出会い/剣士を目指した者 一
かつて、闘争の間に敵と交わした言葉があった。
死神の奏でる刃の連弾を聞きながら、俺は敵の問いに答えた。
『聖霊を信じろとお前は言う。ならば聞いてやるが、その俺達を救う聖霊は何処にいる?』
多種多様な民族が混雑する社会において、宗教とは契約だった。
教義を守ることで動物は人となり、人となる事で、国の中に生きる事を許された。
だから、そこから弾かれた者は、地面を這い蹲りながら死んでいく。
伸ばした手の先を握るのは、人だけだ。
聖霊の名を空に求めても、そこに在るのは虚ろだけだ。
『聖霊に救いを求めるってのはな……』
* * *
―― ペシエに帰る少し前、俺はガレ王国の首都キレにいた。
長い歴史を持つキレの町は、広大な街壁に囲まれた古い時代の建物と、新しい時代の建物が混ざり合うように建っていた。
混沌でありながら、しかしそれらは一定の秩序の中にあり、日本にあったグチャグヤな景色とは一線を画していた。
だが、それとは逆に。
数え切れぬ人々がしっかりとした足取りで歩くアスファルトやコンクリートの道とは違い、敷き詰められた石畳の上を往くのは貴族の馬車だけであり、その脇には、汚れ疲弊し切った人々が、死体交じりに蹲っていた。
(弱者はボロクズのようになって死ぬ。どこも一緒だ。変わらない、変わりはしない)
茶色く濁り、多くのゴミが浮く川に架けられた石造りの橋を渡って、また一台、白馬に引かれた馬車がやって来る。
開閉式の
座席に座る青年が、悲痛な面持ちで国の将来を語っている。
その向かいに座る着飾った女は、大げさな身振り手振りで称えている。
(コントにしても悪趣味に過ぎる。いや、『白馬の王子様』という幻想も、その本来はこんな茶番かもしれないな)
王子様は、その嗜好に合ったお姫様だけを助ける。
煌びやかな夢を語っても、その手が泥に向かう事はない。
(何もかもがくだらない)
そう思うからこそ何もしない、何もしないでいられるから、この場所に居る。
(全く以て、
男女を乗せた馬車は視界の端へと過ぎて行き、その途中で、女が食べかけの菓子を外へと捨てた。
地面に落ちた白い焼き菓子は、あっという間に泥と砂利に
普通に生きる人々が、普通にゴミへと捨てる程に汚れた物を。
手に取ろうというのだろう、道の脇に蹲っていた少年が、ふらつきながら、道の中央へと歩いて行く。
痩せ細った身体に、ボロボロの服とは言えない布を纏っている。
一心不乱に進む彼は、しかし迫り来る馬車に気付いていない。
「……」
偽善を気取る気概は無かった。
この国に関わる気概も無かった。
無気力に日々を過ごし、幾つもの無為な死を、ただ眺めていた。
―― だから、これも。
汚れた菓子を手にした、少年の瞳が見えた。
曇り沈んだ中に、それでも消えない、渇望の光が。
「クソッ」
屋根を蹴り、鞘から抜いた
穿たれた地面が爆発し、驚いた馬達が手綱を振り切って暴れ出す。
「あ、あなたは?」
呆然と俺を見上げる少年を、右腕に抱え込む。
「口を閉じろ。舌を噛むぞ」
駆け寄って来る兵士達の気配を感じながら、地面に突き刺さった魔剣を抜く。
(休眠状態のイクリプスじゃ、数を相手にするのは厳しいか……)
目の前に現れた兵士達が武器を構える前に、俺は路地裏へと身を躍らせた。
壁を蹴り、連なる屋根を、強化魔法を使った全力で走り抜ける。
そして兵士達を振り切った俺は、町外れにある廃屋の一つへと逃げ込んだ。
「あの、ありがとう、ございます。助けてくれて」
「……ああ」
自分が無様だった。
偽善や偽悪は疎か、虚無にさえなれない。
だから彼の感謝の言葉に、心臓を貫かれたような、痛みを覚えた。
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