エピローグ

 崩れ落ちた古城の中に残された庭園に立ち、白い月を見上げる。


 一切の汚れを拒絶するような、或いはただ一つの在り方を貫くような光は、地球の月の光とは全然違う。


 ガレ王国での、ニパン達と出会い過ごした日々。

 ヤパスがニパンをえさに俺を呼び、オトネと全力で斬り合い、ロストレインと殺し合って神蝕の王イクリプスが折れ、最悪の気分と八つ当たりで聖櫃せいひつを使った日。


 浸るのは無理なクソ不味まずい思い出だ。


神蝕の王イクリプスが折れた。元通り魔法もろくに使えなくなった。けど紺碧を手に入れて青燐せいりんを得た。なあ、どう思う?」

「良くはなった。あの腐れ具合からすればな」

「忘れろ」


 横の女が肩を竦めた。

 精巧に整った無機物のような外見とは似合わない、人らしい、年季の入った仕草だった。


「ようロストレイン。ご機嫌如何きげんいかが?」

「悪くは無いな」


「それは上々」


 こいつのワンパンを喰らったら、俺は灰も残らない。

 ま、纏放てんほう揺鐘ゆれかねを使えば別だがな。


「悪邪とった。【虚栄】を名に持っていた」

「そうか」


使。ここの遺跡を」

拙僧せっそうが許可を出してはいない。人間が勝手をしただけだ」


「だよな」


 淡々と言ってくれるものだ。


 ロストレインが俺の横に並ぶ。


「悪邪との戦いは観させてもらった。ヨハンの成長速度ならば、ハリスを超えるのもすぐだろう。期待している」

「どうも」


「しかし五手乃剣が聖霊へ至る法であるとしても、器の魔力不足は如何ともし難い。神蝕の王イクリプスが使えず、機龍が時の果てに置かれた。ヨハンが人間である以上、時間の猶予ゆうよは無いぞ」

「知ってる」


「全く、あの時拙僧の言うように、素直に聖櫃をお前自身に使っていれば良かったのだ。本当に甘い」

「ご心配どうも。でも勝ったのは俺で、だから使い方も俺の好きなように、だろ?」


―― 聖櫃はガレ王国の全てを転生させるのに使った。


 元々ガレ王国は古代文明の実験場であり、廃棄場があった場所だ。

 中のものは全て人為的に生み出された、或いは生み出されたものを祖先ルーツとしている。

 それは物質的な肉体だけではなく、霊的な魂についてもだ。


 聖櫃を基幹としたシステムによって、魂の輪廻りんねはガレ王国の中だけで完結するようになっていた。


 虫や魚、草や木、人から細菌等の微生物に至るまで。


 目の前を飛ぶが一ヵ月前に亡くなった伯爵家当主だった、という事も珍しくない話だった。


―― 白き月の魔女【魔月】が聖霊と約束した、外に漏らしてはいけない廃棄物達。


 お金で買うか竜に勝てば資格を得て、を受ける事が出来る。そうすればで生きていけるし、で子供を作る事さえ出来る。

 だが死んだ瞬間に魂は消滅する。二度と生まれ変わる事は無い。

 

「何より、ニパン達は俺の弟子だったからな。当然だろ」


 ガレ王国の聖櫃は一千万年かけて溜め続けた力を失って、すっからかんになった。

 システムも今は遺跡の維持管理がせいぜいだ。


「……いずれにせよ権能を発現させたお前を転生させるのは、聖櫃ではもう無理だ」

「ああ」


「ハリスの遺志、我らの願い。全うしてもらうぞ」

「おう」


 とりあえず、ここに来たんだ。

 神蝕の王イクリプスの折れた剣身、回収していくか。


「お邪魔するぞヤパス。いや【愚の俗徒 アパレラ・オッチネン】」


 さあ冥宮ダンジョンだ。


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