運命巧式VS天顕魔法

~ パフェラナ・コンクラート・ベルパスパ ~

 

(これはまた、思った以上のすっごいハードモードのようだね)


 アリーナに満ちる張り詰めた空気から、耐え難い程の圧迫感が襲って来る。

 二週間前に真達位になったばかりの私程度では、ここは酷く場違いな戦場のようだった。


(新米のペーペーでも真達位を持つというのは、普通の戦場では最高の戦力として評価されるものだけど)


 人の限界を超えた領域に至った戦士として、世間一般では『天才』『化け物』『怪物』などなどの評価を頂戴したりする。

 巷間に噂される英雄の殆どはこの真達位であり、人類の脅威に立ち向かう切り札ジョーカーなのではあるが。

 

(ま、私の本職はインドアの代名詞でもある錬金術師の方だから、直接的な戦闘力は余り意味の無い事だったけどね)


 しかし、真達位の上には心道位という正真正銘の『最強』が存在する。

 彼らは人は疎か生物の枠からも外れており、一個人が振るう力でありながら、国家でさえも容易く滅ぼす程のものを持っている。


 例えばあの銀豪剣も、剣技に限ってはだが、心道位の領域にあると私は思っている。

 彼が真達位なのは、保有する魔力量が心道位の基準に足りなかったせいだろうと推測しているが、まあ、他にも理由があったのかもしれない。


 そして私の場合は魔力量こそ余裕だったものの、逆に戦闘の技術と経験が真達位の基準に少~し足りなかった。

 辛うじて真達位を取ることができたのは、この身に満ち溢れる強大かつ膨大な魔力を使った、ごり押しによる結果である。


 もし仮に私が剣闘大会に出場した場合、銀豪剣は疎か、準決勝まで進んだ選手達の相手でさえも厳しいものになるであろう。


 そんな私がこの戦場に割って入るという無茶ができたのは、破格の戦略兵器たる運命ドゥーム巧式フォーミュラー、その最上位に君臨する【深海将軍 ブルー・クラーケン】があったからだ。


 如何なる実力者と雖も人である以上、このブルー・クラーケンの力には及ぶべくもない。


(はずなんだけどね……)


―― ブルー・クラーケンが得意とするのは海域であり広範囲殲滅戦。


 巨大な火の大神殿に造られた、広大な決闘祭儀場であるとはいえ。

 建造物の内部である限定された空間で、しかも膨大な客席を埋める観客達に囲まれた状況では、流石に全力を出す事は難しい。

 

 ブルー・クラーケンの兵装を全力で使おうものなら、絶対に観客達を巻き込んでしまう。

 だから、それはできない。

 あそこには、父と母とゼブがいるのだ。


(けど考えようによっては、今のブルー・クラーケンのコンディションは奇貨と言えるかもしれないね)


 ブルー・クラーケンは現在、完全な状態ではない。

 二か月前に一度大破してしまい、まだ修復が完了していないのだ。

 

 よって、その出力はベストな状態に比べると、約三割といった所になる。

 しかしこの枷が、まだブルー・クラーケンを制御仕切れていない私の、丁度いいストッパーになってくれると考える事もできる……、かもしれない。

 

(もう戦場にいるんだ。前向きで行こう!!)


 覚悟を決めろと、私自身を叱咤しったする。

 目の前には強大な敵達が連なり、その威容を私の前に現しているのだ。

 

(天顕魔法、その顕現体が十七)

 

 ブルー・クラーケンの頭脳と私の思考はリンクしており、この機体の凄まじい情報処理能力と蓄積された戦闘技術、そして経験を使う事ができる。


 完璧とは言い難いけども、黒い突撃槍グラビテス白い氷獄盾プリズン・ホワイトを操る、熟練した深海の戦士のように振る舞える。

 そして戦闘で得た敵の情報は機体の頭脳が詳細に分析を行い、未来予知に等しい最適解の行動を私に教えてくれるのだ。


 目の前にそびえる巨大な地竜。

 小さな町程の広さのある、このアリーナでさえも圧迫感を感じる。


 まさに圧倒的な、物理的力フィジカル・パワーの化身。

 万の軍勢を用意して、堅固な城塞に籠ろうとも、あの顕現体に対抗することなどできはしない。

 あれに相対する者は、きっと誰もが絶望を抱く。


 そう。

 

 普通ならば。


黒い突撃槍グラビテス白い氷獄盾プリズン・ホワイト起動。テンティクル戦術展開)


 私から吸い出された魔力がブルー・クラーケンの中へと流れて行く。

 それは戦略級上級魔法に換算すると、約百発分相当にもなる。

 

 運命ドゥーム巧式フォーミュラーの使用には莫大な魔力が必要だ。

 もし仮に普通の人間がブルー・クラーケンに乗り込んだ場合、一瞬で全ての魔力を吸い出され、肉体は疎かその魂も、欠片も残さずに機体に食べられてしまう。


 ベルパスパ一族でも非常に高い魔力量を持つ私だからこそ、この運命ドゥーム巧式フォーミュラーの将軍級を何のリスクを負うことも無く、戦闘状態で起動・運用することができるのだ。

