流れ/剣士を目指した者 六


「剣の奥義って何でしょうか?」

「うん?」


 魔導車の窓の外を見ていたら、突然そんな事をニパンに聞かれた。


「剣の奥義?」

「はい」


 真剣な顔のニパンと、その隣からのぞき込むように顔を向けているアルネ。

 ゾハスは助手席で、我関せずとしながらも、耳はこちらを伺っている。


「その問いは勝負の決め手となる必殺技という意味か? それとも神髄しんずい、剣の技の本質は何かという意味か?」

「えっと……」

「??」


 二人は混乱して、しまったと思った。

 

「すまん。言い方が悪かった」


 こいつらの生い立ちを考えれば、配慮の欠けた俺に非がある。

 

 だから少し考えて、言葉の方向を変えてみる事にした。


「ニパン、どうしてその質問をした? それで俺の答えを聞いて、どうしようと思ったんだ?」

「えっと、強くなるにはどうすればいいのかって話してて。ヨハンさんに剣を教えてもらってるけど、でも僕が竜に勝てるとは思えなくて。けどゾハスが剣の奥義があれば、竜に勝てるって」


 それはたどたどしい喋り方だったが、しかし強い熱意のある言葉だった。


「なるほど……」


 三人の視線が、俺に集まる。


「そういう事なら、その『剣の奥義』の答えは『修行を積み上げる』、だ。さぼらずに毎日剣の修行を続ければ、強さは必ず手に入る」


「……」

「……」

「……」


「不満そうだな」


 これ以上ないって位のしかめっ面だ。


「まあ上級魔法や超級魔法のようなものなら、世界各地にある剣の流派が、それぞれ秘伝と呼ばれる技を持ってるな」


 聖典教会の聖典武術作法や、クシャ帝国のクシャ式戦剣術。ベルパスパ王国の指手猿飛流してさるとびりゅうにタニスン連邦の氷破軍刀流等々などなど


 何百という戦場に飛び込んで、百を超える流派の使い手達と戦った。

 直剣や曲剣、長大な大剣から毒や細工を仕込んだ奇剣。

 魔剣、魔導剣、そして精霊刀。


 ひとえに剣士と言って、剣と言って。

 その在り方はとても広く、とても深い。


「剣に魔力や闘気を合わせたり、或いは全く剣だけを使ったり。国や地域によって毛色が違うのはざらだし、同じ流派の技でも、使い手によっては別物になったりする」


 それにこの世界は人の意味が広い。

 エルフやドワーフ、ゴブリンやトロール。獣の姿を宿す獣人や、後天的に変異した魔人など。


 オトネのように翼を持つのであれば、剣の扱いは、人間とは異なるものになる。


「お前の五手乃剣はどうなんだ?」

「少なくとも秘伝ではないな。来るもの拒まずでオープンにしているし」


 技の威力は、他の剣技を凌駕りょうがしているという自負はある。

 そして、そもそも五手乃剣はであるから、他の流派の技と組み合わせる事ができる。


「だが習得できるかどうかは別の話で本人次第だ。まあそれが深刻過ぎて、危うく失伝しかけたんだがな」


 長大な年月の中で習得者が四人というのは、切実に過ぎる問題だ。

 もし先生が魔人で、魔剣メサイアの主でなかったら、五手乃剣は歴史の中に消えていた。


「僕は……」


 ニパンの頭を、少し強めに撫でまわした。


「うわ!?」

「今はお前の背が低くて、回りがでかく見えるだけだ。一歩ずつだ。焦る必要は無い。言ったろ、お前には才能があるって」


 ニパンが俺を見る。

 食い入るように、確かめるように。


「ここに来るまでに俺が倒した竜程度、軽く倒せるようになる。それが今じゃないってだけの話だ」

「……はい」


 ニパンが頷いた。

 コクリと普通に、しかし強い意志を込めて。


「ア、アルネもっ」

「そうだな。アルネは特に魔力量が多い。俺の知る限りの魔法を教えてやるよ」

「つ、強い?」

「ああ」


 上級魔法を八つと、超級魔法の基礎テンプレートを知っている。

 先生とヤパスに教わって、宝の持ち腐れになっていた魔法だ。

 

「とても強い魔法だ。使えるようになれば、俺よりも強くなれるさ」

「が、がんばる!!」


 アルネがフンスッと鼻息荒く、小さな握りこぶしを作った。


「俺の魔力は御覧の有様だからな。ゾハス、アルネに教えるのを手伝ってくれ」

「……」

「そのついでにお前も俺の魔法を盗めばいい。どうだ?」

「……分かった」


 ゾハスの顔は窓の外を向いて、ぶっきらぼうな答えが返って来た。


 長身で老け顔のゾハスを、出会ったときは同じ十七歳位だと思った。しかし十一歳と聞いたときは、本当に吃驚びっくりした。


 車窓の景色が変わる。

 高級住宅街から、商業街のそれへと。


 整えられた道を、多くの観光客が歩いている。

 その中には家族連れも多く、ニパン達と変わらない年齢の子供が、両親に手を引かれ、楽しそうに笑っている。


 ニパンとアルネとゾハスは、この光景の中に居た事があるのだろうか。


「さて、見えて来たな」


 大通りの先にそびえる、白亜の巨大な建物。

 この国最大の百貨店として、国外にも知られる場所。


「この車を降りたら、あとは一方通行だ」


 ニパンが頷いて、その後を追う様にアルネが頷き、ゾハスが頷いた。


 車が止まった。


「行くぞ」

「はい!!」


 ドアを開ける。

 暖かい日差しが、ニパン達を照らす。

 

