ドゥームの鼓動

 客席から現れた膨大な青い魔力の輝き。

 そこから放たれた一条の閃光が俺を握る魔法兵を貫いた。

 

「っ!!」


 その一撃で魔法兵は爆散し、魔法兵の手に握られていた俺は宙へと放り出されてしまう。

 砲弾のような速度で地面が迫り、受け身を取ろうにも身体が言う事を聞かない。

 

 目前へと迫る地面に覚悟を決めた瞬間、巨大な影が俺を受け止めてくれた。

 

「スーパーロボット……?」


 見上げた俺の眼に映ったのは、青い鎧姿の巨人だった。

 それが俺を左手に抱えて、アリーナの空を翔けている。

 驚愕する赤衛騎士達を見下ろしながら、離れた場所で青い竜翼をはためかせて、静かに地面へと降り立った。

 

(はっ、随分なお人好しがいるもんだな)

 

 巨人から溢れ出る清浄な青い魔力に、控室で出会った紺青色のドレスを纏った少女の姿が脳裏を過った。

 

「ごめんなさいイッシン総長。彼の命、私に預からせて下さい」


 巨人から聞こえた言葉は。

 確かにあの青の少女の声だった。

 

「パフェラナ様……、それは貴女の聖権を行使するということでしょうか?」

「はい」


 ボンノウの無機質な声に、青の少女はハッキリとした声で肯定した。

 

「驚きました。いや、これは本当に驚いた」


 ボンノウの声が初めて揺れる。

 それは俺が聞いた事も無いほどの、不快の感情に溢れた言葉。

 

「貴女はこの私に、開拓者協会に協力を要請されに来られたのでしょう。そして私達は誠実に、そして真摯に貴女の要請に答えようとしました。なのに貴女は、そこの不実者を庇い、あまつさえその処断を貴女に委ねろと言う」


 ヒュンッ、と刀の刃が斬空の音を奏で……。

 青の巨人の隙間から見えたボンノウの細目の奥に。

 怒りの火がうねっていた。

 

「幾ら水の聖女の聖権といえども、これを看過することは開拓者達を束ねる協会の総長として、何よりこのスス同盟国の治安を預かる者として、できる事では断じて無い!!」


 強大な覇気がアリーナに満ちる。

 その向かう先は彼女と俺。

 

「開拓者協会総長として貴様らを処断する。やれ!」


 怒号を以って放たれた命令。

 俺達の周囲で魔力洸の輝きが爆発したように輝いた。


 赤衛騎士と兵士達の魔導弓から無数の魔導矢が放たれ、開拓者達がありったけの攻性魔法を放って来た。


「テンティクル、結界を」


 青の少女の声に応えて、青の巨人の背部と側部から、巨大な青いやじりの形をした八つの飛翔体が飛び出して行った。

 

 その内の四つが俺達の四方の宙に留まり、それらを起点として水の膜の結界が発生して、瞬時に俺達をその内へと包み込んだ。

 

「凄い……」


 結界に触れた魔導矢や質量を持った魔法は、一瞬で溶けて消えて行く。

 紅蓮の炎の爆発や眩い雷光が当たるも、結界には波紋の一つも生じない。

 

「掃討して」


 そして結界の外を飛翔するテンティクルが、その切っ先を攻撃して来る者達へと向ける。

 宙を高速で飛翔して襲い来るテンティクルへと、騎士や魔法士達が攻撃を繰り出したが、それらは容易く貫かれ蹴散らされてしまう。

 

 必死の形相で迎え撃つ彼らは、しかしテンティクルから放たれた青い閃光を受け、爆発によってアリーナの遠い端まで吹き飛ばされて行った。

 

「「ギャアアアッ!!」」


 抵抗できずに叩き潰され、吹き飛ばされて行く開拓者達や兵士、そして赤衛騎士達。

 

 テンティクルに吹き飛ばされてボロボロになった彼らは、アリーナの端で塊となり、それが堆くなっていく。


(まるでブロワーに吹かれる落ち葉のようだな)


 悲鳴を上げながら吹き飛ばされて行く彼らに、ふとそんな前世の光景を思い出した。

 

 あっと言う間に俺達に向かって来る者は全て掃除され、アリーナに残っているのは結界に包まれた貴族達と盟王、そしてボンノウだけとなった。

 

 強固な白い防御結界の中で、ただ狼狽える貴族達と無関心な様を見せる盟王。

 ボンノウは泰然と佇み、細い目はただ俺達へと視線を向けている。

 

「すまない、助かった」


 安堵と、感謝の言葉を青の少女へと告げる。

 

