転/剣士を目指した者 七

~ ………… ~


 まるで泣き叫んでいるようだと、昔、誰かが言った。


 王都キレの王城が赤く染まっている。

 赤を煮詰めたような夕陽が、億千万個の魔導煉瓦れんがを組み上げて作られた城壁を叩いているのだ。


 空に雲は無い。

 乾いた風は止まない。


 城の最奥にある回廊の窓から、それを見上げたケビラはふと、子供の頃に尋ねた言葉を思い出した。 

 

―― 王様って何?


 父は領主である伯爵に兵士として徴発され、どこかの戦場で死んだ。

 母と姉は、誰かの放った魔法の炎に焼かれて死んだ。

 家は灰になり、麦畑は汚泥になった。


 隔世遺伝によって、人よりも並外れて頑強な肉体を持つ、鋼鬼人スチールオーガに生まれたケビラだけが生き残った。

 

 ケビラは憎んだ。

 強く深く、心が砕ける程に憎んだ。


『今度の王様はよ、俺達の事をよく考えてくれるお方だそうだ。これでこの腐った国も良くなるだろうよ』


 領主に捕まって奴隷にされ、過酷な労働に酷使された。

 魔獣の前に、ぼろ布一枚の姿で放り出された事もあった。

 

 ケビラ以外にも少なくない奴隷がいた。

 その誰もが、一年以内に死んでいった。


『王様は良い方だ。先王や兄弟達と違って、俺達平民の事をいつも心配してくださっているそうだ』


 汚れた地下の片隅で、身体に掛ける物さえ無く横になるケビラに、疲れ切った顔の、少し年上の奴隷が言った。


『いつか王様が助けてくれる。それまでの辛抱だ』


 翌日に彼は死んだ。


 そしてある日、ケビラは領主の賭遊戯カードゲームの代償として売り払われた。


 新しい主は、ケビラを用心棒の一人として使った。

 最後は、はぐれ竜の囮としてケビラを捨てた。


―― 王様は助けてくれない。


 そもそもケビラの主だった者達が、王が王子だった頃よりの、王の腹心だったのだ。

 

 背後からケビラを斬り、竜の前に蹴り出した男が、王と親密にしている様を何度も見ていた。


 ケビラは王と最初に会ったときの事を覚えてる。

 ケビラを見て、溜息を吐いた王は、ケビラの主に言ったのだ。


―― 『程々にしておけよ』、と。


 そして、今。


 心の底から憎んだ存在ものが。

 泥の中でつくばりながら見上げた存在ものが。


―― あんなにおそれを抱いていた全てが。


 ただ虚しさだけを持って、ケビラの目に映るようになった。


「あら、感傷ですの?」

「……」


 ケビラは、背後から掛けられたオリエッタの声を流した。

 彼女の扇子がパタパタと動き、その度に、濃密な花の香りが広がって来る。


 それがケビラの鼻には煩わしく、しかし顔には感情をおくびにも出さず、窓から離れ前を向いた。


「行くぞ」

「お願いしますわ。この城はごちゃごちゃ していて、迷いそうですもの」


 パタン。


 ケビラの後を紅の妖婦が笑み、進む。

 一定の距離を保ったまま、汚れ一つ無い深紅の絨毯を、優雅に踏みながら。


 回廊の至る所に施された精美な彫刻。

 

 城を一つ買える価値を持つ東方の陶磁器。

 町を一つ買える価値を付けられた古代の彫刻。

 かつて、これを争って国が二つ滅んだと言われる絵画。


 その全てが、鋼の侍と紅の妖婦の放つ威風の姿に比べれば、褪せて見える。


「何用だ」


 ケビラ達の進む先に男が現る。

 大勢の騎士を引き連れ、ケビラの進路に立ち塞がる。


―― ガレ王国第百九代国王、【赤揚せきようの旗 ムザーチェ・ガレ】。


 ケビラが足を止め、オリエッタも足を止めた。


「鎖竜剣よ。お前はズク河で精霊刀を暴れさせたと聞いた。相違ないか?」

「ああ」


 頷いたケビラに、ムザーチェが激高した。


「貴様のせいで、俺の妹と大切な臣下が死んだ!!」


 魔導弓が構えられ、魔導矢まどうしつがえられる。

 安全装置を外され、赤い魔力刃を纏ったやじりが、ムザーチェの抑えられぬ程の怒りに揺れる。


「そうか。災難だったな」

「!!」


 音速を超え、爆炎を纏い虚空を走った魔導矢が。


 グシャッ。


「気は済んだか?」


 ケビラは右手で握り潰した魔導矢の破片を、無造作に床へと捨てた。

 高熱の金属片が絨毯の上に散らばり、焦げた臭いがすぐに立ち昇った。

 

