黒翼と光の勇者 二

~ ヨハン・パノス ~


 笑った。


「ア――ハッハッハッハ」


 左の爪先、その指を踏みしめた力で跳ぶ。

 左手が剣を抜くと同時、腰の後ろに回した右手で鞘を抜き取る。


 ロポポン高地に住む兎獣人が使った技。


―― クシャ式戦剣術・兎駆一歩とくいっぽ抜薙ぬきなぎ


「おのれっ」


 俺の剣をオルゴトンは太刀で流そうとする。

 

 兎駆一歩とくいっぽ抜薙ぬきなぎは、兎獣人などの速度に優れた軽量級の剣士がよく使うものだ。

 

 不意を突く事と速さに優れる反面、剣に重さが無く、必殺の威力は無い。


 初太刀を当てる事には優れているので、毒刃を用いる暗殺者もまた好んで使い、『毒斬り』などという不名誉を頂戴している技である。


 青燐自体の重さを加えても、オルゴトンの怪力の前には誤差にもならない。


 だが。

 

―― 剣技・揺鐘。


 先程喰ったオルゴトンの力を乗せる。


「なんだと!?」


 轟音を立て、青燐と黄龍天の刃が火花、いや閃光を放った。


 鞘を腰に戻し、両手で握った青燐を振り抜くが、返しの刃を魔盾に阻まれる。

 左手に太刀の刃が落ちる前に剣の腹を盾の表面に寝かせ、それを滑らせ、太刀を迎え撃つと同時に左足を引く。

 

 そのまま盾と太刀に乗るオルゴトンの力を剣技・揺鐘で喰らい、盾に触れた右肘の先から解き放った。


「貴様っ!!」


 吹き飛ぶオルゴトンが放ったのは、莫大な魔力が込められた光槍の豪雨。

 一つの太さが丸太程もある無数の光槍が、文字通り、光の速さで押し寄せて来る。


「フッ」


 それらを呼吸一つの間に振るった剣で斬り散らす。


「光よ 在れ」


 山吹色の巨大な魔力の構造が現れ、それが一瞬で魔法へと完成する。


 オルゴトンが掲げる太刀の先に、天へとそびえる光の柱が現れた。


「受けてみよ黒翼。我が超級魔法を」

 

 空を裂き、視界を埋める程の、光の柱が落ちて来る。


 向かい、構える青燐は下段。


「五手乃剣、第四手」

 

 剣を握る心を静として、剣の中に真たる姿を見出す行。


―― 消えることなき火の根源。

―― 流転し続ける水の根源。

―― 巡り往く風の根源。

―― 満ちて大いなる土の根源。


 青燐を巡る紺碧の輝きが揺らぐ。


―― 全てに通じ、その奥の真理を想う。

―― 以て、万物が帰すべき流れを汲んで剣を振るう。


 魔力の洸の色が完全に消える。


 幽谷を流れる清流、深山に吹く浄風のように透徹した、青い刃に脈打つ無色の魔力。

 

―― 悪を退け邪を破る。

―― 魔を清め法を浄める。


―― 顕心不殺の剣。


「剣技・清雷きよめいかづち


 地の先より振り上げた色無き剣の雷が走り、光の柱を打って雷轟を鳴り響かせた。

 

「!?」


 空に満ちた光は散り、微風の凪いだ場で、俺の首元に太刀の刃が止まり、オルゴトンの額に剣の刃が触れている。


「貴様、何故剣を止めた?」


 超級魔法を防がず破らず、ただ散らされた様を見たオルゴトンは、僅かに動揺した。


 その分だけ俺の剣が速く、しかも間に合わせで放たれた太刀の一撃は、容易く喰らえる程度のものだった。


 だからこんな決着では。


「勿体無いと思った」


 太刀を弾き、後ろへと跳んで間合いを離す。


「互いに全力を振るい、その果てにこそ最高の決着はある。そう思ったら、自然と剣は止まっていた」


 俺の答えを聞いたオルゴトンは鼻で笑い、太刀を鞘に納めた。


「貴様の左手の震えを見た時、戦いに喜びを見出す性分かと見たが、違ったな。貴様の本性、よくもそこまで狂って生まれ出る事ができたものだ」


「酷い評価だ」


 だが、まあそうなのだろう。


 死の境界で打ち合う剣を愉しいと思った。

 

 光の勇者との戦いは心地の良いものだった。

 

「ヨハン。この借りは大きな利子を付けて返す。待っていろ」

「ああ、楽しみにしている」


 俺の応えを聞いたオルゴトンは拗ねた顔をして。

 悪戯を思いついた子供のように笑い、パチンと指を鳴らした。

 

「これは我から親友を取った対価だ。少しこいつ等と遊んでいろ」


 オルゴトンの姿が消え、残された山吹色の魔力が渦を巻く。

 力の気配が数多現れ、魔力の渦が解けた時、祭儀場を戦士の影が埋め尽くしていた。


 オルゴトンが居た場所に現れた、古き戦士の装束を纏った、オウム顔の男が進み出る。


『コホホホ! ワタクシこそは最強の魔法戦士! アマゾゾ森林戦士団が二代目団長! 人呼んで【密林飛鳥剣のオムオムパ】なり!!』


『今代の陛下との戦い見事なり! 次は我ら『帝国守護霊戦士団』が貴様の相手となろう!』 


『我らを破るか、それとも死して我らの一員となるか! さあ、死力を尽くして挑んでみせよ!』


 タンッと地面を蹴ってオムオムパの横に立つ。

 頭に右手を置いた時、やっとオウムの頭が俺への方を向いた。


『い、いつの間にっ! しかも霊体の我に触れただと!?』


 ざっと見積もって十万の霊戦士達。


 全員が真達位を超えており、心道位以上は五百人、更に傑出した力を持つ奴らが三十人はいる。


 相手をするには時間が掛る。

 そして何より、オルゴトンとの戦いの余韻を乱されたくはない。


『グワッ!』


 右手に力を込める。

 