 

「行くよ」


 地響きを立てて突進して来る小山の如き体躯の地竜。

 首は短く太く、頭部左右の鋭く巨大な二本の角と鼻先に突き出た短くも大木のような太さの角。

 黄土色の魔力を迸らせ、闘争心に燃える瞳が私を睨み付けて来る。

 

 町壁は砕けるだろう。

 巨大な城も砕けるだろう。

 そして山さえも貫けるだろう。

 

 だけど。

 

「拘束して」


 白い氷獄盾プリズン・ホワイトの力を発現させる。 

 空気中の水分が白く輝き、地竜へとまとわり付いていった。

 

『ブモッ!?』


 それが地竜から力と魔力を絞り出すように抜き取り、驚愕きょうがくに惑うその巨躯を極寒の氷獄の中へと封じ込めた。

 

「まずは……」


 跳躍して地竜の眉間へと黒い突撃槍グラビテスを突き立てる。

 黒い穂先は氷と厚い鋼のような鱗を貫いて肉の中へと潜って行き、その傷口からは血飛沫のように魔力洸が飛び散った。

 

「一つ」


 黒い突撃槍グラビテスから莫大な黒い魔力波動を放出。

 内部から爆散して、地竜の天顕魔法は消滅した。

 

 宙を跳び、問題なく着地を決める。

 

(次は誰が来るかな?)


 天顕魔法とは高位存在をこの世界へと写してその力を直接使役する魔法であり、現代において主流となっている観念魔法からはその原理が異なっている。

 観念魔法は使い手が呪文等によって魔法の構成を組み立てる事を基本とする。だから魔法の効果に対して、失敗等を別にすれば、意思と効果は同一のものとなる。

 

 しかし天顕魔法は違う。

 この魔法が顕わした効果には、元となった高位存在の意志が宿っており、それは使い手とは全く別個のものである。

 

 魔法自体が戦局に柔軟に対応できるという破格のメリットを持つが、例えば気性の荒い暴れ馬のように、使い手が制御しきれずに魔法が暴走するリスクは、観念魔法よりも大きくなる。


 人よりも高位の存在を使役するという概念からして、人は分不相応の領分に立つという事が、その前提にあるのである。

 

 だから集団戦からの包囲殲滅を指示したとしても。

 しかし使い手と魔法の意志が違えているならば。

 

―― 天顕魔法は動かない。

 

「私はまだこの運命ドゥーム巧式フォーミュラーを上手く使えないんだよね。ブルー・クラーケン自体も本調子じゃないしさ……」


 巨大な氷の槍を掲げ、白い氷の巨人が咆哮を上げた。

 恐らくブルー・クラーケンの存在に触発されたのだろう。

 

 お互いの『水』にまつわる見た目からして、ブルー・クラーケンと氷の巨人はその領分が被っている。

 氷の槍を縦横に振り回し、『雌雄を決さん!!』とばかりに勇ましく襲い掛かって来る。

 

 その武人たる姿に感謝を捧げよう。

 本当に。

 

「各個撃破できるのは助かる話だよ」

 

 * * *

 

 広大なアリーナの半分を巨大な鳥の影が覆った。

 上空で羽ばたくそれに向けて、螺旋らせん描く青い水を纏った四つのテンティクルを飛翔ばす。

 上空より襲い来る驟雨しゅううの如き黒い風の弾丸を砕き、黒い竜巻の槍を突き抜けて昇って行く。

 

『ギャアアア―――』


 そして黒い風の結界を破ったテンティクル達は、本体たる黒いコンドルの巨躯きょくを貫いた。

 黒い魔力洸が爆発し、黒い羽を混じらせた爆風がアリーナの中を吹き荒れる。

 

『ウオオオオオッ!!』


 収まらぬ爆風の中を走り破って現れた、四腕を持つ岩の巨人が地鳴りのような雄叫びを上げた。

 腕の全てが巨大な石斧を握っており、巨人が私との距離を詰めた瞬間、それは斬撃の嵐へと化けた。

 

『オオオオオオオオオオオオッ!!』

「これは、中々……」


 黒い突撃槍グラビテス白い氷獄盾プリズン・ホワイトで迎え撃ち、足らない手は上空より戻したテンティクルで以て補うが……。


――拮抗、いや、私の方が少し押されている。

 

「やるね」


 岩の巨人の技量は、ここまで相手にして来た天顕魔法達よりも、頭一つ抜けている。

 そしてその私が倒した天顕魔法の使い手達は、魔法が破られた事によるフィードバックを受けて気を失い、誰かの転移魔法によって既にアリーナからは姿を消していた。

 

(若い使い手ばかり。それも未熟者達ばかりって事は……。舐められたものだね)