「まだです」


 白い魔法の輝きが灯り、ボロボロになって積み上がっていた赤衛騎士達が消える。

 それと入れ替わるようにして、武器を構えた新たな開拓者達がその姿を現した。

 

(A級開拓者達か……)


 B級開拓者が人間の限界に達した者達とするならば、A級開拓者はその先へと進んだ者達だ。

 一つ階級が変わるだけだが、B級以下の階級と違い、その実力は文字通りに次元が変わる。

 

 今まで相手をしていた開拓者や兵士、そして赤衛騎士達が束になっても、A級開拓者の一人にさえ歯が立たない。

 

 普通は力を持つ者を権力者は内へと囲い込むものだが、このスス同盟国では開拓者として積極的に外へと放出している。

 この国で最高の力を持つ者は、その全てが開拓者という外部の組織に所属する人間なのだ。

 

(ここら辺はボンノウの考えが理解できない所だよな)


 前世で同じ国、そして同じ時代に生きた記憶と魂を持つ者として共感する部分はあるけれども、結局は他人であるという事だ。

 

 それに……。

 

(今からぶっ殺そうとする相手の情を考えても、意味の無い事か)

 

 開拓者達の中には顔見知りが少なからず居た。

 共闘したこともあり話す事もある間柄だが、今は敵だ。

 

 魔法士の奴等は既に詠唱を始めており、彼らの周囲の虚空には十七を数える魔法陣が展開している。

 

(まさか……)


 背筋を冷たい汗が流れる。

 あれは、普通は人に対して使うものではない。

 国を亡ぼす魔獣とか、人の存亡を懸けて災威と戦ったりするときに使うものだ。


 それぞれの魔法陣から溢れる膨大な魔力洸は、次第に巨大な異形の姿へと収束していく。

 

 石斧を持った四腕の岩の巨人。

 砂鉄で出来た蟻の群れ。

 黒い暴風を従えた巨大な有角の漆黒のコンドル、等。

 

 アリーナに次々と顕現していく異形達の、恐ろしい程に強大な存在の気配。


「くそっ、天顕魔法のオンパレードかよ!」


 天顕魔法の最終詠唱が完成し、映像のようだった異形達の姿が完全な実体へと変わった。

 彼らの波打つ強大な魔力の波動が荒々しく吹き荒れ、アリーナの土埃が嵐の様に飛び散って行く。

 

 経過したのは僅かな時間だったが、しかしそれを俺達もただ眺めていたわけではない。

 巨人を通して青の少女から治療魔法が掛けられ、俺が負った左腕以外の傷は完全に治癒することができた。

 

(都市結界をどう抜けるか考えるのは……。まあ、こいつ等を倒してからか)


 残った右手を開閉し、動きや握力等に問題がない事を確認する。

 元々少ない俺の魔力も、戦闘を行える程度には回復した。


 ただ俺は、剣と拳しか戦う手段がない。

 拳だけだと開拓者はどうにかできるが、天顕魔法には全く抗することができない。

 

 彼女だけなら天顕魔法と戦う事ができるだろうが、俺を庇いながらだとそれもできなくなるだろう。

 

(剣さえあれば)

 

 しかも入出場のゲートが開いて、追加とばかりに兵士達がわらわらと出てきやがった。

 

「剣士さん、動けますか?」

「ああ、君のおかげでな。感謝する」

「私の名はパフェラナと言います、そう呼んで下さい。では……申し訳ないですが、天顕魔法以外の何人かをお願いできないでしょうか?」

「俺もヨハンと呼んでくれ。任せろ、と言いたいが……。パフェラナは、俺が使える魔導剣の予備とか持ってないか?」

「それならば……」


 テンティクルの一つが俺の前に現れる。

 一抱えもある大きさのそれが鏃の形を崩し、一振りの青色の剣へと姿を変えた。


「使って下さい。性能と使い勝手は水の魔剣、と考えていただければ大丈夫です」

「すまん、助かる」


 天顕魔法の赤い炎の牛と黒いコンドルが口を開き、その口蓋の奥に禍々しい魔力の輝きが閃いた。

 

「行きます!」

「おう!」


 俺は巨人の左手から跳躍し、青の巨人も留まっていた場所から瞬時に離脱する。


 天顕魔法がブレスを放ったのは、その直後だった。

 赤い炎のブレスが暴風のブレスと混じり合い、凶悪な炎の嵐となって水の結界を呑み込む。

 巨大な爆発が起こって爆炎と爆風がアリーナを嘗め尽くし、その威力によって会場全体が大きく揺れ動き、観客席からは悲鳴と絶叫が巻き起こった。


 * * *


 爆炎と爆風を受け流して体勢を崩さずに着地、そして開拓者の集団へと剣を握って走る。


 開拓者達は得物を構え、その各々が握る武器は強い魔力洸を放っている。

 俺の剣の間合いと彼らの間合いが交わる寸前、集団の中から三人の影が飛び出して来た。


 鞘に包まれた魔導剣の一閃を剣の腹で流し。

 連続して突き出された魔導槍の石突を躱し。

 高速で飛来した十数個の円月輪を斬り飛ばす。

 