「鎖竜剣ッ!!」


 魔導剣を抜き、ケビラへ向かおうとするムザーチェを、周囲の騎士達が必死で止める。


「俺は閣下に呼ばれていてな、遅れる訳にはいかんのだ。王よ、くその場を退くがいい」

「この、れ者が!」


 騎士達を振り切り、飛び掛かって来たムザーチェへと、ケビラは右の人差し指を向ける。


「【灼璃しゃくり】」


 それはサッカーボール大の火の玉を放つ、ありふれた小級魔法。

 しかしケビラから放たれたのは、回廊を埋め尽くす程の猛火だった。


「うわぁ!?」

「「陛下!!」」


 火達磨ひだるまになったムザーチェを助けようと、騎士達が必死に魔法を使う。

 残る者達は魔導剣を握ったものの、震え、おびえ、ケビラに立ち向かおうとする者はいない。

 

 いや。


「おのれ逆賊! オビオン公の無念、思い知れ!!」


 五人の若い騎士達が、それぞれに魔導剣や魔剣を握り、ケビラへと走り出す。


 一歩。


 五歩。


 そして五つの刃が、ケビラに紙一重で届こうとする瞬間。


っ!!」

「「!?」」


 ただ一度の、ケビラの大音声だいおんじょう

 騎士達が吹き飛び、回廊がズドンと揺れた。

 窓ガラスの全てが割れ、陶器や彫刻が砕け、絵画が破れた。


「あら無様ぶざま


 オリエッタが嘲笑わらう。

 彼女とケビラ以外の、倒れ意識を失った騎士達を眺めて。


「酷い弱卒じゃくそつぞろいねえ。さかづきの新入りでもここまでなのは……、ホント、記憶にないわね」

「血筋と利害で選ばれた者どもだ。飾り以上の意味は無い」

「あらあら。それでも少しは使えるように鍛えればよくなくて? 資源を有用に使うのも、組織の経営よ」

「無いな。こいつら貴族の本質は、愛玩動物あいがんどうぶつだ」


 ケビラの足が、黒焦げのムザーチェを蹴った。


「ゴホッ!」

「自ら生きる力を失っても、かいこは有益な糸を吐く。しかしこいつらは畑を耕す力を捨て、代わりに国民をむしばむようになった、」


 震え、ケビラを見上げる王に吐き捨てる。


「ゴミだ」


 ムザーチェは床をいながら、必死にケビラから逃れようとする。


「王よ。貴様が生かされているのは、閣下の慈悲と哀れみからだ。それを忘れるな」


 ケビラの右手がムザーチェの頭を掴み、自らの目線に合わせた。 

 眼に怒気の混じる気迫を込めて、ケビラはムザーチェに告げる。


「王よ、政治を乱すな。国を割るな。この王城おりの中で、大人しく飾られていろ。今回の下らぬ企みは、貴様の妹と、股肱ここうの臣の命で勘弁してやる」

「あ、あ……」


 白目をき、口角から泡を吐くムザーチェを捨て、ケビラとオリエッタは、城の奥へと歩き去って行った。


* * *


 取り合えずの腹ごしらえという事で、俺とニパン達はレストランへと入った。


 ピシッとメイド服を着こなしたダークエルフの女性に案内され、街を一望する個室へと案内される。


「す、凄いですね」

「お、お金が高そう」


 慌てるニパンとアルネを置いて、ゾハスは二人の為に椅子を引いた。


「ほら」

「あ、ありがとうゾハス」

「ありがとー」


 ぎこちなく席に向かうニパン達を、流れるようにエスコートして、ゾハス自身もテーブルの席に着いた。


「俺は?」

「必要か?」


 その視線は俺の背後のメイドを向いて、思わず顔を見合わせたメイドと笑った。


 メニューを見て、料理を注文する。


 ニパンとアルネが楽しそうに笑い、ゾハスが優雅に食事を進める。


(何だろうな……)


 嬉しいのだ。

 この光景が。


 大分久しぶりに、自然と、俺は微笑んでいた。


「やあやあ、主殿もやっとまともに笑うようになったね」


 突如横から掛けられた声に、ニパンとアルネは驚愕し、ゾハスは魔導杖を向けた。


 竜を模した白い仮面を被り、貴族の礼服を纏った怪しい男が立っている。


「ヤパス……」


―― 【竜眼 ヤパス】。


 俺の仲間であり、『星屑の塔』のメンバーだった男。


「迎えに来たよ主殿、とその可愛いお連れさん達。ボクが君達の、外の世界への案内人だ」

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