 竜翼を使って後方へと大きく跳躍する。

 巨人の石斧の間合いからは遠くへと離れたが、しかしブルー・クラーケンが地面に降り立った瞬間、石斧の刃から生み出された岩のつぶて五月雨さみだれのように撃ち出され、壁のような弾幕となって襲って来た。


「テンティクルっ、撃ち落として!」


 すぐに四つのテンティクルの先を眼前の弾幕へと向け、そこから氷の弾丸を掃射して岩の礫を迎撃する。

 打ち漏らした礫もあったが、それには黒い突撃槍グラビテス白い氷獄盾プリズン・ホワイトで対処した。

 

(しかし舐められた態度に助けられているのも事実、か)


 恐らくイッシン卿は、この戦いを若手A級開拓者の研修の場として利用している。

 その考えの裏付けとして、この場に有名な熟練A級開拓者やS級開拓者達が姿を現していない。

 

 天顕魔法の対応には、確かに少し手間取っている。

 だが、それ以外のタスクは片手間で十分に処理できていた。

 

(敵のに助けられるっていうのは、腹立たしいものだね)


 入出場ゲートから追加とばかりに吐き出され続けていた兵士達が遂に止まり、彼らを掃討そうとうしていた三つのテンティクルを呼び戻した。

 

(あっちはもう終わったみたいかな)


 ヨハンさんの方をチラリと見ると、彼の戦いは既に決着していて、その周囲の地面には意識を失った開拓者達が倒れていた。


(若手でも名を馳せる人達をああもあっさりと。やっぱりヨハンさんは強いね)

 

 状況は非常に流動的であり、隠れている観客達有名な熟練A級開拓者やS級開拓者達もいつ参戦するか分からない。


 だから私もその前に。


「一気にけりを付けるよ!」


 七つになったテンティクルの氷の弾幕が、岩の礫の勢いを上回った。

 

「いっけ―――!!」


 押し破り、岩の巨人の三つの腕を粉砕する。

 

 氷の弾幕の後を追い、竜翼を使って加速して低空を翔け抜ける。

 残った一腕が振り下ろした石斧を白い氷獄盾プリズン・ホワイトで弾き、黒い突撃槍グラビテスを突き出して巨人の胸部へと打ち込み、その先端から放った魔力波動によって上半身を吹き飛ばした。


最後ラスト


 炎の大剣を持つ、ブルー・クラーケンよりも一回り大きな鋼鉄の人馬。

 

『か――はっはっは、見事なり! 古き時代の忌まわしき遺物を駆る戦乙女よ! 我は嬉しいぞ。この退屈な時代に貴殿のような猛者と仕合える事がっ!!』


 ブンブンと嬉しそうに振り回す大剣が、灼熱の旋風を生み出している。


『我が名は【炎鉄王子 ベッターラン】。火の大地を統べる炎王が長子なり』


 ピタリ、と大剣の切っ先が私へと向けられた。


『さあ、刃を交えようぞ!!』


 赤い兜の奥より歓喜かんき咆哮ほうこうを爆発させた。

 四つの蹄が荒れ土を打ち鳴らし、炎を噴き上げる大剣を構えて突っ込んで来る。

 

『いざ!!』


 けれども天顕魔法が残り一つとなった今。

 態々、決闘あそびに付き合う意味はもう無い。

 

「貫け」


 テンティクルを最大速度で放つ。

 今までの速さを飛燕に例えるとするならば、これは流星だ。

 

『な!?』

 

 虚を突かれたベッターランは反応が遅れて。

 七つの巨大な氷の槍と化したテンティクルに鋼鉄の身体を貫かれ、轟音を立てて地面へと縫い付けられた。

 

「せっかくのお誘いごめんね」


 ズドンッ。


 藻掻もがくベッターランを見下ろしながら、黒い突撃槍グラビテスを打ち下ろして止めを刺した。

 

















// 用語説明 //


【天顕魔法】その二


 この魔法には意志がある。

 そして使い手の意志に納得できなければ、何もしないか最悪反旗を翻す。


 今回は『運命ドゥーム巧式フォーミュラーの将軍級との戦いという激レアな絶好のシチュエーション』に顕現体達は大興奮した。


 使い手達は『お願い協力して戦って!!』とひたすら顕現体達に頼んでいたが、彼らは断固拒否。


『そんな事言うならもう契約やめちゃおっかな? チラッ』

『観戦途中で還されたら契約やめちゃおっかな? チラッ』


 とやられ、使い手達は疲労困憊しながらも必死で魔法を維持していた。

 高位魔法である天顕魔法は、その維持にかなりの魔力を使う。

 『天才』と持てはやされていた彼ら使い手にとっても、それは尋常な負担ではなかったのだ。


 おかげで彼らは、魔法が破られた時のフィードバックに耐えることができずに気絶。

 病院のベッドにしばらくの間お世話になることになった。



ボンノウ

「天顕魔法を覚えたての頃って、依存しがちになる傾向があるんだよね。その矯正には本当に苦労するんだ。けれども今回は水の聖女殿のお陰で楽ができたよ」


//

 

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