(幸多き道を、どうか彼らに)


 少しだけ目を閉じて。

 この国で最初で最後となった祈りを、心の中で唱えた。


* * *


 ガレ王国の東の果て。

 濁流の流れる河に突き立った、幾つもの針のような岩山の、その一つのいただきに。


 さむらいが一人、たたずんでいた。


 壮年を前にしたよわいの、その鋼鬼人スチールオーガの男がまとう気配は、朝露のように冷たくみ。

 細く引き締まった鋼色の体躯たいくには、その歴戦の傷跡が刻まれていた。


 ピイヒョロロと、風の中に鳥の声が響く。


 鳥の影が何度も男をで、打った翼の影が頬を叩いたとき、一枚の羽が空の中へと落ちた。


「ッ」


 抜刀一閃。


 赤い刃の軌跡が羽を絶ち、凄烈な剣風が向かい来る風を斬った。


 凪ぎ、静まる。

 

 縦に分かたれた羽がヒラヒラと、濁流の中へと落ちていった。

 

 パチパチパチ。


「お見事ですわ。流石さすがはこの国一番の剣士と言われるだけはありますわね、【鎖竜剣さりゅうけん ケビラ・マハ】」


 男、ケビラが振り仰ぎ見たのは、頭上に浮かぶあかい雲の上に立ち、紅い鍔広つばひろの帽子を被った、若い女の姿だった。


「精霊刀が持つ嵐の如き気性を制し、なおそれだけの技を振るう。めて差し上げますわ」


「何者だ」

「あら無粋ぶすい


 女は扇子を取り出して唇に当て、覗かせた紅目を細めて「ホホホホ」と嘲笑わらう。


「お分かりでしょうに。あなたと同じ、『レース』の参加者ですわ」

「そうか。貴様、紅暴鬼あかばれの縁者だな」

「ええ」


 女が目を細め、開いた扇子で口元を隠した。


「暴食よ れ」


 天空を薄い青紫色である、楝色おうちいろの魔力洸が覆った。


 虚空に現れた膨大な王水が、万を超える牛程の大きさのはえの形となり、ブブブブと不吉な羽音を響かせる。


 王水は金や白金さえも溶かす強力な酸であるが、女の魔力でその性質を強められた今は、小瓶一つの量で町一つを滅ぼす力を持つ。


―― 超級魔法『絶対暴食の王帥蠅おうすいばえ』。

 

 畢竟ひっきょう、国の一つを滅ぼし尽くすに足る千万の数の蠅が、ただ一人の男を襲う。


「カッ!」


 ケビラがその手に持つ刀を、今度は振るった。


 剣身から荒れ狂う様に劫火があふれ、それが蛇竜の形となり、巨大な炎の顎門あぎとを開く。

 蠅の全てを呑み込み、しかしなお足りぬと、手当たり次第に喰らい付く。


 見渡す限りの岩山と河が蒸発し、空が赤く焼けただれ、しかし炎の邪竜は、もっと暴れさせろと、鞘に納められるのをいとい、咆哮ほうこうする。


しずまれ【阿峨丸あがまる】よ」

 

 ケビラの鉛丹色えんたんいろの魔力洸が、刀を抑えるように包み込む。

 阿峨丸から溢れていた劫火は徐々に収まっていき、熱の取れた剣身がカチンッと鞘に納められた。


 残された熱で空気は歪み、至る所で陽炎が立ち昇る。


 景色は一変していた。

 ケビラの立つ岩山以外は消えて、河は干上がり、水の戻る気配は無かった。


 しかし雲に立つ女は無傷のまま、その右手に持つ扇子をパタパタとあおぐ。


「酷いですわねえ、精霊刀をけし掛けるなんて」

「超級魔法を使った貴様がそれを言うか」


「だって当然の事ですわ。お姉さまを侮辱したのだから。まあ私、全然本気じゃなかったですけど」


 女は雲を蹴り、ケビラの前に立った。 パタンと閉じた扇子で、鋼の偉丈夫の心臓の先を指す。


「でも次口にしたら、この国ごと消し飛ばしますわ。お気を付け遊ばせ」

「不遜だな。我が国の土をついの寝所としたいなら、是非もない」


 ケビラが一歩前に進み、扇子の先がその鋼の肌に触れた。


「その時は俺が手ずから墓石に刻んでやろう。貴様の名は?」


 それを女はフッと鼻で笑う。

 鋭い牙ののぞく紅い唇が開き、告げる。


「私は盃西方統括役【溶滅ようめつの牙 オリエッタ・リエルン】。偉大なる紅風あかかぜの剣魔の継承者を討ち取り、魔月奇糸団の新たな黒翼となる者ですわ。見知りおきなさいな、田舎侍いなかざむらい

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