「それに相方パーナが気になるんでな。丁度良いから、一気に殲滅せんめつさせてもらうぞ」


 俺の天顕魔法の発動には人に限定した生贄いけにえが要る。

 ペシエの時は執行待ちの凶悪犯を使ったが、ここまで強く顕現できるレベルの霊体なら十分使えるだろう。

 現世との繋がりを断つ魂の死の匂いこそが、あれを呼び寄せるのだから。


「無の棺の黒い扉は失われたと気付け」

「虚ろの眼窩がんかに映るのは断絶の傷痕だと解かったか」

「骨の指にこびり付くのは命を潰した海と空の残光だ」

「心をむしばむバラバラの記憶に消えろと叫べ」


『これは!? 貴様、やめんかっ』


「殺すと願え」

「死ねと呪え」

「喉を裂く慟哭を嘘幻うそまぼろしの刃へ変えろ」

「僕を斬れ私を斬れ自分を斬れ俺を斬れ」

「この世界ろうごくを壊せ」


『ぐぺっ』


 握り締めた拳の隙間から霊気が吹き出して、頭を失った魔法戦士は形を崩して消える。


 俺の魔力の殆どが消費され、同時に、口の中に不快なコンクリートの味があふれて来る。


 異変を感じた霊戦士達が襲い掛かって来るが、もう手遅れだ。


―― 魔法は成った。


「【越界せし嘘骸の澱剣ノイズ ナナト】」


 現世でもなく、幽世でもない場所から現れた形無き力が、莫大な熱を持つ黒い泥となって、天地の全てに溢れていく。


 津波のように押し寄せて、獲物達を渦のように呑み込んで、磨り下ろすように砕いて、泥の中へと溶かしていく。


 剣も魔法もナナトには通じない。

 抗う事に意味は無く、藻掻く事さえ許されず、全ては泥の中へと消えて行く。


 十を数える前に全ては決し、決闘祭儀場を模した結界もまた消失する。


「分たれし者よ、今また眠りの中へ」


 パンッと手を打ち合わせた時、ナナトの全ては虚ろへと還って行った。


―― パーナがいないのは幸いだった。

―― この醜悪な力は、あまり彼女に見せたいものじゃない。


 クイーン・キャロライン号の甲板から夜空を見上げる。

 宙の中にパーナの気配を見つけた。


 星々の中に瞬く青い光の輝きは、まるで泣き叫んでいるかのようだった。

  



// 用語説明 //


【超級魔法】


 魔法の奥義たる領域であり、人がその存在の位階を上げた事を示すもの。

 本来は超常の存在達の技であったが、長い年月を掛けて人はそれを自らの手にすることができた。


 発動には巨大な魔力構造と莫大な魔力が必要であり、それらの精密な制御も欠かす事ができない。


 またその魔法のとてつもない巨大な規模故に、因果律の流れの影響をかなり強く受ける。

 (イメージとしては超高層ビルが強風や地震の影響を、低層のビルよりも強く受ける感じ)

 

 詠唱で魔法の構成を作る上級魔法以下のプロセスを用いると、完成までに受ける因果律の流れによって瓦解してしまう為、全てを無詠唱ですぐに終えなければならない。


 故にとてつもない難易度を誇る魔法である。


 上級以下の魔法とはその威力、効果において次元が違うが、使える者は英雄と呼ばれる者達の中にさえ極希にしかいない。



清雷きよめいかづち


 五手乃剣の第四手であり、顕心不殺の剣。

 人を殺傷することなく、中に巣食う『悪しきもの』を払うことに真価がある。


 魔法を散らし無効化する事ができるが、当然それは本来の使い方からは外れたものである。

 

 この剣技を修める為には自分自身と向き合い、その心の奥底を直視する必要がある。

 『心のイデアを知ることで剣のイデアを知り、人のイデアを知ることで剣は人を殺さず、刃は清浄に至る。以て活人の道を拓く』、と先生は言っていた。


 五手乃剣で俺が一番苦手とする技であるが、逆に兄弟子だった人は一番得意としていたと聞いている。



越界せし嘘骸の澱剣ノイズ ナナト】


 特殊型の天顕魔法。

 使用には人の生贄が必要。霊体などでも千年以上を経た、現世との繋がりが強いものであれば代用が可能である。ただしその場合は効果が弱くなり、発動時間が短くなるなどの影響が出る。

 


 魔法が発動すると、高熱を発する莫大な量の泥が虚空より現れる。

 泥は武器を溶かし魔法を呑み込んで無効化する。

 効果範囲は大体ドーム球場位。


 格下の敵や下位悪邪、霊体には圧倒的な威力を発揮する。

 しかし俺と同格以上の敵、もしくは他の天顕魔法や運命ドゥーム巧式フォーミュラーなどの超兵器には殆ど効果がない。


 またナナトの本領は泥から生み出される無数の剣にこそあるが、その力を使うには非常に多くの魔力が必要になる。

 その為ペシエ以前では、使用した後に一週間意識を失うような有様だった。


 今は気絶こそ無くなったが、使用後に倦怠感に襲われるし、俺だけの魔力ではあまりに足りない為、泥がかなりの数の敵を喰っていないと使用することができない。



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