「ペーター、オリヴァー。それにギー」


 バレル亭の常連客であるA級開拓者達。

 若手の中でもその実績は頭一つ抜けており、ベテランA級開拓者と比較しても遜色の無い実力を持っている。

 

「大人しくしろヨハン。総長もお前の潔白をきっと分かって下さる」

「そうだぜ、ヨハン」

「お願いだよヨハン。ねえ、逃げられないって解ってるでしょ?」


 彼らからは確かにくそったれな善意が伝わって来る。

 それに今の攻撃も、片手で軽く弾ける程度に手加減されていた。


 ペシエの町は、その全体を網目状の分厚い都市結界に幾重にも覆われており、内部と外部の不法な往き来は完全に遮断されている。

 また開拓者の総本山である協会本部があるため、荒くれ者の追手にも事欠かない。


 そんなペシエという都市を牛耳る存在への俺の反抗は、端から見れば最悪の選択に映るだろうし、本人である俺もそう思っている。


 籠の鳥、袋の鼠。


 最善を考えるならば、ここは耐えるべき場面だろう。

 水の聖女が話に入っていきた以上、『神殿』が介入してくる公算は大きい。

 そこから改めて事を洗い直し、優秀な弁護士を付けて公平な裁判の場に持ち込めば、悪くない結果にはなるはずだ。


 ペシエの全戦力など、避けられるならば避けるべきだ。


 しかし、な。

 

「お前らの好意には感謝してやる……。だがな、俺はもうブチ切れているんだ!!」


 右手は柄の下部を握り。

 右腕一つの中段に剣を構えた。


 魔力を通して、この『青の剣』の使い方が頭の中に入って来る。


 青の魔剣から噴き出した青色の魔力が渦を巻き、俺の戦意と共に猛りを上げる。


 青い魔力の中にパフェラナの鼓動を感じ、それが俺の魔力の鼓動と重なっていく。


「父さんと母さん、ノルマンを殺した総長様をぶった斬らなきゃ、もう収まらねえんだ!!」


 俺の放った殺気に、三人は後ろに一歩足を引いた。

 

 そして改めて、それぞれの得物を構える。

 

「……そうか」

「なら俺達はお前を止める」

「ゴメンは言わないよ」


 それぞれの魔導機構の出力が上がり、錬玉核から魔力洸の粒子が溢れ出す。

 

 彼等の殺気が肌を打ち。


 潮の匂いが鼻を突く。

 

 流石はA級開拓者。

 流石は超一流の実力者。

 

 だがな。

 

「ハアアアッ」


 一歩踏み込む。

 

 左足を前へ開くように踏み出し、続く右足は弧を描くようにして地面を滑らせる。

 黄土色の魔力洸を纏った魔導剣が正面から振り下ろされるが、掬い上げるように振った俺の青の剣が纏う魔力に触れた瞬間に、その剣身は溶けて消え。


「くっ!?」


 疾風の速度で突き出された魔導槍の穂先、それが纏う炎ごと斬り落とし。


「げえっ」


 空を埋め尽くすように襲ってきた無数の円月輪は、青の剣の魔力波動で吹き飛ばした。


「あはは……やっぱヨハンは強いね~」

 

 二歩を駆け、三歩を踏んで回り込み、三人を横一列で捉えるポジションを取った。

 

「あっちで休んでろ!」


 青の剣の魔力を解放する。

 現れた膨大な水が巨大なえいとなって宙を走り、三人を一気に口腔の中へと呑み込んだ。

 

「「ウワアアアッ!!」」


 三人を腹に納めたまま、水で出来た鱏はアリーナの端まで飛んで行き、そこで弾けて消える。

 後には気絶したペーター達が折り重なるようにして倒れていた。

 

「結局最後まで手加減しやがって。バカが……」


 ペーター達は結局、遠距離用攻性魔法は使わなかった。

 それをされれば普段の俺なら圧倒され、青の剣を持つ今の俺なら少し苦戦しただろう。


「さて」


 三バカが退場したことで、残りが改めて俺へと向かって来る。

 A級とB級が入り混じる顔触れの集団だが、この青の剣の力が有れば苦もない話だろう。


「片付けるか」

 

 青の剣を構える。


 ……。


 開拓者二十八人の意識を刈り取るまで、一分も掛からなかった。



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