「行くか」
「うん」
手を合わせる。
「この世は全て ありがたく 思い願うは ありがたし」
五手乃剣・第六手。
剣技・
俺の中に、この森に満ちる自然魔力が流れ込んで来る。
荒ぶる膨大な魔力を身体の中で一つの流れへと変え、魔法へと収束させる。
「我が客人を 此方より彼方へ」
「風と水は進み」
「旅路は結ばれる 【
転移魔法が発動し、紺碧の魔法陣が俺とパフェラナを包み込んだ。
浮遊感が身体を襲い、それはすぐに魔法の輝きと共に消える。
木々に覆われた風見の森の景色が消え、俺達の目の前には広大な草原と、遠くへと続く街道の姿が現れた。
「向こうに見える小山を超えれば、すぐにキーリンの港町だ」
「あ、了解だよ」
街道の脇に見える崖を、面白そうに覗き込んでいたパフェラナが振り返る。
「ねえヨハン」
「何だ?」
パフェラナには珍しい、恐々とした、遠慮するような声音。
「私達って、結構長く同じ屋根の下で過ごしたよね」
「そうだな」
要領を得ない言葉に、首を傾げる。
「私の裸も、何回か見たよね?」
「全て不可抗力だったがな」
話の雲行きがおかしくなる。
「じゃあさ!!」
最高級の人形よりも整ったパフェラナの顔は紅潮していた。
(これは、まさか告白か!?)
モテ期到来!
そして遂に、長き童貞に終止符が!!
「私の事は、愛称で呼んで!!」
「……。ああ、そういう事か」
「了解だパーナ」
「うん!!」
パーナが笑い、俺も笑った。
長い旅になるだろう。
そしてその終わりにも、同じようにパーナと笑い合っていたいと思った。
歩みを始めようとしたとき、強大な魔力の気配を感じた。
離れた場所に沈香茶の魔力洸が現れ、その中から【戦獣騎 バルコフ・ジュノーク】の姿が現れる。
「ヨハン……」
「大丈夫だパーナ。すぐに終わる」
「気を付けてね」
パーナが俺から距離を取るのを見届けて。
腰に下げた青燐を引き抜いた。
「やっと直ったのか」
「ああ」
バルコフの右腕の付け根までを覆う、巨大な木製の
本来の姿は杖であるが、持ち主によってその姿を変化させるという。
伝説に幾度も記され、ある国の至宝とまで称えられた魔杖。
銘を【ミストルティン・ドラゴン】。
別名を『人喰いの杖』。
「我こそは、魔月奇糸団第七席に在る【戦獣騎 バルコフ・ジュノーク】。我が同胞に参じようとする汝の力、試させてもらう」
そう厳かに告げたバルコフは、俺に向けて拳を構えた。
「そうだな。ここが俺達の本当の仕切り直しだ」
異名を持たない、自らの在り方さえ無い男ではなく。
社会の底に蹲る、立ち上がる気概を忘れた男でもない。
魔導剣【青燐】を構える。
「俺の名は【最強無敵 ヨハン・パノス】。【鏖風奇刃 ハリス・ローナ】より剣を継いだ、魔月奇糸団の第四席だ」
バルコフが目を開く。
そして、狼の口に獰猛な笑みが浮かぶ。
「少しは気張れよクソ野郎。間違って喰い殺されないようにな」
沈香茶色の、莫大な魔力洸が狼獣人の身体から噴き上がる。
「そっちこそ、注意を絶やすなよ。俺の剣に付いて来れず、間違って斬り殺されないようにな」
紺碧の魔力を静かに纏う。
その量こそ僅かであるが、輝きの強さは沈香茶の輝きと互角以上にせめぎ合う。
「ウオオ!!」
「ハアア!!」
沈香茶の魔杖と、紺碧の魔導剣が激突した。
衝撃波が走り、強い風が吹き荒れる。
それは周囲を覆う雲を浚って行った。
晴れた青空から太陽の光が降り注ぐ。
それは崖の向こう、この空に浮かぶ大陸の下に広がる、果てしない大地の姿を照らし出した。
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