空の箱庭 三

 天地に曙光が差す。


 金の太陽に照らされて夜の闇が消えていく。

 遥か高みで暁の風を踏むオトネの白い翼の羽が、光と戯れる。


「【クロス・アリス】解除」


 オトネの言葉を鍵となり、眼下、広大な空の景色に切れ込みが走った。


 青みがかった空気と遠く広がる大地の姿がバラバラになった。

 解ける白金の洸の中から廃都ライラの姿が現れる。

 我が物顔で空を吹き荒んでいた風がライラの絶壁にぶつかって散り散りとなり、茜色に輝く雲がぶつかり乗り上げ流れて往く。


 ライラの中から自分へと集まる無数の視線に、オトネは口角を上げた笑みで応えた。


「いいね。みんな自信家だ」


 オトネはライラへと降りて行った。


* * *


 赤陽館が消えた。


 オリエッタの見上げる空が白金の洸となって砕け散った。


 目の前の黄昏の光が、背後からの朝焼けの光へと変わった。


「これは、何と言う……」


 オリエッタ、グレーベル、ケビラ、そして数多の強大な力を持つ者達の前に、白い翼をはためかせて、天より一人の少女が降り立った。


 結わえられた長い白い髪。

 冷たさを感じる程に整った顔で、金の瞳が子供のような笑みを浮かべている。


 黒を基調とした忍び装束は原型が無くなる程に手を加えられており、華やかなそれはまるで姫騎士のよう。


―― だが何よりも。


 彼女の腰の左右に差された魔剣は……。


「え―と、おほん。皆様数時間ぶり、いえ失礼、お久しぶりでございます。それと何名様かは初めまして。ウチは【無影の羽 オトネ・ネルクロム】と申します」


 風の響きの中に、オトネの声だけが走る。


「さて、皆様にとても残念なお知らせです。偉大なる黒翼【愚の灯 ロストレイン】様が主催され、聖櫃の使用権を景品としたこのゲームですが、勝者はこの私、無影の羽のものとなりました。理由は、皆さんが」


 ドゴォン!!

 

「欠席されたからですが、と。何でしょう、まだ話は途中なんだけど?」

「ああ、そういうのいいから」


 紫色の爆炎から無傷で現れたオトネと、双剣を持ち歩み出た魔人の青年。


「要はあんた、俺様達を嵌めたって事だろ。そんで不戦勝って事で景品も入手したと」

「まあ、ぶっちゃけ」

「ハッハッハ、正直で結構だ」


 紫色の魔力洸が青年から噴き上がる。


「お前をぶっ殺して聖櫃を手に入れる。俺達の前に態々出て来たってのは、つまりそういう事なんだろ?」

「仰る通りでございます」


 オトネへ刃を向け、踏み込もうとした青年の背中をオリエッタが蹴った。

 勢い良く飛んで行った青年はライラの端から地上へと落ちて行った。


「うっわ、かわいそ……」

「良い。実に良いですわ」


 オリエッタが前に出る。

 ドレスは紅の戦装束へ変わり、右手に握る暴食グラトニー楝色おうちいろの魔力洸を纏う。


 オリエッタには解かる。


 オトネの魔力の質と量は、自分を圧倒していると。


 オトネが持つ黎明の王ホライゾンは自分にとって、絶対的に相性が最悪だと。


 それが実に良い。


「オトネ、オトネ・ネルクロム。オルペア共和国の大統領の娘で、翼戦会前会長の孫娘。魔剣コレクターで自身も大剣位の実力を持ち、共和国軍では少尉を務めていたが出奔。星屑の塔で『龍の勇者』を名乗る、でしたかしら」


 オトネの金の瞳が周囲を見る。

 誰も動こうとはしない。


「てっきりここからウチvsみなさんのバトルロワイヤルが始まると思ってたんだけど?」

「見くびらないで、と言いたいですけど、他の方の心情は分からないですわね。ですが少なくとも私は、ここにいる誰よりも、あなたと一対一の全力で死合いたいと思っていますわ」


 オリエッタが右手に握る暴食グラトニーを上段に構えようとしたのを、グレーベルが止めた。


「待て。おい鳥女」

「はい?」


「俺はグレーベル。お前らの祭主に化け物に変えられた、フラビオの父だ」

「化物って、酷い言い方ですね。フラビオ君、いえフラウィアは魂の姿を得て、とても綺麗になったのに」


 グレーベルが魔導刀を抜いた。


わりいな溶滅の牙。ここは譲ってもらうぜ」

「……仕方ないですわね。あなたの事情も分からないでもないですし、何より先程の醜態を見てしまいましたから」

「言うなよ。来いテンペスタージ!」


 グレーベルの魔導刀の風錬玉が輝き、亜空間より戦闘装甲ゴーレム【テンペスタージ】が姿を現した。


 グレーベルが乗り込んだ瞬間、左右の精霊鋼の装甲が洸を発する。


『俺の目的は聖櫃だ。勝ったら譲ってもらうぜ』

「いいですよ。元よりそういうお話ですし、何より、フラウィアにも頼まれていますから。『お父様をボコっておいて下さいね』って」


 オトネが黎明の王ホライゾンを天に掲げた。


「来なさい太陽王サンコスモス マナ・ガルーダ」


 金の太陽より、黄金の炎を纏う神の鳥が舞い降りた。

 

「ご存知と思いますが、運命ドゥーム巧式フォーミュラーには最上位の八体が存在します。深海、夜天、地戒の三将軍。そして太陽、月、星の三王。ついでに他二体。全てが聖霊の封印を受けていますが、ウチのマナ・ガルーダは違います」


 オトネが光の粒子となり、マナ・ガルーダの中へと消えた。

 神の鳥が神の姿へと変わる。


「モード・ヴィシュヌ。龍の力で封印を解かれているのでご覧の通り、地上でも本来の姿を解放できます」


 マナ・ガルーダの左右の手が握るのは、相応の大きさに姿を変えた黎明の王ホライゾン嫉妬エンビィ


 テンペスタージが振り下ろした機兵用魔導剣槍【錡釓ぎが】を両断する。


『クソッ!』


 機兵用魔導機関砲盾【井鋏いお】の砲撃は、黄金の炎がその一切を通さない。


 テンペスタージの胸部中央、内外結合式複合錬玉核使用法陣型魔導増幅器搭載魔法砲『ゴスペル』から放たれた超級魔法を、黎明の王ホライゾンの一閃が消滅させた。


『俺は、俺は!!』


 機兵剣を抜き放ち向かって来たテンペスタージを、マナ・ガルーダの右回し蹴りが迎え撃った。

 足の先より伸ばした魔剣【憤怒ラース】が、テンペスタージの両腕と上半身を斬り飛ばした。


「聖櫃を手に入れても解決しませんよ、あなたとフラウィアの問題は。人を思い通りにするのは、神でさえ難しいのですから」


 テンペスタージが倒れた。


「理解できないならそれでいいんです。ですがせめて理解できないという事実とは、向き合ってあげて下さい」




**************************

※後書き


 お読み頂きありがとうございます。

 次でこの章は最後となります。


 またお時間を頂きますが、よろしくお願い致します。

**************************

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る