人の角、人の牙、人の爪/剣士を目指した者 五

 キトリアに着いてから一週間が経った。

 道中に襲って来てくれた竜共の魔生石を売り払って、かなりの大金を手に入れる事ができた。


 だから安全等、諸々を考えてキトリア最高級のホテルに泊まり、少し身体を休める事にした。


「四十八、四十九、五十っ」


 素振りを終えたニパンが肩を落とす。

 剣と同じ重さの木剣が、その切先を地面へと落とした。


「よし。良くなってきてるぞ」

「あっ、ありがとう、ございます」


 イクリプスを抜剣。

 黒い剣身の金の刃が、ニパンの首の横に止まり、剣風がニパンを打った。

 

「っ」


 膝から崩れ落ちたニパンの、その眼前にイクリプスの切先を向ける。


「力尽きて剣を下げた時が一番の隙になる。駆け出しがよくられるのが、この瞬間だ」


 駆け出しだけじゃない。

 一流と呼ばれるに至った者も、その隙を突かれて、簡単にられてしまう。


 人だけじゃない。

 知恵を持つ獣、狡知こうちを持つ魔獣は、人の弱みを見逃さない。


 おごった者はすぐに死に、慎重な者が長く生きる。


「強者が弱者を侮る事と、弱者が剣を下げる事は同じだ。同じ、敵と向き合う事を捨てたという事だ」


 強く言った言葉じゃなかった。

 しかしニパンは、歯を食いしばり、大きく頷いた。


 疲弊し、立ち上がる事さえ容易ではない少年は。

 しかし、その灰色の瞳の奥に灯る、意志の光に陰りは無い。


「よし。次だ」

「はいっ」


 ニパンが木剣を握る。


「今度は握る両手の幅を無くせ。剣を細かく使えるようになる」

「はいっ」


 ニパンが剣を振るう。

 疲労を抱えながら、しかし、しっかりと前を見ている。


「戦いで剣を無くす事もある。それなら次の剣を探せ。拳が使えるのは、人とのたわむれだけだ」


 ニパンは振り向かず、他の全てを忘れたように、一心に剣を振るう。


(それでいい)


 切先はぶれ、刃は定まらない。

 しかし、こいつの剣は、いつか心道位へ届くだろう。

 それだけの才が、こいつにはある。

 

「人は獣のように、角も牙も爪もない。だから人にとって、その全てが剣だ」


 この世界でも、人は脆弱ぜいじゃくな存在だ。

 武器が無く、真正面から戦えば、同じ大きさの犬にすら負ける事がある。


「剣を握り続けろ。それが戦いだ」


 木剣が風を打った。

 初めてヒュンッと音が鳴った。


 汗だくのまま、剣を握り、ニパンが前を向いている。


 俺の顔は、笑みになっていた。

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